その一声で繋がる想い3
だがお互い自分のケーキを完食してもまだ少し食べ足りなくて、私たちは追加注文したケーキを真ん中に置きそれをシェアして食べていた。
すると七海が突然こんな事を口にした。
「それで? いつ告るの?」
「えっ? 何? ていうか誰に?」
あまりにも当たり前みたいに言うもんだから一瞬、私が考えてる意味とは違う意味なのかとさえ思った。でもやっぱり意味は合ってたらしい。
「太一に決まってんじゃん」
「告んないよ」
「なんで? 好きなんでしょ?」
「そうだけど……。あっちはどうか分かんないじゃん。それで変に気まずくなるのヤだし」
「チキン」
彼女はそう一言で返した。でも私はその鳥を拒むことは出来ない。
「チキンって。まぁ……そうかもしれないけど。仕方ないじゃん」
「隣に住んでる幼馴染の男の子がいてその子が好きで」
七海は言葉を区切ると後ろに倒れるように背もたれに凭れかかった。
「あぁーあ。いいなぁー。アタシもそんな漫画みたいな恋してみたーい」
「別に七海のと変わらないでしょ」
忙しなく戻ってくると今度はテーブルへ前のめりになるように凭れる七海。
「全然違うでしょ」
「どこが?」
「分かんないけど。こう長い年月をかけて積もった恋心って感じで。ていうかいつから好きなの?」
私はその質問に記憶を辿ってみるがやっぱりこれと言った瞬間が思い付くわけではなかった。さっきも分からなかったのにまだ一日も経っていない今になって突然分かるわけも無い。
「さぁ」
「まぁでもこんな表情するぐらいだからね。相当惚れてますわ」
そう言うと七海は写真を一枚私に送ってきた。それは美術室でカメラを覗く太一を見つめている私。自分では分からなかったが、確かにその表情はどこか恍惚した言い逃れ出来ないものだった。改めて見せられると恥ずかしくなってくる。
でもそんな羞恥を感じながらも疑問がひとつ顔を見せた。
「というかいつ撮ったの? だって七海が来たのってもっと後でしょ?」
「実は彼氏との電話はもっと早く終ってたんだけど、こんな顔の恋する乙女がいたもんだからちょーっと別で時間潰してたの」
七海はお礼は要らないと言うようなウィンクをした。でも申し訳ないが正直お礼を言う気はない。
「別に声かけてくれて良かったのに」
「邪魔しちゃ悪いじゃん。お陰で楽しかったでしょ?」
太一の真剣な横顔、触れた手、すぐ横に並んだ顔と楽しそうな笑顔。思い出すだけでもあの時間が楽しかった事を否定する事は出来ない。
でも正直に言うのはちょっと七海に負けた気がして私は濁すように返事をした。
「まぁ。それなりには」
「――あっ、そーだ」
すると私のちょっとした抵抗など気にも留めないと言うような声と共に小さくだが手を叩く七海。
「そろそろ夏休みだし二人で行って来たら?」
「どこに?」
「夏祭り。誘いなよ」
「えっ? 二人で?」
戸惑いの所為かついつい先に言われた事を訊き返してしまった。
「そう二人っきりで」
でも突然そんな事を言われてもすぐにそうだねとはなれない。私は気が付けば言い訳のような何かを探していた。
「でもみんなも行くかも。そしたら断れないじゃん」
「それは大丈夫でしょ。アタシは彼氏と行くし。八重と樹は二人で行かせる口実があるし、雫は協力してくれるし」
「莉玖は?」
「アイツ嘘下手だからなぁ。でもアタシが何とかしてあげる」
太一と二人で夏祭り。確かに行きたいけど、やっぱりそこには拭い切れない不安や恥ずかしさがあった。
「二人で祭りを楽しんで、花火見て、あとは……ねっ」
「でももし断られて気まずいままだったら? 家も隣で家族同士仲が良いからそんな状態のままなんて耐えられないよ」
「絶対に大丈夫。この百戦錬磨の七海様を信じなさいって」
七海はそう言うと最後の一口にフォークを伸ばした。
「だからまずは頑張って誘いなよ。じゃないとずっとこのままだよ? とりあえず、百歩譲って告らなくてもいいから祭りは行きなよ。まずは第一歩。幼馴染としてじゃなくて好きな人としてね」
「頑張ってって言われても……」
「はい。この話は終わり。以後は決定事項として変更は認められませーん」
両腕で大きな罰点を作った彼女は残りの紅茶を飲み干した。遅れて私も紅茶を飲み干したが流し切れないモノが依然と胸には残っていた。
それから七海は彼氏と会うらしく私は一人で家へ。七海との会話を思い出しながらエレベーターに乗った私はドアを閉じようとボタンを押した。ゆっくり閉まっていくドア。だけどそんなドアを外から割り込んできた手が止めた。閉じるのを止めたドアが開くとそこには、
「あっ、双葉じゃん」
太一が立っていた。エレベーターに乗ってきた彼は隣に並ぶと閉のボタンを押した。あんな話をしたからか少し気まずい気もする。私は一人そわそわとした気持ちを抱えていた。
「それでどうだった?」
「えっ?」
すっかりそんな気持ちに気を取られていた私は太一の声に吃驚しながら何の話かと訊き返した。
「あのカフェ行っただろ? どうだった?」
「あぁ。うん。良かったよ。ケーキも紅茶も美味しかったし。――それに店員さんがイケメンだった」
変な意識をしていた所為か私は別に思っても無い事を言ってしまった(それに店員さんは女性だったし)。内心慌てながら横目で隣を確認すると太一は笑みを浮かべ眉間に皺を寄せた表情で私を見ていた。
「そりゃあ、重要な情報をどうも」
「でもまぁ、やっぱりケーキが美味しかったかな」
私は必要のなかった言葉を消すように話を軌道修正した。
「自分のと七海の一口と最後に二人で分けたのとで三種類食べたんだけど、まだ他にも種類あって美味しそうなのがいっぱい」
だから今度一緒に、そう言おうとした私はデートに誘うみたい感じてしまい言葉を喉で止めてしまった。いつもならなんてことないのに、やっぱり七海があんな話をするから変に意識しちゃってるんだ。
「双葉好きだもんな」
「えっ?」
思考に集中してしまってた所為で私は太一の言葉に一驚を喫した。そして跳ねた声と共に顔を勢いよく隣へ向けた。
そんな私の瞠目した顔を遅れて太一が見遣る。
「昔からケーキ好きじゃん。ていうか甘いものか」
恥ずかしながら「好き」という言葉に過剰な反応をしてしまった。やっぱり今日は――いや今は意識してしまってる所為でいつもと違う。
「えっ、あぁ。そうだね。確かに好きかも。甘いものね」
「どうした?」
「いや、別に。何でも」
「でもあんま食い過ぎると、太るぞ」
からかうような笑みを浮かべる太一。
だが私はその言葉を聞くと夏祭りで浴衣を着るならあまり太れないな、なんて事を考えてしまっていた。むしろそれまでに少し痩せないとなんて。まだ誘えてすらいないくせに。
でもその事で頭が一杯だった私は無言のまま丁度開いたドアからエレベーターを降りた。少し遅れながらも太一はこれから甘いものを控えようとか考えている私に追いつき隣に並ぶ。いつもみたいな返しが来ると思ってたんだろう気が付けば太一はどこか心配そうな表情を浮かべていた。
「なに?」
「もしかして怒ってる?」
「え? 何で?」
「いや、ほら。太るとか言ったから」
「まさか。そんな事で何で怒んのよ」
「いや、無言で先行ったからもしかしてって思っただけ。そうじゃないなら良かったわ」
ホッとした表情に変わった彼を見ながら勘違いさせてしまったことに少しばかり申し訳なさを感じた。
「ちょっと考え事してただけだから。ごめん」
「別に勝手に勘違いしただけだから気にしなくていいよ。それにただの勘違いで良かった」
そんな会話をしている内に私たちは家の前に着いた。
「そんじゃまた明日」
「うん。明日ね」
でも結局、それから私は太一を夏祭りに誘うどころかその話題すら口にすることが出来ず日付だけが無駄に進んでいった。そして気が付けばあっという間に夏休み。夏祭りまで一ヵ月も無くなってしまっていた。
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