第一章:その一声で繋がる想い
その一声で繋がる想い1
「いってきまーす」
私はキッチンに居る母親に聞こえるよう大きめの声を出すとドアを開け家を出た。制服とカバンと眠気。朝が苦手な私だが今日も学生の務めとして高校へ行かなければならない。二年に進学してから数か月、夏休みがもうすぐとはいえ朝のこの時間は常に憂鬱だ。
「おー。双葉。おはよー」
そんな私が九階分を下りる為にエレベーターへ向かおうとしていたその時、後ろからすっかり聞き慣れた声が聞こえた。振り返ってみると予想するまでもなくそこには隣に住む同い年の男子、大宮太一が立っていた。相変わらずスッキリとした顔をしている。
「何であんたはいつもそんなに清々しいわけ?」
「別に朝は苦手じゃないし。昔からそうじゃん」
私の相ヶ瀬家と隣の大宮家は父親同士が同級生らしく昔から付き合いがある。だから自然と私と太一は一緒に遊ぶようになった。外で元気に走り回ったり、ゲームしたり、双六なんかもしたっけ。それに互いの家に(といっても隣だし構造は一緒だけど)何度も泊まったりもして。その時は決まって太一の方が早く起きてたし何より寝ぼけ眼な私と違って起きてすぐに眠気のスイッチを切ったかのようにスッキリとした顔をしていた。
「そーだけど。――ズルい」
「まぁ。寝る子は育つって言うじゃん。っつても双葉はあんまり伸びてないけど」
そう言う太一はわざとらしく自分の背に合わせた手を私の上空に持って来た。大体その身長差は十五ぐらいだと思う。
「あんたは伸びすぎ。昔は私と変わらなかったくせに」
私はそう言いながら軽く太一のお腹に一撃。
すると家のドアが開き中から私のお姉ちゃんである美香が出て来た。仕事に向かうのだろう。
「アンタら朝からなにイチャついてんの? 止めてくれる?」
「別にイチャついてない(別にイチャついてないっすよ)」
太一と私は示し合わせたかのように同時に、しかも同じ反応をしてしまった。そんな私たちを見て零すように笑うお姉ちゃん。
「息ぴったしじゃん」
お姉ちゃんはそう言うとさっさとエレベーターへ歩き出した。
「早くしないと遅刻しちゃうぞー」
最後にそう言い残して。
私と太一はそんなお姉ちゃんの後ろ姿を見送るように少しの間だけその場に佇み、それからまたしても意図せずして同時に足を踏み出した。そしてやたら暑い外を歩き涼しい電車に乗り、私たちは
* * * * *
「はーい。双葉ママの卵焼きゲットー!」
いつも通り美術室で友達とお昼ご飯を食べていると、その声と共に伸びてきたお箸は私の弁当から卵焼きをひとつ盗み取っていった。犯人はもはや常習犯と化した吉川七海。セミロングの髪とピアスにメイク、所謂ギャルな彼女はその見た目通り天真爛漫というか活発な性格の持ち主だ。私と同じで帰宅部の自由人。
「ちょっと七海。毎日毎日、人の弁当からおかず盗み取らないでよ」
「いーじゃん。双葉ママ料理上手なんだもん。そうだよねー。太一」
「え? なんで俺に振る?」
「だってお前、よく食ってんだろ? 家隣だし」
そうちょっかいを出すように太一の肩を組んだ犬崎莉玖。サッカー部の彼は男版七海とでも言ったところか。ただ違うとすれば七海と違い彼はみんなに結構、喰われる。
「昔は、なっ!」
太一は返事をしながら隙を突くように莉玖の買ってきた弁当から唐揚げを横取りするとそのまま口へ運んだ。
「でも確かにこれよりは美味い」
「あー! オレの唐揚げ! 太一てめぇ!」
だが仕返しのお箸を太一の弁当はひらりと躱した。
「ちょっとアンタたちもっと静かに食べられないわけ?」
この呆れ声は逢坂雫だ。艶やかな長い髪とクールでモデルのような容姿をしたこの学年でも一位二位を争うほどの美人。学校内でも有名だ。ちなみにバレー部。
「でも料理って言ったらこの中じゃ、やっぱ八重でしょ」
「えっ! ――そんな事ないよ。あたしなんてまだまだだし……」
七海の言葉に吃驚としながらも照れた微笑みを浮かべそう否定したのは棚橋八重。陸上部で長距離を走る彼女はボブヘアに小柄な体、謙虚と言うか自信が足りない。本人が思ってる以上にもっと自信を持っていいのに。
「いやいや。実際、八重の料理はうめーって。そーだよな。樹」
「え? なんで僕?」
針原樹は小首を傾げながら莉玖にそう訊き返した。樹は莉玖と同じサッカー部で男二人に比べたら背が小さいし、少し気が弱い。でも男二人よりは確実に成績は上だ。
「だってお前も食ったことあるだろ?」
「あるけど。――まぁでも確かにめちゃくちゃ美味しかった、かな」
樹はチラッと八重を見るとそのまま顔を俯かせてしまった。それに対し八重の視線も下へ。正式にそういう関係になってる訳じゃないが、ここに居るみんなはずっと知ってる。
すると二人がそんな反応をしたもんだから少し気まずい沈黙が私たちを包み込んだ。
だがすぐにそれを生み出した責任を取るように莉玖が口を開いた。
「まぁ、一年の頃に調理実習で食った七海のなんて人殺せるレベルだったからな。それに比べればほとんどの奴が料理上手って言えるかもな。もちろんオレも含めて」
「は? アタシの手料理を食べられるだけでもありがたく思いなさいよね」
「あれが手料理? ただの殺戮兵器だろ」
「そう言う莉玖も殺戮兵器の製造者だったじゃん」
ツッコミを入れるような太一の声が横からやや優勢だった莉玖へ襲い掛かった。
「はぁ? オレのはまだ我慢すれば食えるだろ。あいつのは拒絶反応ですぐリバースだっての」
ジェスチャーまで加えて大袈裟に訴える莉玖。
「よーし! 分かった。そこまで言うなら勝負だから。明日、お互いに弁当作ってそれで決めるわよ」
「いーぜ! オレのスペシャル激うま弁当にビビるなよ」
「あの時より成長したアタシのスーパーウルトラ三ツ星弁当の方が上ってことを教えてあげる。――ちなみに負けたらあのカフェでケーキ奢りで」
「マジで? よっしゃ! あのケーキタダで食えるぜー」
「残念ながらアンタが食べられるのはアタシの美味しい手料理だけ。でもアンタにとっては敗北の味ね」
二人はさながら格闘技の試合前記者会見のように煽り合い始めた。
「それで? それは誰が判断すんの?」
すると恐らく私だけじゃなくて雫も八重も樹も、みんな思ってたが避けていたその質問を太一は何食わぬ顔で口にした。その瞬間、私たち四人はタイムでも競うようにすぐさま顔を逸らした。
だが私は少々危険だけど誘導するように一言。
「こうなった原因の太一でいいんじゃない?」
言葉を放り投げた後、横目でこっそり現状を確認していると私の思惑通り二人の視線は完全に太一へ向いていた。
「は? ちょっ、双葉。何言って――」
「絶対に贔屓すんなよ(絶対に贔屓するんじゃないわよ)」
「待て。俺は一言もやるなんて――」
「やるの(やるんだよ)」
二度も重なり合った二人の声を前に太一は観念したというより何も言えなくなり黙り込んだ。だが二人は太一に拒否権は無いと言うようにそのまま視線をぶつけ合い火花を散らした。
一方、そんなとんでもない役を避ける事が出来た私たちは何事も無かったかのように顔を戻し昼ご飯を再開。でも私は視線を向けた太一と目が合うと顔の前で両手の皺を合わせて声は出さずに「ごめん」と一言謝った。
すると太一はポケットからスマホを取り出し指を動かし始める。それが終わると私のスマホがポケットで反応した。
『代わりにケーキ奢りで』
視線をスマホから顔を上げると太一は私を指差している。
『分かった。今度奢ってあげる』
『なら許す』
そうして裏取引を終えた私は卵焼きの欠けた弁当の残りを食べ始めた。
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