たちばなはると
「おばあちゃん、はやく、はやく!!」
ボクは、ママの作った「おけいこバッグ」をカタカタ鳴らして足踏みしながら、おばあちゃんが来るのを待っていた。
「もう、何で今日はそんなに急いでるの?」
「今日はね、先生が『かきかた』を教えてくれるのさ」
「書き方? 何の?」
「い~いもの。ボク、さきにいくよ、おばあちゃん」
「じゃあ、細筆をこういう風に持って」
「こう?」
「そう。筆のここくらいまでおろしましょう。そしたら墨をつけて」
「はい」
「じゃ、お手本どおりに、半紙に書いてみよう」
ボクは、一から十までの数字を習ったあと、先生に、ひらがなも習いながら、太筆だけじゃなくて、細筆も練習しましょう。と言われた。
「細い筆で、どうするの? 何を書くの?」
「自分の名前を書くの。ここにね」
先生はそう言うと、ボクが太筆で一生懸命練習して書いた「は」という字の横を指差した。
「だけど、今日はもうお迎えの時間だから、また来週ね」
だからボクは、今日、一生懸命走ってきたんだ。
「た」、「ち」、「ば」、「な」、「は」、「る」、「と」
ボクは、先生のお手本を何度も見ながら、ゆっくりていねいに書いた。細い筆は、まだフラフラして、ちょっと「ち」と「な」がぶるぶる震えた字になったし、まだちゃんと習ってない「る」は難しくて変な方を向いていたけど、まあまあ上手に書けた。
「あら~、上手にできたわねぇ、はる~」
おばあちゃんがのぞきこんで言った。
「ホント。初めてなのに、上手に書けたね~」
先生もほめてくれた。
ボクは、何回も何回もぼくのなまえを練習した。
「た、ち、ば、な、は、る、と。……よし」
一枚の半紙の上に何人ものボクが並んでいった。
「はーる。帰るわよ~」
いつの間にか、ママがお迎えにきていた。
「ママ! 見て、見て~」
ボクは走って、ママに作品を見せにいった。
「あら~、名前書いたんだ~。上手いじゃん。やったね、はる」
「うん!」
「と」まで書いたんだけど、ボクの周りの人は、ボクのことを「はると」って呼ばない。たいてい「はる」なんだ。でも、ボクはそれがイヤじゃなかった。
「春はいい季節だよ。あったかくて、お花もいっぱい咲いてね。虫や動物たちも目をさまして元気に動き始める。みんなが自然に笑顔になる。そんな、あったかくて優しくて元気で、そしてみんなを笑顔にするような人になってほしいって、みーんなで決めてつけたんだよ」
って、前におばあちゃんが話してくれたからね。
うん。なかなかいいじゃないか。ボクは、ぼくの部屋のかべに、ボクの名前をたくさん書いた半紙をはってもらった。先生に赤いまるをいっぱいもらって、半紙の中のボクは、ちょっとりっぱに見えた。
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