凧事件①

 二年生の冬休みの図工の宿題は、「凧」の絵を描くことだった。ぼくは張り切っていた。ぼくの凧には何を描こう? なかなか決まらなくて、ママに聞いた。


「ママ? ぼくの凧に何描いたらいいと思う?」

「うーん。はるの好きなものでいいじゃない?」

「うーん。ぼくは好きなものたくさんあって決められないんだ」

ぼくは一生懸命考えた。

「あっ、そうだ! ぼく、ママの好きなもの描くよ!」

「ママの好きなもの? なんで?」

ママがそう聞いてきたから、ぼくは自信満々答えたんだ。

「だって冬休みの終わったらすぐママの誕生日じゃない。ぼく、ママの好きなもの描いて、授業で飛ばしたあとは、ママにあげる!」

すっごいいい考えだと思ったんだ。

「はるがそうしたいなら、そうしてもいいよ」

「ホントにホントに好きなものにしてね。ぼくにえんりょしないでね?」

「わかったわかった」


 ママは楽しそうに笑って、ちょっと考えてから、

「ママはお花が好きなんだけど、男の子がお花の絵なんておかしくない?」

って言ったんだ。

「ぜんぜんぜんぜん。ぼくもお花好きだもん!」

ぼくが笑ったので、ママも笑った。

「そう。じゃ、お花の絵でね」

「うん。じゃ、ママ、何のお花がいい?」

「うーん。ママが一番好きなのはバラだけど、バラって難しいもんね。はるが描きやすいのでいいよ。ひまわりとか……あ、冬にひまわりってのも変かなぁ……」

ママがそう言うから、ぼくは自信満々答えたんだ。

「大丈夫。ぼく、バラの絵を描くよ!」


 バラは、「子供百科事典」の「はなとむし」から選んだんだ。とっても綺麗な真っ赤なバラの写真があったから、ぼくはそれをお手本にすることにした。その写真を凧にする紙に下書きするんだけど、これが結構大変だった。ホント、ママが言ったとおりだ。バラってすごく難しい。それでもぼくはバラの花びらを一枚一枚描いていったんだ。

 

 下書きができたら、今度は色付けだ。色をつける前に、花びらの線を黒いマジックで縁取った。赤い絵の具は最初は薄く、どんどん濃くして。そのへんはさ、お絵かき教室で習ってたから、我ながらすっごく上手く描けた。

 さあ、背景を何色にしようかな? と思ってたところにパパが帰ってきて、

「おう。はる。凄い絵描いてるじゃないか。宿題か?」

と聞いてきた。パパはぼくよりもずっとずっと絵が上手いんだよ。ぼくはパパにたずねた。

「ねえパパ、背景は何色にすればいいと思う?」

「うーん。そうだなあ」

「凧揚げの凧にするのさ。すごく目立つ色にしたいんだよね」

「そうか。じゃ、空の青にするってのはどうだ?」

「空の青?」

「はるの凧が空高く飛んだときに、背景の色は空に溶けて、バラだけが綺麗に見えるんじゃないかな」

「空に咲くバラか~。かっこいい!」

ぼくは断然パパの意見に賛成だった。だからパパと一緒に空の青を作って、それで背景を塗った。空色の背景に赤いバラはすごくはっきりと、鮮やかに見える。ママが見にきて、

「あら~、凄い綺麗ね~。」

とニコニコ顔で言った。


 冬休みが終わって、三学期の始業式の朝、ぼくは凧の絵を折れたり破れたりしないように、くるくると丸めて手に持って、ワクワクしながら登校した。

 クラスでは、みんながそれぞれの絵を友達に見せて、「うわ~」とか「すげえ」とか「綺麗ね~」とか言ってて、すごく賑やかだった。


 ぼくが席につくと、

「はるとのも見せて見せて!」

ってみんな集まってきたから、ぼくは自信満々、凧の絵を見せたのさ。

「うわぁ!! すっごい~!!」

「はるくん上手~!!」

「バラなんて難しくて描けないよ~」

「色がすごい綺麗だね~」

って絶賛されてさ。ぼくはピノキオみたいに鼻が高くなった。

 

 ぼくたちの絵は、始業式の日は一旦先生が集めて、三学期最初の図工の時間に、竹製の骨組みに貼ったり尻尾や糸をつけたりして、凧を仕上げることになった。

 最初の図工の時間、先生がお手本でやって見せたとおりに、みんなそれぞれの凧を完成させた。ぼくの凧も思った以上に上手くできて、飛ばすのが楽しみだった。でも、のりをしっかり乾かして丈夫な凧にするために、その日すぐには飛ばせなくて、次の金曜日の図工と自由学習の時間を合わせた時間に飛ばすことになった。その方が担任の渡辺先生も一緒に見れるから、そっちの方がいいや、とぼくは思った。

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