その一声で繋がる想い2
「あんたって美術部なの?」
私たち以外誰もいない美術室のソファに座り、知らない写真家の写真集を眺めながら隣の太一にそう尋ねた。
「んー。半分」
「何それ?」
「先生に写真やりたいから辞めるって言ったら一応部員として残っておいた方が美術室も使いやすいだろって。それにまた絵をやりたくなるかもしれないしなって言われたから退部届出してない」
「へぇー。いい先生じゃん。顧問誰だっけ?」
「十和田先生」
「あぁー。社会科の」
「うん」
どうして社会科の先生が美術部の顧問をしてるのかは謎だ。でも一つ言えることは美術の先生は物凄く怠惰だという事。
「じゃあ絵はもう描かないの?」
「いや、描くよ。好きだし。――そう言えば七海と帰るんじゃなかったっけ?」
「今、彼氏と電話してるからそれ待ってる。だから暇つぶす為にここに来たって訳。今日は美術部いないからあんたがここにいるかと思って」
「あぁ、なるほどね」
私は別に何かあった訳じゃないけどその返事を聞いた後、ふと隣へ顔を向けた。手元の一眼レフカメラに視線を落とし撮った写真を見ていた太一の横顔。
会話は自然と途切れ、私は盗み見るようにその横顔をただ見つめていた。吸い込まれるようにぼーっと。今まで私は何度、この横顔を見て来たんだろうか。まるでその今までを振り返るように幼い頃の太一から目の前の彼までが脳裏に浮かんだ。同時にこんな風に彼の顔を見るようになったのはいつからだったんだろうって疑問が浮かび上がる。いつからこんな気持ちで……。
胸の奥がもどかしく締め付けられるのを感じながら私は答えの分からない疑問を自分へ投げかけていた。
するとそんな私の視線を感じたのか突然、太一の顔がこっちを向いた。目が合うと少し心臓が跳ねたが、それを悟られぬように私は平然を振る舞う。
「なに?」
その言葉に対し私は自分から視線を逸らさせる為に彼の手元からカメラを取ると交換というように写真集を置いた。
「ちょっ、おい」
そんな声も聞かず私はそのまま後ろの窓から校庭をファインダーを越しに覗いた。陸上部のトラックとそれに囲まれたサッカー場では部活生が声を上げながら活動に勤しんでいる。
「あっ! 八重だ」
私はその部活生の中から懸命に走る八重の姿を見つけるとレンズを向けた。そしてその姿を追いながら何度かシャッターを切る。
彼女のカッコいいその姿を幾つか写真に収めた私はカメラを顔から離すと隣の太一へ差し出した。
「私の作品。どう?」
太一は私の手からカメラを取るとさっきと同じように視線を落とし私の作品を確認し始めた。だがボタンを押してすぐに「ふふっ」という笑いが零れる。
私はそんな彼に対し眉を顰めたが向けられた液晶モニターを見ると納得してしまった。
「ブレっブレじゃん」
「じゃーあんたはどんだけいい写真が撮れるわけ?」
若干の照れ隠しも含め私はそんな事を口にしていた。
「見とけよ」
そんな私に対しそう意気込むと太一は同じようにファインダーを覗き何度かシャッターを切った。真剣な眼差しと表情でカメラを覗く太一のそれは私が今まで見た事の無い初めての横顔。私は思わずそんな横顔をじぃっと見つめていた。さっきと同じような感覚に包まれながら。
するといつの間にか太一は写真を撮り終えていて私にカメラの液晶モニターを見せつけていた。
「どーよ」
その言葉にハッと我に返った私はカメラを手に取ると写真に視線を落とした。
液晶モニターに映されたそれは、今にも八重の呼吸や足音が聞こえてきそうな躍動感に溢れた写真。私のとは雲泥の差があって同じカメラで撮ったとは思えない出来栄え。
「ふーん。中々やるじゃん」
でも私は素直に負けを認めるのが悔しいのもあって(もはや負けを認める認めない以前の問題で勝負にすらなってないんだけど)ちょっと素っ気ない返しをした。
「中々? 中々ねぇー」
太一の「あんな写真を撮ったくせに?」とでも言うような表情が私には向けられていた。でも残念ながら私はそれに言い返す事は出来ない。だって事実、この写真と比べなくても酷いものだったのだから
「うるさいなー。経験の差だから。私がちょーっと練習すればあっという間にとんでもない写真撮るわよ」
「さっきのも十分とんでもないけど」
「うっさい」
私の拳が太一の腕に伸びる。
「それじゃあこの太一先生が写真の基礎を教えてあげよう」
太一は私の手からカメラを取りながらそう言うと別の写真を見せた。
「まず基本的な三分割の法則から――」
それから太一先生の写真講座が始まった。シンメトリーだったりライン強調とか奥行だとか……。簡単なものから練習が必要そうなことまで色々と。
でも太一に教えられた通り写真を撮るだけで心なしか上手くなった気はする。それに加えちゃんと褒めてくれるもんだからこれが楽しい。気が付けば私は次々とシャッターを切っていた。私も太一に手を引かれ写真の世界へ足を踏み入れたのかもしれない。
「そうそう。もう少し左じゃないかな」
その言葉と共にカメラを構える私の手に触れた太一の手が少し左へとカメラを誘導した。
小さい頃、私たちはよく手を繋いだ。先導し駆けるどちらかが手を引く時に。でもあの頃とは随分と変わったその手が触れた時、私はあの頃とは違って胸の奥が反応するのを感じた。嬉しいようなでもどこか恥ずかしいような。そんなはっきりとは言えない気持ち。太一がすぐ傍に居る状況なんて昔からの変わらない状況のはずなのに、気が付けば視線が向いてて、気が付けば一人快然としてる。一人で勝手に反応してしまってるのは、やっぱり私が彼の事を……。
だけど少しの間、写真を撮ると飽きたという訳じゃないが私たちはソファに並んで座り太一の過去の写真を一緒に見始めていた。
「なにこれ? この写真面白いんだけど」
「いいっしょ、これ。たまたま撮れてさ」
そしてそんな風に笑い合っていると私たち二人のスマホが同時に鳴った。しかもスマホを取り出し画面を確認するまでも、まるで鏡で映しているように完璧。それはたった今作られた複数人トークで一枚の写真と一言が送信されていた。
『アタシの作品はどう?』
それを確認した私と太一は一度互いへ顔を向け、正面のドアへ視線を移した。
そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべる七海の姿。彼女が送ってきた写真は一つのカメラに視線を落とし笑みを浮かべる私と太一だった。
「題して――マジでキスする五秒前」
近づきながらそんな事を言う七海は終始その意地悪な笑みを浮かべ続けていた。
「しないっての」
「この直後に目が合って、見つめ合って、近づく二人」
一人劇でもするように身振り手振りをする七海を私は真顔で見ていた。
「そして最後はチュッ――ってね」
「ない」
「まぁこのままだとあと五年はかかりそうだけど」
「それより彼氏との電話はもういいの?」
「とっくにおっけー。だから行こっ」
「はいはい」
軽くあしらうように返事をすると私は立ち上がるとカバンを手に取った。そして太一の方を振り返る。
「そんじゃお先に」
「ん。また明日」
「双葉はアタシが頂いた。悪いね」
わざとらしく私の腕に抱き付いた七海は太一に向かってそんな事を言っていた。
「はいはい。そっちもまた明日な」
私同様、軽くあしらうように返した太一を残し私と七海は約束していたカフェへと向かった。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
二人の前に運ばれてきたケーキと紅茶。見ているだけでも幸せを感じられるそのケーキセットへ私はスマホを向けた。向かいでは七海も。
だが何気なく撮ろうとした手を止めると、太一に教えてもらったコツを一度思い出しながらシャッターを切った。するとどうだろう。いつもより良い感じで撮れ私は思わずそれを七海に自慢した。
「見て見て。これ良くない?」
「えー! うっま!」
期待通りの七海の反応についつい嬉しさで口元が緩む。
だが写真から私へ移された彼女の視線と表情は期待以外の事を物語っていた。それを口にされる前に私はスマホを戻しながら一言。
「うるさい」
「えー、まだ何も言ってないじゃん」
「顔がうるさい」
「ひっどーい。学校じゃ結構人気あるんだよ。この顔」
自分の顔を強調するように添えられた両手。言ってる事が事実なだけに余計にそのウザさは倍増。それに七海自身わざとウザいと分かってる表情をしてるもんだから更に倍増でもうカンストだ。
だから私は話を無理矢理終わらせた。
「んー! おいっしー。七海もそんな顔してないで早く食べた方がいいよ」
「あとで一口ちょうだいね。――ってうっまぁ」
早々にあの表情も手も止めた七海はケーキを口へ運んだ。それが口の中に入った途端さっきとは違いちゃんと可愛い笑みが咲く。
私たちはそれから一口ずつ交換したりしながらその美味しいケーキと紅茶を夢中で食べた。あっという間に食べ終えてしまうぐらい夢中で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます