小学校、苦手なこと②

 もう一つの苦手、それは、「忘れ物をしない」ということだった。


「じゃ、昨日の宿題のプリントを集めます。後ろから前の人に渡してきてね」

って、先生が言う。ぼくは、プリントをどこに入れたかわかんなくなって、鞄の中をゴソゴソと探す。

「はると、早くしろよ。お前んとこで止まってるじゃん」

「前、みんな待ってるんだけど~?」

同じ列のみんながイライラしながら言うんだけど、見つからないんだ。それで、

「たちばなくん、プリントみつからないなら、後ろの人の分、そのまま前にまわしてね」

って先生が「はぁ」ってため息をつきながら言う。そして、

「たちばなくんは、あとで先生のところに持ってきてください」

って言って、ぼくは、また、先生やみんなに置いていかれるんだ。

 

 ぼくのわすれものは、本当にひどかった。


 帰りの会のときに、先生の言うことをちゃんと聞いて、連絡帳に書くんだよ? 次の日の時間割と、それに用意するもの、今日出た宿題、家の人に書いてもらうところのあるプリント、全部全部、ちゃんと連絡帳に書くんだ。そして、それを持って帰って、ちゃんと確認するんだよ? 宿題はすぐするし、おかあさんにプリントもわたす。授業の準備もちゃんとして、ランドセルの前に置いて寝るんだ。

 

 それなのに、忘れる。お母さんに書いてもらったプリントが机の上に置きっぱなしとか、忘れ物に気がついて、ランドセルから中身を取り出して、それを入れているうちに、ぼくがうっかり後ろに置いてしまった別のものを忘れるとか。

 

 家に宿題を忘れてきた時、先生に、

「宿題はちゃんとしたんです。だけど家にわすれました」

って言ったんだ。そしたら先生が、

「また?」

って言って、ちょっと考えて、

「じゃあ、たちばなくんは、家に宿題を取りにいってきてくれるかなぁ」

って言うんだ。だから、ぼくは、

「わかりました。行ってきます」

って家に一回帰った。ぼくんちは、小学校から、歩いて7分くらいのところだから、ぼくは走って帰ったんだよね。


「ない、ない、ない。なんでないの? 昨日、ここで宿題して、こっちに持ってきて。……え~、なんでないの~?」

って、見つけるのに三十分くらいかかってしまった。

 

 ぼくは、宿題のプリントを持って、一生懸命走って学校に戻った。で、息ができないくらい走って、先生に見せた。でも、もうその時には、授業があと5分で終わりますよ、って時間になってて、

「はると、おまえ、家で宿題してきたんだろ~」

って、あつしが言って、他の子も、

「ずっるいやつ~」

「ほんと、ずっるい、ずっるい」

って、みんなで「ずっるい」の大合唱になってしまった。

「はい、はい、はい、みんな、静かにして~」

「だって、はるとが~」

「いいよ、あとで、先生がたちばなくんと二人でお話します。だから、みんなは、プリントの続きをやりましょう。いいね?」

「は~い」

ぼくは、ただ、黙って、難しい顔をして立っていた。だって、どうしようもないじゃない?


 渡辺先生に、あとで、何回も、

「本当に、宿題はしてあったのね? 先生はたちばなくんを信じていいのね?」

って聞かれた。

「本当です。先生。嘘じゃないよ」

ってぼくが一生懸命言うと、先生はとても困った顔をしながら、

「わかった。じゃ、今回は、先生、たちばなくんを信じる。でも、もう二回目はなしだからね。いいね?」

って言った。

「わかりました。先生、ありがとう」

ぼくは笑って答えたんだ。だけど、本当に先生が信じてくれたかどうかは、ぼくにはわからなかった。だって、大人は嘘つきだってぼくは知っていたからね。


 だけどその後も、先生が何回注意しても、ぼくのわすれものは全然減ることはなかったんだ。毎日のように、ぼくはいろんなものを忘れて、ついに、夏休みの前にもらった通知表に、「わすれものが目立ちます」って書かれてしまったくらい。パパにもママにも叱られたけど、どうしても、ぼくの「わすれもの病」(先生につけられたぼくの病名)はなおることはなかった。



 なんでぼくはみんなの前で発表できないんだろう?

 なんでぼくは大きな声が出なくなるんだろう?

 なんでぼくはこんなにわすれものをするんだろう?

 なんでぼくはみんなと同じことができないんだろう?

 なんで?なんで?なんで?


 ママに聞いても、パパに聞いても、

「そんなことないよ、みんなと同じだよ」って言う。

 

 じゃあ、なんで?

 ぜんぶぼくのせいなのかなぁ。

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