習い事
「知能指数は高いって言われたの」
「ふーん。意外だな」
「だから、やればできる子なのよ」
「やるって何を?」
「何でも。できそうなことは何でも」
「ふーん。まぁ、任せるよ」
ボクはママに連れられて、お習字の教室に行った。
先生が教えてくれる通りに、ゆーっくりと「一」を書く。
「先生、これなあに?」
ボクは「一」が何なのかわからなくて、先生にきいた。
「これは、いち。いちばん最初の、いち。いちばんの、いち」
「ふーん。いちばんのいち。なんだ」
ボクは「一」を何回も書いた。そのたびに先生は、「じょうずにできたわねぇ」ってほめてくれて、先生の赤い色の筆で、大きなまるをつけてくれた。ボクは嬉しくなって、どんどん「一」を書いた。先生が教えてくれる通りに、ちゃんと最初から最後まで、ゆーっくりと。
「たくさん、まる、もらったね、ママ」
「そうだね。よかったね。また行こっか?」
「うん」
ボクは楽しくなってきて、スキップしながら帰った。
それからちょっとして、今度はお絵かき教室に行ってみよう。ってママが言ったから、ボクは面白そうだな。と思って、行くことにした。
「じゃあ、その画用紙に好きなものを好きなだけ描いていいよ」
先生がそう言ったので、ボクはパパの顔とママの顔と僕の顔といちごとなすびとトマトと猫とを描いたんだ。そしたら先生がうんうんってうなずいて、
「いいね。実にいい。お母さん、この子はいい絵を描きますね」
って言って、ボクの頭をなでてくれたんだ。ボクは嬉しくなって、どんどんいろんな絵を描いた。思い通りに、頭の中に浮かんだ、いろんなものをね、画用紙にクレヨンで、たくさんの色を使って。
教室を出るとき、ママは笑顔で、先生に言った。
「ありがとうございました。これから、よろしくお願いします」
ボクはここにまた来れるんだと思って、ワクワクした。
それからちょっとして、ママが今度はオルガン教室に行ってみない? って言うんだ。オルガンかぁ。難しそうだなぁ。って思ったけど、ママが早く行くわよ~。って言うから、ボクはあわててついて行った。
「最初はね、見てるだけでいいからね、他のお友達がどんな風に練習してるか見ててごらん」
先生がそう言ったので、ボクは目の前の子が弾いているのを一生懸命みてみた。指をひろげて、一本ずつ、「ど、れ、み、ふぁ、そ」って言いながら、何回も弾いていた。ゆっくり、右手の全部の指を一つずつの場所に置いて弾いていたので、
「あ~、オルガンってこんなんなんだ。ぼくにもできそう」
って思った。だけど、別の子は、その手の動きがとてもなめらかで、とてもはやく弾いていた。ボクは、
「ちょっとヤバいかな。ちょっと難しそうだ。できるようになるかな」
って思った。
一番向こうのオルガンを弾いている子を見て、ボクはびっくりしてママの手をひっぱった。
「ママ、あれ、えいじくんだ」
おんなじクラスのえいじくんは、なんと両手でオルガンを弾いていたんだ。
ボクはとたんに自信がなくなった。
「ママ、ぼくにできるかなぁ」
なんだか急に頭が重たくなった。
「今日はたまたま、えいじくんがいたけど、上手い子は別の日に一人でか二人で練習するんだって。だから、焦らなくてだいじょうぶよ」
帰り道、ママが笑いながら言う。
「だったら、ボク、あの、一番前の子と一緒になる?」
「そうね。あの子も始めたばっかりだって言ってた」
「そっか。じゃ、ボクがんばってみる」
「いいライバルがいてよかったわね」
ライバルってなんだろう? って思ったけど、なんかかっこいいから、いいや。って思った。
そのあとも、そのあとも、ママはたくさんの教室にボクを連れていった。ボクはママが「やる?」ってきいてくることに、「いいよ」って全部返事をした。ママが喜ぶからね。おかげでボクは、ようちえんから帰ると毎日なにかの「教室」に行かないといけなくて、日曜日はもう早起きができなかった。ママだって忙しくて、ボクを送っていくのもお迎えも大変になってきて、よく、おばあちゃん(ママのママだ)や、おばちゃん(ママのお姉ちゃん)にお願いしてた。おばあちゃんもおばちゃんも、ボクのことをいっぱいほめてくれた。だから全然へいきだったけどね。
「あんた、ちょっとやりすぎじゃないの~?」
「いいじゃない。本人が行くって言ってるんだから」
「そりゃあ、あれぐらいの子供は、親が行けって言ったら行くって言うに決まってるじゃないの」
「何言ってんの。子供は無限の可能性を秘めているのよ」
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