第106話 見守る男たち事件

二章、見守る男たち事件


 はるか彼方で電話が鳴っている。

 と言っても俺の家に五十も百も部屋数があるわけではなく、ましてやお屋敷と呼べるほど広いわけでもない。大きくも小さくもなく、ごくごく普通の一軒家だと思う。


 プルルと鳴りつづけるコール音をはるか彼方に感じたのは、実際の距離の話などではなく心の距離が遠いからに他ならない。俺が家の電話に出ないのは、なにも無精者だからというわけでもなかった。


 理由はただひとつ、姉が家にいるからだ。姉というのは本当によくわからない生き物だと思っている。どういうわけか、電話がかかってくるのが事前にわかるのだと言う。そして外部と繋がるのが大好きな姉は当然電話に出たがり、だいたいは三コール以内に電話を取ることが常だった。

「おお、姉よ。ヤクザ顔負けだな」

 と言いたくなるような生態をしている。


 だから俺がもそっと身体を動かしはじめるのは、三コールが鳴り終わってからようやくのことになる。今日もコールは三回で鳴り止んだ。きっと姉が出たのだと思い、俺が動き出すことはなかった。そして電話があったことなどすっかりと忘れていた。


 だから、しばらく経って顔をのぞかせた姉の発言がよくわからなかった。疑問符まじりにこう言った。

「たぶん、アンタに電話よ?」


 なぜに不確かなのだろう。

「なんだ、電話に出なかったのか?」

「出たけどさ」

 と、まるで要領を得ない。

 口を横に曲げて妙な顔をしながら、

「『Kさんを呼んでおくれよ』って言うの。なに、アンタって、Kさんなの?」

 姉はモノマネをしながら言った。


 思いがけずキョトンとしてしまう。俺のことをKさんと、名を奪って呼ぶのはアイツしかいないだろう。

「どうやら、俺への電話らしいな」

 言いながらもそっと立ち上がり、電話口へといそいそと向かう背に声が届く。

「やるじゃん、アンタ。可愛らしい女の子じゃないの」


 さすがは姉だ。会ってもいないのによくわかるものだと感心する。俺は面と向かって話していたというのに、最後まで美少女だとはわからなかった。

 なんとなく照れくさくなり、返事をするでもなく歩きだすと、

「手だすんじゃないよ、Kさん」

 ニヤけながら言われた。


 おお、姉よ。さすがに弟の名は奪わなくてもよくはないか。姉の言葉がぐるぐると頭の中を回り、もしもしと話す声がすこし素っ気なくなってしまう。そんなことまったく気にしていない元気な声が、電話口から聞こえる。


「わふー。Kさん、出るのがおそいじゃないか。ボクが電話をしたのなら、きみは三コールでとりたまえよ」


 こちらはこちらでヤクザみたいなことを言ってのける。ひょっとしたらこの悪魔とうちの姉は、案外気が合うかもしれない。

「『わふー』とはなんだ、メフィ」

「ん、なにってボクの挨拶さ。どこの言葉かって? そんなことは知らないよ。ボクは飲み込む事をしないんだ。言いたい挨拶を、ただ言いたいように言うだけなのさ」


 わかったような、わからないような説明だった。

「それよりもKさん。メフィってなんだい? ボクの名前は、メフィストフェレスだよ」

 メフィストフェレスは悪魔の名だった。女の子が名乗るには少々無骨というもの。

「む。女の子は可愛い呼び方の方がいいかと思ったのだが、ダメだったか」

「可愛いとか急になにを言いだすんだい。たしかにボクは可愛らしいけれどもさ、愛くるしいけどもさ。まったくもう、Kさん。物事には、順序というものがあってだね」


 あたふたとまくし立てられる。この子は自信家だが、どうも褒められなれていないような気がする。結局の所はどうなのだ。呼んでもいいのだろうかと、今一度、試す。

「それで今日はいったいどうした、メヒ」

 電話口からは声にならない鳴き声のような音が聞こえてきていた。


 メヒは電話口で、

「ふふん」

 と得意気に言う。

「どうしたとはご挨拶じゃないか。ボクはね、義兄さんから聞いたんだよ」

 義兄さん。メヒには兄がいて、刑事だ。それも本当の兄弟ではなく、何やら訳アリの兄弟らしかった。あの凄みのある顔を思い出す。流されるままになってしまったが、あの刑事はメヒにいったいどう説明したというのだろうか。訊いてみるとしよう。

「その、なんと言っていたんだ?」


 喜色を含んだ声は、まるで弾むかのように駆けめぐる。

「Kさん、きみはボクに弟子入りしたいそうじゃないか。それはね、とてもいい心がけだと思うんだよ」

 どうしてそうなった。あの刑事は、メヒにどういう風に話したのだ。瞳を閉じて、ゆっくりと刑事の言葉を思い返していく。


 あの日、スーパーで崩落事故を目の辺りにした後、刑事はしぶしぶながら厳重注意に留めてくれたようで、俺とメヒのやったことを見逃してくれた。俺としては稀有な体験になった。人生の中で数度あるかないか、そんな出来事だと思った。いや、そう何度もあったら困ってしまうものだった。


 だが、メヒにとってはそうでもないのか。じつに平然としていた。結果に満足したのか、微笑みを浮かべつつ晴れやかな顔付きをしているようにさえ見えた。金髪翠眼の不思議な子だ。

 そして俺の冒険はここまで。平穏を愛す俺は、日常に戻らなければならない。あいにくと任務もあった。そう、買い物をしに隣町まで行かなくてはならなかった。二人とはそこで別れ、そのあとはなんて事ない日々を二日、三日と過ごしていた。


 そんなある日のこと。学校帰りの俺は、警察に追われていた。帰宅ルートはなぜか先回りされ、数台の車に道をふさがれる。いま思えばあれは、覆面パトカーだったのではないだろうかと思う。

「なんだ、なんだ」

 と怖くなった俺は裏道を通りひっそり、こっそりと家路についた。

 家の近所まで逃げのびて、もうすぐ家だと油断したところで乱暴な運転をする車が突っ込んできた。それはどこか見覚えのある運転で、中からでてきたのはやはりメヒの兄である所のあの刑事だった。鋭い視線で俺を捉えて、ツカツカと歩み寄ってくる。一歩引いた俺の姿をみて駆けだし、そして俺は捕まった。


 逮捕されたわけではない。腕を掴まれたまま路地裏へ連れて行かれ、いわゆるあれなのだろう。壁ドンとやらをされた。俺の、初壁ドンだった。刑事にされる壁ドンほど怖いものはないだろうと思う。心はときめくどころか、心臓がドギマギと誤操作をしてしまいそうだった。

「貴様、なぜ逃げる」

 ぐっと顔を近付けながら問われ、

「追ってくるからですよ。刑事に追われたら逃げますよ、そりゃ」

 そう言い訳するしかなかった。さすがに怖い顔で追ってくるからだとは言えない。思うところがあるのか。刑事はふんと鼻を鳴らし、掴んだ手を投げるように離した。


「まあいい。お前を探していた」

「俺を?」 

 なぜだろうか、それに。

「よく見つけれましたね」

 と素直に感心を示した。

 あのとき俺は、結局名乗ってもいなかったのに。それと同じようにして刑事の名も、メフィストの名も訊けてはいなかった。

 視線は、ぎろりと険しい。

「お前は、日本警察を舐めているのか?」


 そういえば、メフィストは俺のスマホで電話をしていたのだった。しかしそれは、公私混同も良いところではないかと思う。それとも俺を探したのは、公の方なのか?

 あの一件は、見逃してくれたのではないのかと自然に身構える。その様子を見て取ったのかちろりと一瞥はしてくるものの、現職の刑事からすれば俺の警戒など取るに足らないのか、そっぽを向いたままで話しかけてきた。


「アレが、お前のことをえらく気に入っていてな」

 アレとはなんだ。メフィストのことか。この際、訊いておこうと思い、口にする。

「あの子の名前はなんと言うんですか?」


 ピクリと眉が跳ねる。眉間に深いシワを寄せながら、刑事は犯人に向けるであろう表情をみせつけてきた。たじろいでしまう。こんな風に問い詰められたりしたら、あることないこと白状してしまいそうになるというものだ。

「アレは、お前に名を明かしたのか?」

 ゆっくりとかぶりを振る。

「いいえ、最後まで名乗らなかったんです。自分はメフィストフェレスなんだと、そうは言ってましたけど」


 たっぷりと時間をかけてジロジロみつめられ、いたたまれない気持ちになってきた頃、ようやく刑事はその口を開いた。

「メフィストフェレスは、悪魔だったか。自ずからよく言ったものだな」 

 短く息をつき、

「そう名乗ったのなら、それがアレの名前なんだろう」

 と吐き捨てる。

 おお、そのままに認めるのか。ひどい兄さんもいたものだった。ふむと顎を触る。兄さんと言うからには、メフィストと苗字はおなじだろうか。探りを入れてみようかと考え、まずは自分から名乗ろうとする。


「あの子は名前を軽視しますね。俺のこともKさんと呼びます。俺にはちゃんとした──」

 刑事はいかにも面倒くさげに、手をつき出し左右に振った。

「やめろ。名乗るな、名乗るな。アレが知らないなら、俺も知る必要はない」

「む、どういう意味ですか」

「アレは事件解決に必要なことしか覚える気がないからな。必要とされないのなら、そういうことなんだろう」

 そう言って口の端を持ち上げる。

「そして俺にもな。俺たち警察がお前の名を必要にする時がきたなら、その時は覚悟しておくがいい」


 視線が鋭い。急にぞくりと怖いことを言ってくる。刑事の放つジョークはとても笑えそうになかった。このひとに名前を知られることなく生きていこうと、心に決めた。俺の決心を知ってか知らずか。もう一度刑事は、口の端をそっと持ち上げてみせる。

「悪魔と名乗っているアレの行動だがな。正直、目に余るものがある。お前も見ただろう。推理する、アレの姿を」

 結果が最良だったかは知る由もないが、その過程はあくまでも悪魔的な物だった。褒められた方法ではなかったと記憶する。

 コクリと頷くと、 

「だがな、惜しい」

 と刑事は口にした。


「やり方はどうあれ、アレは結果を生む。あの力をただ腐らせておくのはやはり惜しいと思う。そこでお前だ」

 鋭い視線に射すくめられる。

「お前はまだ常識的な判断ができそうだからな。いや、──そうでもなかったか?」

 刑事は手首をさすり、ニヤリと笑った。それはあのとき俺が掴んだ場所にほかならなかったので、思わず肩身が狭くなる。


「まあ、それでも常識の範囲内だ。それにアレを庇うくらいには優しさも見せたな。アレも、お前を慕っているように思えた」

 刑事の言うことがさっぱりと見えない。いったいこのひとはなにが言いたいのか。訝しげに視線を向けると、ズバリ言う。

「お前を家庭教師に雇いたい」

 目が点になり、驚きの声をあげる。

「家庭教師? 俺がですか? 俺にはそんなことできませんよ」

「勘違いをするな。アレは勉学はできる。そっちじゃない。そうだな。いわば、心の家庭教師という所か。商売柄、俺もそっち方面に達者とは言えないからな」


 それは俺もそう思った。アレと呼ばれているような環境下だ。とてもまともな心が育つ場所とは思えなかった。

「お前は、シャーロックホームズを知っているか?」


 突然の質問。それは、メフィストがしている格好のモデルの人物のことだ。探偵ということしか知らなかったのであやふやにうなずく。俺の曖昧な嘘を見抜いたのだろうか、刑事はかるく説明を加えてくれた。

「ホームズは犯罪捜査を趣味にしている、まあ、奇人変人の類だな。一歩踏み外せば犯罪者にもなるだろう」


 だが、と空でホームズの名言を語る姿はメフィストと相通ずるものがある。血は繋がっていなくともやはり兄弟を思わせた。メフィストのホームズ好きは、ひょっとしたらこの刑事から来たものだったりするのだろうか。名前を軽んじるのもこのひとに影響されたからではないかと怪しむ。

 メフィストは喜々としてホームズを語っていた。それと相反するように、その刑事は無愛想なままで、ムスッとつまらなそうにホームズを語る。


「君を確実に破滅させることが出来るならば──」

 と言われ、心臓がドキリとする。

「公共の利益の為に、僕は喜んで死を受け入れよう。というホームズの言葉がある。これは犯罪界のナポレオンこと、モリアーティ教授へと向けられたものだ」

 モリアーティ教授。それとなくなら知っている。たしか黒幕とされる人物のはずだ。ホームズの宿敵、いやライバルだったか。記憶はやはり、あやふやだ。


「いいか? ホームズの根底にあるものはやはり正義だ。彼のように身を投げ打てとアレに言うのはすこし酷だ。そこまでは俺も言わん。が、正義に通ずる物は持たせておかねばならない」

 言葉を切り、

「アレは危ういんだ」

 と口ごもる。


 そしてぎろりと有無を言わさぬ瞳をし、まるで刺すように視線を投げつけてくる。

「だから、お前だ。聖人君子にしろとまでは言わんが、せめて正義の側につかせねばな。お前のその手で、アレをシャーロックホームズに育ててはみないか?」


 返答につまる。それは俺に勤まることなのだろうか。この刑事はつまり、悪魔じみた推理をさせないようにメフィストの心を育てろと言っている。無論、断ろうと思えば断れるはずだ。無理強いまでしないだろう。

 だがどういうわけか俺は、この話を受けようと思っていた。なぜだろう、自分でもよくわからない。もやもやとしたままで、頭にメフィストの姿を思い浮かべていく。


 喜び勇み、探偵を語るその姿を。

 悪魔の如く、真相へと歩む姿を。

 悪意を見逃さず、推理する姿を。


 そもそもあれは悪意だったのかと悩む。最初はちがっていたのではないか。ひとの優しさとは本来は尊いもののはずであり、感謝されて有り難られるものだったはず。


 だが、ひとの感覚は麻痺するものだ。


 いつもあったものがなくなってしまい、いつもされていたことがされなくなったら感謝であったはずのそれは、不平を、不満を生むのに十分な理由へと変わっていく。

 ひとの優しさの裏に潜む、甘えや慣れ。それは悪意らしからぬふりをした紛うことなき悪意。ひとの優しさは利用されやすくて付け入られやすい。すこしばかり、脆いものなのだろう。優しさは時に自分や他人を傷付けると語ったメフィストは、あのとき笑っていた。その笑顔がすこし陰りを帯びたようにみえたのは、気のせいなのか。


 そして、俺の価値観は揺らいだ。

 優しさを、母の教えを盲信していた俺はもういないと思う。やっていることは今までとそう変わらずとも、それでも自分で悩んで選択した結果のこと。そこには天と地ほどの差がある、と言えなくもない。

 メフィストはそれを俺に考えさせようとあんなにも真相をみせると、悪魔のふりをしてまでも言ってきたのではないだろうか。なんて思うのはいくら何でも考えすぎか。そこまではさすがにあり得なかったかな。おお、柄にもなく推理のマネ事なんてしている。らしくなかったなと自嘲した。


 こんな俺でもメフィストの価値観を揺らせるのならばと意を決し、発する声は自分でも驚くほどに落ち着いたものになった。

「やれるだけ、やってみます」

 刑事はすこし意外そうに眉をひそめる。しかし、なにも訊かずにうなずいた。

「報酬もだす。アレに倫理観を植え付けてやってくれ。お前は家庭教師であると同時に付き人であり、そしてお目付け役だ」


 もう用はないとばかりにきびすを返し、刑事は去り際にボソリとつぶやいた。

「アレを犯罪者にしてくれるなよ。その時が来たのなら、ブン殴ってでも止めろ」


 刑事はスタスタとふり返らずに去っていった。ぶっきらぼうな背を見送りながら、俺は思う。なんだあの刑事。なんのかんのと言ってはいたものの、結局はメフィストの心配をしていっただけではないのかと。血がつながらないなどと、アレと呼んだりなどもしているが。それでもやはり兄弟なんだなと、すこしばかり胸の奥があたたかくなった。


 そんなやり取りがあの刑事とあったはずなのだが、いったいどこでどう話が捻れたのだろうか。俺はいつの間にか弟子入りを志願していることになっていた。

「──Kさん、Kさんってば。ちゃんとボクの話を聞いているのかい?」

 電話口から師匠こと、メヒの声がする。だが、それもまた良いのかもしれないなと思う。俺はどうも、家庭教師など性分にあわないかもしれないのだから。行き過ぎた行動をメヒが取らぬよう、陰ながら見守るのがお似合いな気がする。


 まあ、いいさ。せいぜいメヒが捕まらないように精を出すことにしよう。俺はメヒの弟子を受け入れることにした。

「おお。すまん、メヒ。ちゃんと聞いてはいなかった」

「ダメだね、Kさん。まったくダメダメさ。いいかい? 探偵たるもの、ひとのお話しはきっちり聞いておかないとダメなんだよ。謎を説き明かすヒント、摩訶不思議な矛盾が潜んでいるのやもしれないんだからね」


 もうすっかりと探偵講座がはじまっているようだった。しかしやるからには俺も本気だ。わかったと数度うなずいておく。電話越しのメヒにはみえないのだろうけども。

「ふふん」

 と得意気に笑う悪魔には、ひょっとしてみえているのかもしれない。

「ボクはね、街へくり出そうかと言ったんだよ」

「それは構わないが。どうした、行きたい所でもあるのか?」

「行きたい所なんてないよ。どこでもいいのさ。そうだね、Kさん。ボクはね、きみと出かけたいんだよ」


 ふむ、と首をかしげる。すこしは刑事からも話に聞いた。俺はどうやらメヒに気に入られているらしい。だが、なぜだ。思い当たるフシはとんとない。悪魔に魅入られることがあるとは聞くが、悪魔に気に入られるという話は聞いたことがなかった。

 俺が格別なイケメンだったのならば話は別だが、残念ながらそうではないと思う。ざっくり甘く見積もって、フツメンというところだろう。容姿でないのなら心意気か。フィーリングなのか。俺の内面が評価されたのかとホクホク顔になるも、メヒの発言で現実に引き戻される。


「Kさん、ボクはね。きみのその目に用があるんだよ」

「俺の目?」

 宝石のようなメヒの翡翠の瞳とちがい、俺の目は普通。一般的なブラウンアイだ。日本人の多くが持つとされるそれだった。あの刑事も持つこの瞳の色はなにも珍しい物ではない。沈黙は疑問にとられたのか、察しのいいメヒは勝手に答えはじめる。

「瞳の希少さ、うんぬんじゃないんだよ。うん? でもそうでもないのかな。きみの瞳はそれはそれで、類まれなる貴重なものではあるのだからさ」

「と言うと?」

「きみの瞳は正しくも慎ましく、謎を見分けることができるからね」


 そう言われたなら気後れしてしまうが、この間の事故の一件。たまたまとは言え、謎の片鱗をみなかったと言えば嘘になる。だが、それは。

「メヒの方がよくみえるだろうに」

 電話越しではあったが、やれやれと首をふる様が見て取れた。

「みえすぎるのも困りものなのさ。ボクの瞳はたちまち真相を導きだすものだから、謎が謎たりえないんだよ。その点、Kさんの瞳は素晴らしい。至って謎のままだもん」


 それはどうなのか。褒められたような、そうでもないような。まあ、いい。前向きに受け止めておく。

「『思うにボクの一生というものはね。平々凡々たる生き方から逃れようとする闘いの、その果てしなき連続じゃないのかな』と思うわけだよ」

「おお、なんだそれは」

 人生を語りだした年端も行かぬ少女に、すこし呆れつつも尋ねる。

「ホームズの言葉さ」

 ホームジストを自称するメヒは、

「つまりはね」

 と電話口でささやく。

「ボクを退屈させないでおくれよ」


 切望とも、羨望とも取れる言葉と共に、俺たちはお出かけすることにした。行き先はどこでもいいよとメヒは言った。そして退屈させないでくれとも。メヒを退屈させないようにするにはやはり、謎を探すしかないだろうなと考える。


 さて、と困った。謎という物はいったいどこに行けばあるものなのか。まず、近所のコンビニに売っていないのは間違いない。いや、ちょっとまてよと引っかかる。あの大型スーパーには文字通り床に謎が転がっていたのだ。よく探せばコンビニにもあるかもしれない。


 だが、そんな薄い可能性にかけるよりは多少はマシかなと思い、俺たちはとなり町まで出向くことにした。橋を一本隔てただけだが、となり町はそこそこの活況ぶり。たぶん、特急電車が止まるせいなのだろう。駅前にもちらりほらりとひとの姿がある。通勤通学の時間にはひとでごった返すこともしばしばで、夕暮れ時にはもっと混みだしてくる。


 駅前で待ち合わせしたのでキョロキョロとメヒの姿を探すと、すぐに見つかった。おおよそ探偵らしい格好をしているのだ、探すのに手間取るはずもなかった。茶色と黒のチェック柄、深く被った鹿撃ち帽子のうしろ姿に声をかける。 

「やあ、メヒ。待たせたか」

 ちらりと俺をみやり、

「わふー、Kさんだね。変装していようが、ボクの目は誤魔化せないさ」

 と翡翠の瞳を輝せる。


「おお、とくに変装はしていないぞ」

「おや、そうかい。昼下りにミートソーススパゲティを食べてうたた寝していたKさんは、変装もとい上着を羽織り、喜び勇んでボクに会いに来たのかと思ったよ」


 今日してきた行動をまるっと言い当てられ思わず言葉につまる。ほう、と感心するその気持ちですら勝手に読み解くメヒは、にやりとほほ笑み話しだす。

「スパゲティを食べる時はもうすこし気をつけるべきだね。羽織ったその服の下に、飛び跳ねたソースがちらりと見えたよ」

 まあるい目をする俺に、機嫌を良くしたメヒは得意気につづける。

「着替える時間も惜しんでボクに会いに来てくれたのは喜ぶべきかもしれないけど、寝グセは直してから出かけるのが英国紳士の嗜みというものだよ」


 言われて髪を触る。後ろ髪がすこし跳ねているようだ。俺が英国紳士になれるのはもうすこし先のことになるらしい。まずは引っ越しからはじめるべきだろうか。

 メヒは首をふって肩をすくめる。

「ね? どうにも謎が謎たり得ないんだよね。Kさんはお腹いっぱいかもしれないけれど。ボクはもうすでにお腹ぺこぺこだよ。さあ、Kさん。ボクのために美味しい謎を探しておくれよ」


 お前は謎を食う生き物なのかと問いたい所だが。さてまいった、どうしたものか。あてもなくメヒと連れ立って駅前をプラプラ歩いてみるが、謎なんてもの見つからない。


 そもそも始まりからしてちがっている。最初の謎からそうだ。たまたま目についただけに過ぎない。これまで生きてきた中で自分が鋭い人間と思ったことはなかった。


 だがしかし、理由はどうあれ期待してくれるというなら俺も応えたい所ではある。キョロキョロと辺りを眺めて謎の姿を探してみるも、後ろ姿すら見あたらない。それもそのはずだった。謎がどんな姿形をしているのか俺は知らない。闇雲に手をのばしたところでとても雲はつかめそうにない。

「なあ、メヒよ。謎なんてもの、そうそうころがってはいないものじゃないか?」


 ぼやく俺を見兼ね、助言を口にして手を差し伸べてくれる。さながらそれは師匠のようでもあった。おお、失念していたが。そういえばメヒは俺の師匠だった。

「いいかい、Kさん。きみはただ眼で見るだけで、観察ということをしていないのさ。見るのと観察するのは、大違いなんだよ」

 むんずと腕を組み、

「ホームズの言葉さ」

 と締めくくっているメヒの師匠はやはり彼になるのだろうか。


 すると俺は、ホームズの孫弟子となる。ホームズの家庭教師であり、孫弟子である俺が一番の謎な存在ではないかなと思う。おお、メヒよ。謎はこんな所にあったぞ。見つけた謎は言えるものではなかった。


 ただ見る事と観察のちがい。師匠の言葉に倣い、俺も観察とやらをやってみるかと試みようとはしてみるが、どうにも勝手がわからない。くるりとふり返ってみると、そこには翡翠の瞳がきょろりとふたつ。じろりと俺を見ているのか。それとも観察をしているのか。いったいそれはどちらなのかと判断がつかない。


「なあ、メヒよ。そのふたつはどうちがうと言うんだ」

 見ると聞くとでは大ちがいだと思うが、この場合どちらも見ることに変わりない。ニュアンスのちがいは少しあれ、どちらもやることは同じだ。

「なにを言うのさ、Kさん。違いもちがい、大ちがいだよ。クッキーと、ビスケット。ホットケーキと、パンケーキくらいちがいがあるじゃないか」


 ふむふむ、なるほどなと頷くも。それらにちがいらしい差はあったかと思い悩む。

「いいかい、Kさん。観察だよ。読んで字の如く、観て察するのさ。思考しながら物事をみていくんだよ」

 こうするんだと言わんばかりに、メヒの瞳はきらりと輝きを増す。

「ただ見て眺めているだけなんてのは空々しいよ。傍観者はね、決してステージにはあがれやしないのだからね」


 それを言うメヒの面持ちがわずかばかり曇って見えたのは、俺が観察できているという証拠なのだろうか。

「さあさあ、Kさん」

 と背を押されるまま、謎を探しに街並みを見渡していく。

 その姿は鵜飼いの鵜のようだ。紐がついてないだけまだマシだと、自分を慰める。


 さて、どれどれ。こちらの駅前は商店街も機能しているようだった。まばらであるものの、どの店にもひとの姿を見かける。今日が休日なのも関係しているだろうか。私服姿の学生も多く出歩いている。そんな中、制服姿でうろつく彼らはおそらく部活帰りのひとだろう。スーツ姿で店に入っていくおじさんは、今日も仕事なのだろうか。休日なのに大変だ。乳母車を押す若いママさん達は喫茶店にすいこまれていく。赤ちゃんと目が会い、なんとも柔らかな気持ちになった。俺の姿が物珍しかったか。去り際までじいっと、つぶらな瞳に追われる。


 ふむ、あの子は俺よりよく観察できてたのかもしれないなと苦笑いしていると、

「Kさん、アレが観察だよ」

 そう言われ、目が点になった。


 しかし観察してみると、知らないことはたくさんあるのだなと気付かされる。いままでなんとなく見ていた物の形状。そこに至るまでの創意工夫に感心する。たとえば信号ひとつとってもまっすぐ立っていない。信号は見やすいように斜めに立っているのだと、この時にはじめて知った。


 そこまで熱心にとなり町まで来ていたわけでもないが、それでもそこは知らぬ場所ではなかった。そう思っていたが、こうやって観察しながら歩くと考えも変わる。

 なるほど、俺は見てきたつもりだった。だが、ずいぶんぼんやりとしか街を見ていなかったらしい。さすがに世界が変わったとまでは言わないけれど、友の意外な一面を目の辺りにした気分に近かった。今までどうして見てこなかったのかという疑問が浮かびもしたが、俺はその理由をすぐに思い出すことになる。


「メヒよ。俺は男だ」

「うん。ボクはまだ、そこに疑いを持ったことはないよ。きみは男さ」

「そうではなくてだな……」

 自分の発見をうまく説明できず、すこしもどかしく思う。しばらく言葉を紡ぎ、文章として編んでいく。

「そう、俺はフツメンだ」

 む、編みが足りなかったかもしれない。

「──そうなのかい?」


 悪魔には配慮も足りないらしい。メヒは悪戯に口もとをゆるませる。冗談なのか。まあいい、続ける。

「つまりだな。俺は観察には向いていないんだ。男の、フツメンの俺が観察をすると問題が起こってしまうからな」

 メヒは右に左にと首をかしげる。


 まあ、そうだろう。メヒには縁のない、わからない類の話だろうとは思う。

「Kさん、きみはいったい。どんな問題があるっていうんだい?」


 自ら口にするのはなんとなくためらってしまうものだと思い、ポリポリ頬をかく。うむ、論より証拠だろうか。ちらりとメヒに視線を向け、バッチリとその目をみる。

「なんだい?」

 という風に口もとが微笑むので、

「よく見ておくんだぞ」

 と、うなずき返す。


 向かいからひとりの女性が歩いてきた。長い髪のきれいなひとだ。謎はあるまいかと、すれ違いざまに観察をする。案の定、その女性は俺をみて視線をそらす。そして、視線を避けたまま通りすぎた。なにか道路に面白いものでもあったならばそれでもいいのだが、きっとそうではないだろう。

 軽くダメージを受けながら、

「こういう理由だ」

 とふり返る。


 メヒはしっかりと目を合わせてくれた。視線が合ったので、すこしばかり自尊心が回復する。ひと時も目をそらさずまじまじと、それはそれはのぞき込まれている。

 これはこれで、照れる。なんだかなと俺の方から目をそらしてしまう始末だ。俺の顔に面白いものを見つけたとか言いださないよなと、照れ隠しとばかりに口を開く。


「観察しようにもこの有り様だ。フツメンとはいえ、男の俺が女性をじろじろと見るのは失礼だろう。不快感を与えるようだ」

 俺の精神衛生上にもよくない。そこまで屈強な心の持ち主ではないのだ。メヒは腑に落ちないのか、口をとがらせている。

「そうかな?」

「そうなのだ」

 と息をつく。


「相手が男でもそれはそれでまた難しい。男同士がじろじろと見ていると、バトルが発生するからな」

「バトル?」

 二度三度、大仰にうなずく。

「さきに視線をそらしたら負けた気になるバトルだな。これはリアルファイトに発展することがあって危険を伴うんだ。だから男である俺に、観察はあまり向いてない」

「ふぅん、そうなのかい。男ってややこしい生き物なんだね」


 眉をしかめる美少年もとい、美少女にはこの苦労はわかるまい。メヒは観察してもきっとなにも言われることはない。むしろ、自然とひとの視線を集めさえするだろう。

「そういうわけで、観察のできない俺に謎をみつけることなんて」


 言葉は尻すぼみとなった。言いながら、なんとなしに顔を横に向けた時に奇しくも俺はみつけてしまった。不可思議な謎を。

摩訶かどうかはわからないが、それは不可思議なことにちがいなかった。なぜならそれはたったいま俺が身を以て実演、証明してきたことに他ならないことだったから。


「アレはなにをしているのだろう」


 視線のさきには中学生くらいの男子生徒が三人。ガラス窓から食い入るように店内をのぞき込む。みつめるさきにはひとりの女の子。揃いも揃ってじろりじろり堂々とし、しづらいはずのあの観察をしている。遠慮なくされるその観察はニヤニヤ浮かぶ笑みのせいか、あまり微笑ましいものには思えなかった。


「ふぅん、さすがはKさんだね。どうやら謎をみつけたようじゃないか」

 失礼とも思えるほど観察をする男子学生のグループ。不思議だとは思うが、これも謎なのだろうか。キュッと鹿撃ち帽子をかぶり直し、金色の髪をゆらりと揺らして、どうやら気合いは十分のようだった。


「ねえねえ、Kさん。あのOくん達はどんな顔をしながら中をのぞいてるんだい?」

「おお、メヒよ。Oくんとはいったいどの子のことだ?」

「Others、そんなの別にだれでもいいよ」

 だれでもいいのか。正義を覚えさせる為にはまず、人の名を呼ぶようにさせることから始めるべきではないかと思う。さきはまだ長そうだ。ふう、とため息をつく。


「笑っているな。楽しそうというよりは、面白そうか。いや、面白いことが起こるのを笑いを堪え待っているといった感じか」

「なるほどねえ」

 なにかに気付いたのか、メヒは意味深にうなずく。そして俺もひとつ気付いたというか、気になった。なぜメヒは俺に彼らの様子を訊いたのだろうかと思った。


 目が悪いのか?

 一抹の不安を抱き、あごに手をやって思案しているメヒをみつめる。俺の視線にちらと気付いたものの、店内に視線を戻しながら嘆息をつく。

「なんだい、Kさん。ボクに見惚れちゃってさ。可愛らしいボクの容姿に首ったけなのかい。愛くるしい姿に胸キュンしちゃったのかな。あ、ほら。中の女の子を見失っちゃうよ。ボクらも入ろうじゃないか」


 店の入り口で観察している三人組の男子を一瞥し、脇をすり抜けてその小さな背中は店内へと消えていく。ううむ、しっかりと見えている。どうやら俺の取り越し苦労か。あると言われていたこの謎をみつける力も、そんなに当てにはならないらしい。

 だとしたら、件の女の子もなんでもないのかもしれない。俺はひとり肩をすくめ、そそくさとメヒのあとを追いかけていく。


 そこは本屋だった。入り口に設置されているセキュリティのセンサーを抜けて中へと入る。すかさず目に飛び込んできたのはずらっと並ぶ本に、本。そしてなんと書架には、たくさんの本が並んでいた。


 当たり前の話だった。それが本屋というものだ。ひさしぶりに本屋に入ったものでついつい舞い上がってしまった。ぐるりを見回す。客の入りはぱらぱらといった所で、みんながみんな所狭しと積まれた本を思い思いに物色している。

 俺自身、紙の本に触れるのが久しぶり。電子書籍の漫画をたまに買ったりするが、本屋にくる機会はとんとなくなっていた。


 そう物思いに耽っていると、書架の後ろでコソコソとうごめく影を見つけた。あれはメヒだな。俺はそっとその影に近付き、視線の先をのぞいてみる。さきほどの女の子がキョロキョロと本を探していた。その女の子は部活帰りなのだろうか。制服姿で通学カバンを手にしている。暑かったか、カーディガンをカバンにかけダラリと垂らしていた。


「儚い文学少女、といった感じだな」

 と感想をのべる。

 フレームの細いメガネをかけて、すこしキリッとした顔付きをしている。楚々とした立ちふるまいには、本が似合いそうだ。ほんのりと明るめに染めた髪がイメージとすこし外れはするものの、それでも俺の中では文学少女にちがいなかった。

 メヒは片眉をやにわに持ちあげ、

「んん、そうかい?」

 と口を曲げて顔をしかめる。


 どうやら同意は得られなかったらしい。まあ、イメージはひとそれぞれのものだ。彼女は遠目にみて可愛らしい容姿だった。袖に手を隠す、その様も可愛らしく映る。たしかあれは萌え袖という奴だったか。

「なあ、メヒよ。あの三人組は彼女のことを好いていて、覗いただけではないのか」

「笑いながらかい? それはずいぶん誠意にかける行動じゃないか。それにさ、Oくん達はライバル同士になっちゃうんだよ。ライバルと手を取り合って覗き合うとは、とても思えないけどね」


 言葉もない。ふむ、下手な推理などするものではないなと反省する。しかし、それでは彼らは彼女のなにをみているのか。

「それはね」

 と、相変わらずメヒはひとの心と勝手に会話する。


「なんてことはないんだよ。あの子はね、いまから犯罪を犯そうとしているだけさ。Oくん達はそれを物見遊山しているんだ」


 犯罪? あの文学少女が?


「よくない。それはよくないぞ。メヒよ、いったいどうしてそうなってしまうんだ」

「しっかり観察するんだよ、Kさん。じゃあ聞こうか。きみはなぜ、初めて会ったあの子のことを儚げだと思ったんだい?」

「なぜかと言われてもな」


 じろりともう一度、彼女の姿を確認してみる。線が細い所とか。キョロキョロと周りをみる仕草にだろうか。ぎゅっとカバンを脇にはさみ、肩を抱くその姿になのか。それとも思い詰めたような、どこか暗さを感じる張りつめた表情のせいだろうか。

「きっときみは肩を抱くその姿に、少女の儚さを感じたんだろうね」


 そうなのかもしれない。大きく無骨な俺はある種、小さなものに憧れを持っていると言って構わない。縮こまる姿に可憐な儚さを感じたとしてもおかしくはなかった。

「そうかもな」

 とうなずくと、

「でもそれじゃあ、いろいろと彼女の行動はおかしなものになってくるんだよ」 


 翡翠の瞳はきらりと光った。俺は首をかしげ、どこか彼女におかしな行動があったろうかと頭を悩ますも、答えは出てこない。

 メヒに視線を戻すと、

「まったくもう。あのカーディガンさ」

 あきれた声が飛んだ。そしてヒラヒラと振るメヒのその手が、萌え袖になっているのに気が付く。むむ、それも関係があるという気だろうか。

「肩を抱くほどに寒さを感じるのならね。あの子はカーディガンを羽織ればいいと思うんだよ。だれに見せるわけでもない萌え袖なんてしてないでさ」


 萌え袖とは見せるものなのか。防寒対策ではなかったのかと、ひとり得心する。

「だがメヒよ。寒いとき以外にも肩を抱くこともあるのではないか?」

「そりゃあるさ。不安や心配事があるときとかね。でもなおさらさ。不安な時こそ暖をとるものだよ、Kさん」

 エヘンとふんぞり返る。

 そういうものだろうか口を伸ばすと、

「毛布にくるまると安心しないかい?」

 と訊かれ、ああ、と納得した。


 しかしだ。そう言われると、カーディガンを羽織らないのは不自然な行動にみえる。なぜ寒がっているあの子は、カーディガンを羽織らないのか。

「着れない理由があるのだろうか。たとえば破れがあったり、汚れていたりとか」

「理由ならあるさ。でもKさんの思うようなことじゃないんだよ。汚れたカーディガンはね、周りに見えるようにカバンにかけたりなんてしないよ。女の子なんだからね。カバンに入れるだろうさ」


 男でも汚れたものを好んで見せびらかしたりはしないが、女の子ならなおさらかと頷いておく。ましてや周りにあるものは本だ、商品だ。汚すとまずいものだから多くのひとはそうすることだろう。


「ならね、理由はひとつ。カバンへかけることに意味があるのさ。そうだね。カバンの口が開いていることも付け加えておこうかな」

 俺は気付かなかったが、カーディガンの下のカバンは口が開いているらしい。見るとあの女の子は、まだキョロキョロと本を探しているようだった。


 本当にそうなのか? あれは本を探しているのか。あの子はなにを見ているのだ。

「なあ、メヒよ。それではまるであの子」

「うん、そうだね。結論。あの子は今から万引きするよ。キョロキョロと機会を窺っているんだろうね」

 いたって当たり前のように話す。万引きだと。それはれっきとした犯罪ではないか。


「いかん。いかんぞ」

「声が大きいよ、Kさん」

 メヒは鹿撃ち帽を脱ぎ、ふぁさりと金色の髪をなびかせた。なにをする気なのだと思ったのもつかの間、スタスタとあの子の元へ向かっていく。そのとき俺は止めるべきだったのかもしれない。なぜならメヒは、悪魔のように微笑っていたのだから。


 メヒは一冊の本を手に持ち、

「ボクの分も頼むよ」

 と女の子の持つカバンに本を突っ込む。

 さらに本を手に取ってはポイポイと中へ入れていく。あまりに突然のことで最初は女の子もポカンとしていたが、ことに気が付いたようで声を張り上げた。


「ちょっと何するの。やめて、やめてってば。あなた誰なのよ」

「ボクならメフィストフェレスさ」


 にっこりとほほ笑む金髪翠眼の美少年、もとい美少女。女の子は大きく目をひらいたままで固まり、ますます混乱していく。俺はあわててふたりの元へと向かった。

「いきなり何をしてるんだ、メヒ。おお、すまなかったな。大丈夫だったか」 

 と代わりに謝る。


 落ち着きを取り戻した女の子は戸惑いながら、メヒの入れた本を取り出していく。そしてすべての本を取り出し終え、俺たちの目の前でカバンの口を閉じた。か細い声でオドオドしながら、困り顔で訊いてくる。

「あなた達は誰なんです。なんで私にこんなことをするんですか」


 こちらは堂々とし、ふてぶてしいまでに楽しげな笑顔で答える。

「Oくん達がね。きみが犯罪を犯すことを楽しみに見ていたからね」

 女の子は小首をかしげる。

「メヒよ、説明が説明になっていないぞ」

「Oくんってだれですか?」


 まあ、そうなって当然だ。メヒの説明はどうも端的にすぎる。それは探偵的と言い換えれるのかもしれないが、そもそもメヒについて知らなければならないのですこしハードルが高い気がする。状況が呑み込めず、オロオロと戸惑うばかりの少女には俺からも説明することにした。


 この少女が非行に走ろうとするのを、俺はなんとしてでも食い止めなければならない。そんな正義感を胸に抱いていた。思いとどまるんだ。悪の道に染まるな。自分を大事にするんだ。そんなありきたりなことを言った気がする。語彙力には乏しいが、その分を補うように心を込めたつもりだ。


 その間、メヒは指を口にあて翡翠の瞳を走らせる。じろりと観察し終えた悪魔は、ふたたび一冊の本を手に取って歩きだす。

 ああ、と思った時にはもうすでに遅い。俺は反応できなかった。視界の端で姿こそ捉えはしたが、そのとき俺は心を込めて乏しい語彙をひねり出している最中だった。


 メヒの持っていた本が宙を舞う。その本は放物線を描くようにして入り口を超えていった。つまりは、セキュリティゲートを通過していた。


 ピーピーピーピー。


 まだ会計を済ませていない本はけたたましい警告音を響かせる。店内、いや、店外も含めてその場にいた全員の視線が釘付けになり、あわてた様子で店員がかけ寄る。それに伴い、ガラス越しに覗いていたあの男子学生達は脱兎のごとく去っていった。関わり合いになるのを拒否したのか。

 入り口まで飛んでいった本を店員が回収し、だれの仕業だと店内をぐるりと見回す。これはやはり、俺の監督不行き届きになるのだろうかと自然に身体が動いていた。


「すみません」

 と頭を下げる。 

 店員の責めるような鋭い視線に、なんと言えば良いのかと頭をひねる。なにも思い浮かばないままでいると、ペコリと頭を下げる影が見えた。

「ごめんなさい。手がすべったんです」


 よく知るひとのまるで知らない可愛らしい声が聞こえてきた。どうもメヒらしい。

 愛くるしく思ったのは俺だけではないらしくて店員の、

「気を付けるんですよ」

 という口調はどこか優しげに聞こえた。


 店員が去るのを見届けてから、ちいさく訊いてみる。愛くるしかったメヒの姿はいつの間にか消え失せていて、いつも通りの声色で答える。

「Oくん達に見張られたままじゃあなんだからね。ろくすっぽに話もできそうにないじゃないか。彼らにご退場ねがったというわけさ」

 無邪気に片目をとじてみせる。


 もっとほかにやり方はなかったものかと内心ぼやく。まあ、手っ取り早くはあるのだろうが、乱暴にすぎるというものだろう。ふと刑事の顔が浮かび、いかんなと首をふる。俺も気を引きしめねばならなかった。


 引きしまる俺とは対照的に、メヒの表情は幾ばくか和らいでいく。そんなふたりを前にして、万引き未遂の少女はいったい何を思うのだろうか。怯えたような目をしてこちらの様子を窺っていた。


 ふむ。この少女、名はなんというのだろう。やはり名前を訊いておかねば不便だなと思い、口を開きかけると。

「さあ、これでようやく話ができそうじゃないか。それじゃあ訊かせてよ。Eさんは自らの意思で万引きをしているのかい?」

 開きかけていた口がパクパクと行き場を見失ってしまう。メヒは今なんと言った。なにから確認すれば良いのかと俺の思考はふらふらとさ迷っている。


 少女ことEさんもメヒの言葉に反応している。おおきく目を見開いて、俺と同じように口をパクパクとさせていた。目が合った拍子にチャンスとばかりに尋ねてみる。

「君の名前はひょっとして、Eからはじまったりするのだろうか?」

「あー……、はい。栄川と言います」

 Eさんは、か細い声で答える。


 おお、メヒよ。なぜ名前を知っている。さすがだった。どんな推理をすればひとの名前がわかるというのだろうか。それにもうひとつ気になることを言っていた。万引きはだれの意思で行われたものか、と。

 む、それはいったいどういう意味だ?


 線の細いEさんは困り顔も相まってか、やはりどこか儚げで頼りなさげにみえる。おなじく女の子であるメヒと比べてみても、意思の強さというのか。その差は歴然としているように思える。もっとも、ただメヒが自信満々なだけなのかもしれないが。

 それでも万引きという犯罪行為をするにあたって、いくら意思が弱くとも、だれかの意思で傀儡のように操られることがあるのだろうか。


「どうなんだい、きみの意思で本を盗もうとしたのかい?」

 緑の瞳にのぞき込まれたEさんは、観念したように白状した。


「私、イジメられているんです」


「なぬ。それはよくないな。さっきの奴らか、あいつらにイジメられているのか」

 俺の声がすこし大きかったせいなのか。Eさんはビクリと一歩後ずさり、おずおずとではあったがたしかに頷いた。

「万引きしてこいって、むりやり」

 なるほどな、と合点がいく。

「それであいつらは店の中をのぞいていたのだな。しかも笑いながら」

 言いながら彼らの顔を思い返す。なんて奴らなんだ。今度あったなら文句のひとつも言ってやらねばなるまいと憤る。


「ふぅん」

 とメヒは気のない声を出して続けた。

「そうでもないとね。どうみても、彼らは探偵ではなさそうだったもんね」

「それは、どういう意味なんだ?」

「彼らが笑っていた理由さ。ボクのように推理するか、予言でもしないかぎりはね。未遂の犯罪を知る方法なんてのは限られてくるよねっていうお話だよ」


 あいつらの命令で始まったことならば、言い出しっぺなら知っていて当然のこと。腕を組み考えに耽ると、メヒはどことなく楽しげな視線でみていた。キョロっとその瞳を動かし、今度はいじめられっ子のEさんをまじまじと見つめては観察している。


 面と向かって観察されることはさすがに気まずいのか。Eさんはおさまりが悪そうにしている。しかしメヒがにこりと笑顔を向けると、つられて笑顔を返していた。


 なるほど、やはりメヒは悪魔のようだ。自身が咎められないで済む方法を、すでに心得ているようだった。俺もメヒに倣い、ちらりと観察してみる。メヒのように凝視はできないのでちらりちらりと盗み見ていると、悪魔はこっそりとささやく。


「きみは、陸上部かい?」

「え、部活には入ってません」

「そう、じゃあ学年主席なのかい。賢そうだもんね」

「そんなわけないじゃないですか。普通、だと思います」


「春を売ったことはあるのかい?」

「なっ!? 私そんな事しません。バカにしてるの!?」

 あわててふたりの間に入り、

「メヒ、なんてことを訊くんだ」

 と咎めるも、

「ちょっとした確認じゃないか」

 まるでどこ吹く風だった。

「それにね。ボクは知っていたよ」

 とEさんのカバンに目をやる。

「そんな事はね、きっとヒーローが許さないだろうからね」 


 どれと俺もEさんのカバンに目を向けてみる。カバンにはキーホルダーが付いていて、それは男の子が好むような戦隊モノを形どったもの。女子中高生が付けるにしてはすこし珍しい気がしないでもない。


「ヒーローが好きなのかい?」

「知りません。もう放っといてください」

 どうやらさきの質問で機嫌を損ねたようで、むすっと返される。Eさんはそのまま駆けて去っていった。さすがに悪魔といえどもひとの心までは掌握できないようだ。俺はきっとこういう所からメヒを導いてやらないといけない。いち家庭教師として。


 探偵のマネごとをして推理していくためにも優しさを、ひとの心を理解する必要があると、メヒに思わせなければならない。

「なんなんだい、Kさん。なにかボクに言いたそうな顔をしているじゃないか」

 多少はメヒも気に病んだのか。すこしは聞く耳を持ったのかと思い、慰めついでに説教をしてみるかと話そうとしたら──。


「まあね。訊くべきことは、もうだいたい訊けているからいいんだよ。さすがのボクじゃないか。Kさんもそう思うよね?」


 メヒよ。直すべきはそういう所なのだ。ぷりぷりして去っていったEさんのうしろ姿を思い返して額に手をあてた。ううむ、やってしまったかとさきが思いやられる。とくに悪びれている様子もなく、したり顔をするメヒを横目に見てため息をつく。


 額をかるく揉み、

「それで?」

 と問いかける。

「んん?」


「さっきの質問の狙いはどこにあるんだ」 

 『お』の形に口を開けたままで、翡翠の瞳をパチクリとさせている。

「おお、どうしたメヒよ。豆鉄砲でもくらったような顔をして」

「ふぅん、驚いちゃったよ。すこし意外だったかな。ボクはね、てっきりKさんが説教しだすんじゃないのかと思ってたからさ」


 困ったものだ。やはりメヒは聡い。相手が怒るのがわかった上で、敢えてやるのだ。そんな相手にどう説けばいいというのか。

「もう俺とメヒは知らぬ仲でもないだろ。やり方に問題があるとは思うが、何もなしにあんなことを訊くとも思わないぞ」


 俺の言葉に今度ばかりはしっかり驚いたのか。声とも言えぬ妙な音を発しながら、たっぷりと時間をかけて固まってしまった。ようやく動き出したかと思ったら、早口にまくし立ててくる。


「あれはね、心理学を応用した質問術さ。ホームズもやっていたものなんだよ。あてずっぽうですこし違うことを言ってあげるとね。ひとは訂正したくなっちゃうものなんだ。愚者も賢者も教えたがるのはひとの世の常だからね」

「そうなのか」


 ホームズ講義はメヒを落ち着かせる働きがあるらしく、いつのまにか得意気に教鞭をふるいだす。なるほどな、教えたがるのが世の常というのは本当のことらしい。


「質問をくり返すとね。Eさんには答えねばと義務感もうまれてくるのさ。そしてね。怒りほど、相手から言葉を引きだしやすいものはないんだよ」

「なにを聞き出したかったんだ?」

「制服の理由だよ」

 それは、学生だからではダメなものか。制服を着るのにいったいどんな理由がいるというのだろう。ふむと頭を悩ます。


 そうしていると、もうひとつのさっぱりとわからなかった疑問を思い出した。それも教えてもらおうかと思い、訊いてみる。

「なあ、メヒよ。Eさん、あの子の名前がわかったのはどんな推理からきている」

「ああ、それはね」

 と、メヒはごそごそとポケットからある手帳を取り出してみせる。


 可愛らしい手帳には写真やシールが挟まれていたり、あちらこちらに名前も書かれていた。これはEさん、彼女の手帳ではないか。なるほどな。メヒはこれをみて名前を知っだわけだな。ふむと納得はした。

 したが──。

「メヒ! なぜその手帳を持っている」


 今度は俺も大きな声をだす。これはあのとき、彼女のカバンの中に本を突っ込んだときに取り出したものにちがいなかった。これはさすがにマズい。メヒはきょろりと見上げるも、ふたたび手帳に目を落とす。


「でもね、Kさん。そんなこといってる場合じゃないかも知れないんだよね。ちょっとこれをみておくれよ」

 ぱらりと繰られる手帳。平然とながめるメヒは手招きをしてみせる。見てはいけないとは思いつつ、その真剣な眼差しにつられて俺もそっと手帳に目を落とす。ページは日毎に数行の空欄があるものだった。空欄にはその日の予定や、あったことが書けるようになっている。


 ある日を境に毎日のように空欄は埋められていた。問題は書かれているその内容にある。使いぱしりのような内容から、危害を加えられたようなものまで。だれにいつなにをされたのかが、事細かに手帳には記されていた。


「これは、イジメの記録なのか?」

「どうなのかな。でも見ちゃったからね。どうだい、Kさん。調べてみる必要があるとは思わないかい」


 なんてことだ。今日の万引き未遂だけの話ではなかったのか。ここに書かれていることがEさんにとっては日常ことなのか。

 不意に、カバンにつけていた戦隊モノのキーホルダーの姿が浮かんだ。もしかして彼女はヒーローが現れるのを待っているのかもしれない。俺は正義の心を胸に秘め、コクリとメヒにうなずいて見せた。


 はたして俺たちはEさんを救うヒーローになれるのだろうか。いや、必ずなってみせる。救ってみせるからなと静かなる決意を胸に、メヒにも同意を求める。


「んん? ああ、そうだよねえ」

 まるで聞く耳を持っていない悪魔は臆面もなく、ペラリペラリ手帳を調べていた。コクリと俺はもう一度うなずく。ヒーローとはまったく縁遠い姿だった。悪魔や探偵になることはできたとしても、ヒーローになるのは難しいかもしれない。


「なにをそんなに読み込んでいる。なにかわかったのか?」

「この手帳、面白いなと思ってさ」

 おお、メヒよ。ひとの手帳を面白がるのではない。それに書かれているのはイジメの活動記録と呼べるものであり、面白がるような内容ではなかったはずなのだが。


「ほら、見て見て。可愛いよね」

 かざされたのは、いかにも女の子というような丸文字と可愛らしいシールで埋めつくされているページだった。そこに書かれていた文字までくわしく読めなかったが、愛らしいゆるキャラのようなシールで賑わうページは、俺の見ていい代物ではない。


 そっと視線を外す。おそらくはイジメがはじまる前の、平穏な頃に書かれたものにちがいない。つまりそれはプライベートでデリケートな部分なのだろう。ページを繰る手はなおも止まる様子はなく、ちらと俺を見てから、やがてくすくすと笑いだした。


「ふぅん、Kさん。紳士的じゃないか。でも優しさだけじゃ、探偵はつとまらないよ。目を背けたくなるようなことにも率先して目を向けるのが探偵なのさ」

 笑みを含みながら言う。


 探偵とはいったいなんなのか。紳士的でなく、悪魔的であり、真相を求める存在。聞いているかぎりではろくでもないものに思える。なのにメヒはそれはそれは嬉しそうに、そして楽しそうに探偵を物語る。


 探偵こそ、謎な存在ではないか?


「ふむふむ。あの子、同じクラスに好きな子がいるみたいだね。その子のことだけを特別扱いで書いてあるよ。お兄さんがいるみたいだね。愚痴混じりに書いてあるよ。いつも家にいるから喧嘩が絶えないんだってさ。お、ポエムチックな物まであるじゃないか。Eさんは夢想家なのかな?」


 探偵の調査する姿は、やはり褒められたものではなさそうだった。今のところただのゴシップ好きの野次馬にしかみえない。

 パタンと手帳を閉じたメヒは、

「ああ、とっても面白かったよ。ひとの秘密とは本当に甘美なものだよね」

 と結んだ。

 やはり、ゴシップが好きなだけではないのかとすこし鼻白む。ため息まじりに方針を訊いてみる。


「それで、どうするんだ?」

「そんなことは決まっているじゃないか。探すんだよ。まだあれから、そんなに時間もたってないからね。ひょっとしたらまだ近くにいるかもしれないよ」


 そうだろうか。駆けだしていったEさんは万引きの強要から、からくも解放されたのだ。のんきにティータイムというわけにもいくまいと思う。

「もう帰ってしまったのではないか?」

「帰るわけないじゃないか。日はまだ高いんだ。休日を謳歌するのはこれからだよ」

 謳歌……か、果たしてそんな気持ちになるのだろうかと首をかしげる。


「まったく、Kさんったら。探すのはOくん達の方だよ。彼らは私服だったから、あのまま遊びにいったんだとボクは思うよ」

「イジメっ子の彼らか。そうかなるほど、とっちめてやるのか。よし俺も協力する」


 パシンと拳を打ちつける。暴力に訴えるのは望むところではないが、平穏のためにはやむ無しとも思う。大きくて無骨なこの身体は、それだけでもきっとある程度の抑止力にはなることだろう。姉にしごかれ、もとい可愛がられていいように使われてきたおかげだろう。こう見えても、そこそこには身体も鍛えられているのだ。


 俺の心をまた読みでもしたのか。メヒはどこか、しらっとした顔つきをしていた。本屋を後にして、この足はどこへ向ければいいのだろうかと歩きながら考える。脱兎のごとく逃げ出したOくん達を見つけ出してその行い、彼らの蛮行を悔い改めさせるとは言ったものの、どうしたものか。

 メヒが可愛らしくしなを作り、

「Oくんを知らないかい?」

 と聞き回ったとして、そう簡単に見つかるとも思えなかった。


「Oくんとは?」

 と問われるのが関の山だろう。


 俺が代わりにしなを作り聞きまわるのもやぶさかではないが、おそらく好感触を得るのは難しいだろう。好感触を得てしまってもそれはそれで困りものだがなと、ひとりばかな妄想を笑う。その様子を目ざとくも見ていたのただろうか。まるで心を読んだかのように意味深に悪魔は笑いかける。


「なんだい、Kさん。楽しそうじゃないか。ほら、なにを考えたのかを言ってごらん。ボクに教えておくれよ」

 言えるわけがない、話を逸らす。


「それで、メヒよ。いったいこれからどうするつもりだ。そこいらをしらみつぶしに探し回ってみるか?」

 さも不思議そうに、こちらを見たまま腕を組む。

「なんでそんな事をするんだい。そんなのとんでもないよ。言ったじゃないか。観察するんだよ。きみはもう、値千金の情報を手にしているんだからね」


 値千金とは、なにかあったろうか。メヒの持つその手帳は値千金と言えるかもしれないが、Oくんの未来の行動でも書いているのだろうか。両の手をあげて降参すると、ふふんと満足げにほほ笑む。そしてこっそり、いかにも重大なことを話すときのようにささやく。

「Eさんはね。制服を着ていたんだよ」

「ん、そうだな」

 今さらなにを、と軽く返事した。


「そうじゃないよ、Kさん。驚くべき所じゃないか。ボクのこの慧眼をほめてたたえてあがめ奉り、尊敬するべきところだよ」

 メヒも両の手を高く掲げる。これは降参ではなく大きくみせるための威嚇だろう。もしくは怒りをあらわすボディーランゲージか。どちらにせよ、ほんのちょっぴりとしか怖くはない。


「いいかい。制服というのはよく出来ているものなんだよ。偉大な発明であり、情報の宝庫なのさ。おいそれと着て歩くものではないと、ボクは思うんだ。あれは本来、タンスの奥底に秘めておくべきものだよ」

「それでは、学校に行けないではないか」

 しかし、いまのメヒの発言には疑問が生まれる。


「ただの制服に、そんな大層な効果なんてあるものなのか?」

「なにを言うんだい。あるに決まっているじゃないか。自分はどこそこの学生であると、名刺をぶら下げながら歩いているようなものなんだからね」


 まあ、そうかと頷く。見る人がみれば、どこの制服かはわかりそうなものだ。制服図鑑なるものがあると、聞いたこともあるくらいだった。俺の様子に満足したのか、うんうんと大仰にうなずき、メヒは得意気に鼻を鳴らしてからつづける。


「学生であると、自分にも、相手にも植え付ける洗脳効果があるよね。半ばむりやりに帰属意識を持たすことだってできるんだよ。あれはそうだね。悪魔の発明さ」

「いや、俺は制服にそこまでのことを思ったことはないぞ」

「そうかい?」

 瞳と口は上を向き、やがて下におりる。


「おなじ学校の制服と他校の制服のふたりがいたとするよ。どちらも知らないひとだ。さあ、親近感を持つのはどっちだい」

 すこし悩むが、強いてあげるなら。

「おなじ学校、だな」

「不思議だよね。どちらも知らないことは変わらないっていうのに。それは帰属意識が働いているにちがいないのさ」


 知らず知らずの内に、俺もすこしは制服に影響されているということなのか。

「他校の制服を着て紛れてみてごらんよ。きっと気付かれないだろうね」

「それはそうだな。だれかが校内に紛れていたとしても、俺も気付ける気はしない」


 制服のすごさはわかった。偉大で悪魔の発明なのだろう。だが、そこからどうやって調べるというのか。頭を悩ましていると、弾む声が聞こえてきた。

「ベーコンさんを使うよ」


 む、聞き間違えたと思った。ベーコン? を使う? なにか料理でも作る気なのか。

「どうした、メヒ。腹でも減ったのか」

 まあ、これから戦になるやもしれない。腹ごしらえも必要というものか。しかし、俺の考えはまるでちがったようだった。


「Kさん。なんできみの中のボクは、いつもいつもお腹を空かせていると言うんだい! いったいどんなイメージなのさ!」


 腕を吊り上げ、目も吊り上げ。小さなメヒは大きく威嚇してくる。おお、先にベーコンの名を出したのはメヒのはずなのだが。

たくさん食べる女子は可愛いと俺は思うのだが、どうもそれは女子的にはお気に召さないのかもしれない。難しいものだった。


「まったく、ベーコンちがいだよ。ケヴィン・ベーコンさんの法則を使おうとボクは言っているのさ」

「ああ」

 とも、

「おお」

 ともならなかった。

 初耳だ。


「それはいったいだれで、どんな法則なんだ?」

「Kさんは映画をあまり見ないひとなのかい? ベーコンさんは有名な映画俳優さ。顔をみればきみでも知っていると思うよ」

 俺とて映画はたまにみるぞと、有名どころの映画俳優を思い浮かべていく。ううむ、顔は出てくるのだが、名前までは知らない俳優さんが多かった。俺でもその程度しか知らない。その時ふとした疑問がよぎる。


 しかし、変ではないか。


 この間のハインリッヒしかり、考えてみればホームズだってそうだ。名前を覚えないと豪語して実践しているメヒが、なぜ彼らの名前は覚えているのだろう。俺は名乗ろうとしたのを止められまでしたというのに。たしか兄である刑事さんが事件に必要ないからと言っていたが、そのせいなのか?

「Kさん、聞いているのかい?」

 おん、と生返事を返しておく。


「俳優のベーコンさんと共演したひとを、一としてね。その一と共演したひとを、ニとしていくのさ。するとほとんどの俳優は三以内におさまってしまうんだよ。世界って思っているよりもずっと狭いものだね」

 ふむと感心する。そんな法則があったのか。よく知っているものだが、それは何か役に立つことなのだろうか。


「つまりは、どういうことだ?」

「世界でもそうなんだよ。学校という閉鎖空間でならもっと簡単な話さ。幸いボクらはもう制服を知っているからね。一やニはすぐにみつかるよ」


 どこで、だれが、だれと繋がっているかはわからない。ひとの縁とは、摩訶不思議なミステリのようなものなのかもしれない。俺たちはどうやらこれから、Oくんを知るひとを探すことに決まったようだった。


 ん?


「なあ、メヒよ。俺たちはEさんの制服はみたが、Oくんの制服はみてないぞ。彼らは私服姿だったのだからな」

 ケラケラと笑い、まるで諭すような優しい声色で言われる。

「あのね、Kさん。休みの日にね。万引きをする女子を眺める彼らが、縁もゆかりもない他校生だったほうがどうかしていると、ボクはそう思うんだよ」

「ああ、そりゃそうか」

「さあ、ベーコンさんを探すよ」


 探すのはベーコンさんだったろうかなと首をかしげている間に、メヒはスタスタと歩いていってしまう。あわてて俺もその後を追いかけていった。


 メヒの言ったとおりにOくんを知るひとはすぐに見つかった。そして彼らの遊び場も難なく教えてもらうことができた。手を変え、品を変え、言葉たくみに詭弁をふるうメヒの手腕もあったとは思う。だがそんな手腕などはなくとも、金髪翠眼の美少年かっこ美少女が歩み寄ってくるのだ。問題など元からあろうはずもない。


 問題があるとすれば、そのかぶった天使の仮面の下では、悪魔が舌を出していることくらいなものだった。Oくん達は近くのゲームセンターで暇を持て潰していた。遠巻きに彼らの姿を確認してから、ふん、と気合いを入れる。それを見ていたメヒはにこりと笑い、スタスタと先にいってしまう。ひとりで行くのはマズいぞと後を追いかけると、もうすでに彼らに話しかけていた。


「わふー。きみたちはEさんを知っているのかい?」

 ざわ、と彼らはどよめく。


 おお、メヒよ。俺という通訳がいないと話がややこしくなるだろう。Oくん達と衝突しないように間に割って入る。任せておけ、メヒ。俺はこう見えても潤滑油に、クッションになれる男なのだ。ゲームの筐体の前に座っていたOくん達に近付き話しかける。


「この子は、きみ達が栄川さんのことを知っているのかなと訊いているんだ」 

 ぐっと胸を張り、すこしばかり低い声を心がける。メヒのように両の手をふり上げて威嚇こそしないけれど、大きくみせるに越したことはない。どの子がOくんなのかと俺もメヒも、Oくん自身も知らないが、いちばん手前にいた子が俺たちに応えた。

「あなた達もそんなひとも知りませんよ」


 むむ、意外としおらしい反応を見せる。突如としてあらわれた大男に、多少はひるんでもらえたかもしれない。これは面目躍如といえるのではないだろうか。

 自画自賛していると、

「きみ達が下卑た視線を送っていたあの女の子のことだよ」

 と悪魔はほほ笑む。

「ボクならメフィストフェレスさ」

 と付け加えるのも忘れていない。


 いくら俺がクッション役になれるといっても正面衝突しにいく必要はないと思う。

「そんなの知りませんよ。なあ?」

 同意に答える形でそれぞれがうなずく。まるで悪びれた様子はなさそうで、誤魔化そうとしているんだなと勘ぐる。


「しらばっくれていても無駄だぞ。俺たちは外から中から、きみ達がしていたことをみていたからな。あの子からも直接に話を聞いてからきているんだ」


 それぞれの視線はお互いの顔を確認しあい、やがてひとりの元へと視線が集まる。彼がリーダー格なのだろうか。奇しくも、いちばん手前に座った彼がその役だった。俺は彼を勝手にOくんとすることにした。よし、潤滑油の役目はここまでだろうと、深くいきを吸って吐く。


「Oくん。いますぐに彼女、Eさんのことをイジメるのをやめるんだ。そんなことをしていてどうする気なんだ」

 名称についてすこし戸惑っていたようだが、俺のプレッシャーに圧されたのか言及はしてこなかった。  

 しかし──。


「イジメなんてしてませんよ」


 なるほど。しらを切り通すか。どうやら反省の色はまったくないようだ。俺がずいっと一歩近付くと、椅子の上でOくんはずりっと後ずさった。

「Eさんが万引きするのを外からニヤニヤと眺めていただろう」

「ちがいます」


 なおも否定する。ふむ、手強い。ならばと手帳に書かれていたあのイジメの記録を思い返す。

「彼女の持ち物にイタズラしてるんだろう」

「してません」

「彼女を何度も使い走りにしたな」

「してませんってば」

「こっちには証拠もあるんだぞ」

 と言うと黙ってしまったので、俺はさらに一歩近付く。


 どうやらOくんはもう下がれなかったようで、彼はふたつの意味で身を窮した。

「お金はちゃんと払ったのか?」

「それは、アイツが……」

「払っていないんだな?」

 Oくんは言葉につまっている。どうやら追いこんだようだ。あと一歩で彼も認めるだろう。反省してくれるといいけどなと意気込み、俺はことさらに肩をそびやかした。


 しかし突如、俺の背中をツンツンと指で突っつく感触がする。こそばゆくて思わず吹き出してしまった。俺はこう見えても敏感肌なのだ。ひとに触られただけで笑い転げてしまうほどに、こそばしに弱かった。


 せっかくの張りつめた空気も、昂ぶった正義の感情もどこかへ吹き飛んでしまった。くるりとふり返り、邪魔をするメヒへ訝しげな視線を向ける。その時、すこしくらいはムッとしていたのか。ちょっとは口も尖っていたかもしれない。だからこそ、こう思った。なんだこんな大事な場面に腹でも減ったのかと。だからさっき、戦の前に食べようと提案したというのに。


 そんな思いはつゆ知らず、悪魔は飄々とした態度で言う。

「ねえねえ、Kさん。さっきからきみはなにを言っているんだい? どうして憤っているんだい?」

 なにを言っている。そんなこと決まっているだろうという俺の心を先読みし、メヒは小首をかしげる。


「Eさんは、イジメられていないよ?」


 いまメヒはなんと言ったのだ。Eさんはイジメられていないと聞こえた気がする。むむ、聞き間違いだろうか。オウム返しになってしまうが、確認しなければならない。 

「イジメられていないだって?」

「そうさ、ボクはそう言ったつもりなんだよ。Kさん、きみはいったい何を気負っているのかなと思っていたら、なるほどだよ。うっかりと、そんな勘違いをしていたわけだね」

「おお?」


 頭がついていかない。首をかしげOくん達に視線を向ける。さきほどまでは怯んだようにみえていた彼らの姿が、怯えたようにみえてきた。

「この子達は無関係なのか?」

「まったくの無関係、ではないよ。Oくん達がイジメていないのかは、ちょっと微妙なところだね。でもさ、調子にのっちゃってたところはあるよね?」


 おずおずと首を縦に振っている。大きなこの体と、義憤に駆られての俺の行動は、殊のほかOくんに圧をかける結果になっていたようだった。


「どういうことなんだ。Eさんはイジメられていると話していたではないか。手帳にもびっしりされた内容が書かれていたはずだぞ」

「うん。話していたね。書かれてもいたよ。でもね、どちらもEさんがしたことさ。Eさんだけが、ね。ボクはひと言も、彼女がイジメられていると言った覚えはないよ」

「む、そうだったか? だが俺たちはみたはずだぞ。彼らが店の外から万引きの現場を覗こうとしていたのを」

 ニコッとほほ笑む。


「だからこその『観察』だよ。嘘をつくのはね。なにも犯人だけじゃないのさ。依頼人に、証人に、目撃者も。さっきみかけた赤ちゃんだって嘘をつくんだよ。世の中、うそばかりさ」


 偽名を使っている身でありながら、なにを言っているのだと思う。どんな顔をしながらそれを言うのかと表情を窺う。フッと背ける顔はいつか見せた、淋しげな面持ちをしていた。ちいさく動かす口は、聞かせるために放つ言葉ではなかったのだろう。

 だが、あいにくと俺は耳が良かった。

 まるでひとり言のように、

「ただ信じたいだけなのにね」

 と、つぶやいていた。


 向き直って見せる表情はいつものようにはちきれんばかりの元気に溢れている。

「ボク達がみたのは万引きしようとするEさんと、それを見守るOくん達だったね。探偵でもない彼らに未遂の犯罪を知る方法はさ。たったのふたつしかないんだよ」


 右手の人さし指を立てる。

「ひとつはね。Oくんが万引きしてこいと、Eさんに命令した場合」


 左手の人さし指を立てる。

「もうひとつはさ。Eさんが万引きするからねと、Oくんに伝えていた場合」


 俺はあごを擦り擦りと、考える。

「ふむ、前者ならイジメなのだろうが、後者は……。これは、なんだ」

「だよね」

 と悪魔は満足げにうなずき、

「そしてEさんは制服を着ていたんだよ」

 上目使いで、挑むような視線を向ける。またそれか、と嘆息をつく。


「制服が、そんなに変なのか?」

「変さ。変も変で、不自然極まりないね。Eさんが本当にイジメられているのなら、私服でなきゃいけないよ」

 そんな作法があったのだろうか。メヒは悪魔の理由をひとつ明かす。

「ボクはさんざっぱら確認したよ。部活でなく、学校に用事があったわけでもなく、援交でもなかったね。だったら休日の本屋でイジメられるときは、私服が理想的だとは思わないかい?」


 むむ。

「それは、たしかに」

「最初から不自然だったんだよ。Eさんはどうして制服を着ていたのかってね。だってあれは、タンスの奥底に秘めておくべきものだろうに、ね」


 一部に同意しかねるが、考えればたしかに不自然になってくる。学生が制服を着るのはあたりまえのことで、休日に制服を着ることも往々にしてあり得ることだろう。


 ただそれは、只のいち学生としてならばの話に限る。前提条件が変わってしまえばあたりまえであったはずのことが一転し、非常識なことになってしまう。すなわち。

「Eさんは万引きしようと思って家を出たはずなのに、どうして制服を着ていったりしたのかな?」


 制服は、悪魔の発明だとメヒは言った。情報の宝庫だとも。いまから犯罪を犯そうとするときの勝負服としては、すこしばかりふさわしくないはずだ。書店の店員なら近くの学校の制服を把握していてもなんらおかしくはない気がする。そんな危険とも言える場所へ、着る必要のない制服をわざわざ着ていく理由とは、いったいなんだ。  

 説明を求めて顔をあげたのだが、メヒは小さくかぶりを振る。

「理由はまだボクにもわからないけどさ。でもね、まるで見つかりたがっているみたいじゃないか。そうは思わないかい?」


 そんな事があるのだろうか。犯罪とは隠したがるもので、犯人とは隠れたがるものではなかったのか。見つかりたがる犯人なんて聞いたことがない。まったく、不思議な話だ。


 不思議と言えば──。

「なあ、メヒよ。イジメがなかったなら、このOくん達はなぜこうして気まずそうにしているんだ?」

「そりゃあね。Oくん達にはさ。イジメていた実感があるからだよ」

 んん? 首をかしげる。

「イジメはなかった、と言ったばかりではないか」


 チッチッチッとメヒは指をふる。翡翠の瞳は柔らかく目尻を下げていた。どことなく楽しげにみえるのは気のせいだろうか。

「ボクはね、イジメがなかったとも言ってはいないよ。Eさんはイジメられていないと言ったのさ」

 はたしてそこに違いはあるのだろうか。口を曲げて悩んでいると、あははと笑われる。

「なんだか難しい顔をしているよ、Kさん。つまりはだね」


 鹿撃ち帽をキュッとかぶり直し、帽子の縁からきらりとグリーンアイを光らせる。

「Eさんは一見イジメに見えるようなことをね。自ら率先して、望んでされにいってるというわけだよ」

「自らだって?」 

 自分でも間の抜けた顔をしながら訊いていたとは思うが、メヒは気にしなかった。

「傍目にはイジメに見えるだろうけれどさ。それをイジメられているとはね。ボクにはとても言えないかな」

「そうなのか?」

 問いつめるとOくんはあっさり認めた。


「最初は、アイツから言ってきたんですよ。ついでに買ってきてあげるって。ラッキーと思い頼みました。金も払うつもりだった」

「でもなぜか、そのお金は受け取ってもらえなかったんだよね?」


 メヒの問いにもコクリと素直に答える。もうOくんには抵抗する気がないらしい。

「そしてきみ達は段々と、調子に乗り始めちゃったんだよね?」

 Oくん達はバツが悪そうにお互いの顔をみやり、やがてその目を伏せた。口を尖らせながらも彼らは白状する。


「アイツ、なんでも言うこと聞くから。気付いたら俺たちも、なあ? ついつい……」

「ついついではないだろう!」

 と、つい俺も声が大きくなってしまった。

 Oくんはビクリと身体を揺らし、怯えた目をしつつこちらをちらと見る。ううむ、なんだか調子がくるう。これではまるで、俺が彼らをイジメているみたいに思える。

 まったく、どうなっているんだ?


 「スタンフォード監獄実験だよ」

 それは俺への返答なのか。また聞き慣れないことをメヒは言う。そして、例のごとく俺は声に出してはいないはずだった。以心伝心というのだろうか。いや、心を読まれるだけでこちらからは読めないのだから、それとはまた違う。俺は読まれるだけだ。


「メヒ、何なんだそれは?」

「制服は悪魔の発明だよねって、実験さ」

 また制服。この悪魔はなにか、制服に恨みでもあるのだろうか。苦く笑いながら、くわしく訊く。

「制服に限らないけれどね。役割、立場、ガワ、ロールプレイ。なんでもいいよ。ひとは外側に影響されやすいということさ」

「そうなのか?」

 ううん、と煮えきらない返事をする。


「実験結果はねつ造だって声もあるみたいだけどね。看守の服を着た普通のひとが、囚人服を着た普通のひとをいたぶるはずがないってね」

「そんな血なまぐさい実験だったのか」

「でもボクは思うね。ひとはガワに引っぱられてしまう、悲しき生き物だってさ」

 探偵服に身を包みながらそう言い切る。


 ふむ、なるほどとじろりとみる俺の視線の意図は気取られたのか。メヒは両手を広げて、茶と黒のチェック柄を見せつける。

「ボクはホームジストだからね。探偵足らんとするためのこの恰好なのさ。ボクが着なくてどうするんだい」


 形から入れば探偵になれるとでも言うのだろうか。そんなばかな。

「ひとはそんなに単純だろうか」

「覚えはないかい? らしくなさいと言われてこなかったかい?」


 ひと言ひと言に、芝居がかった手振りをしだす。

「お兄ちゃんらしく」

「子どもだったら」

「弟なんだから」

「学生さんは」

 言って、肩をすくめた。


「ってね。きみは本当にガワに引っぱられていないと言えるのかい?」

 身に覚えがあり、首を縦にふるのは適わなかった。ひとはどうやら思っている以上にガワの影響を受けているものらしいと、小さく息をつく。


「わかってもらえたみたいだね。だから、Oくんにも三分の理があるんだよ。Eさんの手で、『イジメっ子』のガワを着せられていたんだからね」


 自らイジメられようと勤しんだEさんは、イジメられっ子の皮を被っていた。それは相手にも相対する皮を被せることになる。なるほどな。Oくん達のこの妙な態度は、元来イジメっ子ではない故のものだったのか。ガワを被せられていく度に段々、役割足らんとせしめられていったのだろう。


 肩の力が抜けてしまった。俺はてっきりOくん達を改めさせれば問題は解決するとばかり思っていたが、そうではなかった。改めさせるとするならば、Eさんの方だ。自ら火中へ入っていくひとを止めようとするには火を消すのではダメなのだ。その場しのぎにすぎない。火は危ないんだぞと、伝えてやらねばならない。


 方法をまちがえていた。

 しかしわからなかった。なぜEさんは、わざわざ火中に飛びこむような事ばかりをするのだろうか。わからないと言えばメヒも同じだ。Eさんはイジメられていないということを知っていたのに、それでもOくん達を探そうとしたのはどうしてなのか。


 俺もすこし読み取ってみようかと思い、表情をうかがってみるとふと目が合った。メヒはにこりとほほ笑んでみせる。

「そうそう、ボクはね。きみ達に訊きたいことがあったんだよ」

「なんですか」

「Eさんがきみ達に近付いてきたのはいったい、いつ頃からなんだい」

「んー、二ヶ月くらい前です」


 メヒは手帳をぺらりと繰っては、ひとりでふんふんと頷いている。なんだろう。俺にもみせて欲しいものだ。

「あのう」

 とOくんが尋ねる。

 Oくんもみせて欲しくなったか。メヒは手帳をじっと見たまま目を離さないので、代わりに俺が答えることにする。

「どうしたんだ?」

「俺は、なんでOくんなんですか?」


 ふむ、そのことか。なんと説明したものだろうか。説明が難しい。メヒの生態は伏せておき、others由来の言葉だと伝えると、若干眉をしかめたものの納得したようだ。

「じゃあ、なんでアイツはEさんなんですか?」

「栄川さんだからだよ」


 Oくんは腕を組み、口をとがらせて首を横に傾ける。

「それです。栄川ってだれですか」

 む。それは感心しないな。イジメる癖がついてしまったのではないかと思う。本来、名前とは軽視すべきものではないのだぞ。

 口を開こうとしたら、

「アイツなら、佐々木ですよ」

 と言われ、口が開きっぱなしになる。

「おお? どういうことだ」


 話を聞き終えたメヒは考え事をしていたのだろうか。うわの空のままでテクテクと歩き出してしまい、俺はあわててその後を追いかける。そのせいで、Oくん達からはくわしく話を訊くことはできなかった。


 ようやく俺が追いつくと、

「偽名だったんだろうね」

 とつぶやく。 

「どっちがだ?」

「きみは、嘘でぬり固めるイジメっ子相手に本名をさらすとでも思うのかい?」


 学年ちがいの知らない生徒が近付いてきて佐々木だと名乗ったならば、そこに疑う理由を持つひとはいないということか。

 言葉をなくす俺に、

「だからさ」

 と悪魔はつぶやく。

「名前なんて所詮は記号なんだよ。区別をつけるための識別番号だね。嘘だってつくさ。確かめようもないからね。だったら、覚えてもしかたないと思わないかい」


 ふむ、と言葉に詰まる。だからメヒは、ひとを名前で呼ばないというのだろうか。名前なんて識別番号。それは乱暴な物言いではあるが、名前にその役割がふくまれていないとも一概には言えない。もちろん、それだけが名前の全てであるはずは到底ないのだが。そこには存分に親の愛やら、何やらがふくまれているはずである。


 俺の名前にもそれはあって、メヒの本当の名前にもそれがあるはずだ。だからこそ、ひとの名は軽視すべきではないのだが。もうすでにメヒの眼中には、Eさんが偽名を使っていたことすら映ってもいないのだろう。


 その目はEさんの手帳に釘付けになっている。手帳に顔があたりそうなほどにぐっと近づけて見ていた。あれは、日毎の記録をしていたページだったはずだ。

「なにをそんなに熱心に──」


 もうさんざんに見てきたあとではないかと言おうとした所で踏みとどまる。いや、まてよ。たしかメヒは訊いていたのだったなと思い出し、中空をながめる。


「ふぅん。ちゃんと観察できるようになってきたじゃないか、Kさん」

 感心、感心と頷くメヒは俺の心の中まで観察できているようだ。じつに悪魔じみた観察眼ではないかと、畏怖の念を覚える。たしかメヒはOくん達に日付けを訊いていたのだった。Eさんは二ヶ月前から近付いてきたと、そう言っていた憶えがある。

「うん、正解だよ」

 パチパチと手をたたく。


 「おお、メヒよ。俺はまだなにも答えてはいないぞ」

 このままでは置いてけぼりをくらってしまいそうなので全速力でかけ寄っていく。追いつけるのかどうかはわからないが。

「その日付けには、いったいなにが書かれているんだ?」


 ほら、と渡されたページを読んでみる。学校でOくん達にされたことの詳細。ある日を境にして、毎日書かれている。これが彼女自らが望んだ結果とするならば、どこまで本当にあったことなのかは疑わしい。それより前には友達との予定。楽しかったことや悲しかったこと。兄とした喧嘩や、それに対する彼女の愚痴。主にそんなことが色々と綴られていた。


「ただの中学生の日記じゃないか」

 無論。他のひとの日記を読んだことなどない俺ではあるが、日記というものは大方こういうものだったのではないかと思う。そもそも日記というものは誰かに読ませるものではない。ひとに読ませるものなんて、せいぜいが絵日記や、観察日記。交換日記くらいなものだろう。ふむ、結構あるのか。

「なにか気付いたことはないかい?」


 もう一度よく観察する。俺とはちがって女の子らしい丸い文字、可愛いらしいキャラクターのシールに、友達とのプリクラ、カラフルな色使い。

「全体的に可愛らしいな」

「やるねえ、Kさん。きみはとても良いところに目をつけたんだよ」

 むむ。俺はどこに目をつけたのだろうと、疑問符を浮かべて困惑する。


「なんだい、ボクの気のせいだったかな。いいかい、Kさん。その手帳はね、可愛らしいから問題なんだよ」

「それのどこに問題がある」

 もしも男が可愛らしい手帳をしていたのならすこしは問題もあるだろうが、相手は幸い女の子だ。なら、普通の話だった。

「その手帳のどこにも、戦隊モノについては書かれていやしないのさ。シールの一枚すら貼られていないんだよ」


 戦隊モノ。そういえば、Eさんのカバンに付いていた。彼女にはすこし不似合いな戦隊モノのキーホルダーが。

「だったらEさんはね。戦隊モノなんて、好きでもなんでもなかったのさ」

 メヒは嬉々として言うけれど、

「そうなのか」

 という感想しかない。


「Kさんはもっと驚くべきだと思うんだよ。それはとっても不自然なことじゃないか」

「なあ、メヒよ。たとえ好きでなくとも、キーホルダーを付けることくらいはいくらでもあるだろう」


 ほっぺたを膨らませるその姿はずいぶん幼くみせる。ためた空気にはそぐわない小さな声で、口をとがらせながらメヒは言う。

「どんな時だって言うのさ」

「想いが籠もった時だ。家族や友達、大事なひとにもらった物は大切にするだろう」

 メヒへの心の教育にもなりそうな発言になったなと、自画自賛する。


 しかし、返ってきた言葉は、

「なにを言ってるのさ。だから不自然だとボクは言ってるんだよ」

 だった。

「いいかい、Kさん」

 挑むような目つきをする。

「もっとひとの気を考えてみなよ」


 おお。それをメヒに言われるとは思わず、目が点になる。まさか、悪魔に心を教わることになるとは思いもしなかった。これでは立場が逆転してしまう。しかし考えてみろと言われたからには、まあ考えてみるかとガッシと腕を組んでううんと唸った。


 本人が好かない戦隊モノとそれを大事にする理由。大切な誰かからのプレゼント。む。考えだしてみたものの、たどり着いたのは出発点だった。スタート地点がゴールである。トンチは効いているが答えはそれでいいのかと、自信なく首をかしげる。

「やはり、誰かからの贈り物では」

「Kさん、女の子はね。戦隊モノを好みやしないんだよ」

 暴動が起きそうな発言を軽く言う。


「もしくはね、秘めておくものさ。ましてや好きでもない子に布教するような子は、極々わずかだよ」

「それはまあ、そうだな」

 もともと布教するひとがわずかな上に、相手の嗜好を曲げるのはむずかしい。手帳を見たかぎりでは、Eさんに心変わりはなさそうだった。友達の女の子からもらったという線はかなり薄そうだ。


「だが相手が男の子なら問題ないだろう」

 片目をつむり、

「Kさんならプレゼントするのかい?」

 と見上げられた。

 俺ならば。

「しないな」

 即答する。


「ふぅん、なんでだい?」

「プレゼントとは、少なからず好意を持った相手にするものだろう。そんな相手には喜んでもらいたいからな。好まないものを贈りはしない」


 たとえEさんの好きなものがわからなくたって、戦隊モノが好きだという稀有な女の子に賭けるのは些かリスキーにすぎる。翡翠の瞳を半眼に閉じたまま、メヒはなにも返さなかった。目尻が下がり、口の端は持ち上がっているので言わんとするところはなんとなくわかるけれど。


 だが俺も負けてばかりではない。感情の機微においては、まだ俺の方が造詣が深いはず。その為の家庭教師なのだ。コホンと喉をならし、すこしもったいぶって話す。

「だがメヒよ。ひとつ、可能性を忘れていないか。それらの前提を問答無用に蹴散らす存在を、な」

「うん? 誰なんだい、そのひとは」

「惚れた相手だ」


 相手には気がなく片想いなら、こちらの好みに無頓着なのも納得できる。それなら自分の好みに寄らずとも大切にし、ときには興味すら持つというもの。そのひとからというだけで物自体はなんでも良く、文句など出るべくもない。 

「どうだ」

 と、やや得意気になりながら見返すと、返ってくるのはこんな言葉だった。

「Kさんは案外、乙女チックなんだね」


「よせよせ」

 照れるではないかと手を振る。すこし顔が熱く感じたので軽く目を閉じて逸らす。

「たしかに、『恋愛というのは情緒的なものであり、純正かつ冷徹な理性とは相容れない』とホームズも言ってたよ」

 ふむ、ホームズも恋愛で苦労したのか。世にしれた名探偵ですら手を焼くというのだから、実に厄介なものなようだ。


「でも、この場合はちがうのさ。まだ観察が足りてないよ、Kさん」

 そう言いながらメヒが見つめるものは、俺が手にしているEさんの手帳。

「ボクはその手帳を熟読しているからね。なによりも詳しいんだよ。それを見る限りじゃあ、どうやら想い人との目立った交流はなさそうに思えたよ」


 熟読できない俺に察しろというのが無理な話だった。しかし、そうかと残念がる。惚れた相手とは接点がないのか。だが。

「なら、ほかの男子かもしれないだろう」

 あきらめ悪く食らいつくも、

「Eさんが恋多き乙女か。手帳に登場もしない相手からの好みでもない品を大切にするひとなら、そうなのかもね」

 バッサリだった。


「なら、あの戦隊モノはいったいどこから出てきたと言うんだ。降って湧いたのか」

 口に手をやりクスクス笑い、ささやく。

「前提を蹴散らしていく相手ならKさんにもいるじゃないか。そのひとは好みじゃない物を押し付けることができる人物で、そのひとの持っているものは羨ましくもなる。そんな相手がね」


 言われて思い出した。そういえばいた。悪魔のようにも振る舞える無敵の存在が。

 こちらの好みなどお構いなしに、

「あら。そんな前提があったのね」

 とあっけらかんに言ってのけ、ことごとく蹴散らしていきそうな無敵の存在。

 その名は──。


「姉、だな」


 とくに頭が痛いわけではないが額を軽く揉みしだき、首をブンブンと左右にふる。以前に姉からもらったことのあった、奇怪な生き物のぬいぐるみを思い出していた。どこから探し出してくるのかは知らないが、たしかどこぞの部族の民芸品だとか言っていた気がする。


 いや、それともなにかのアニメグッズだと言っていたような。どちらにせよ、変わったものをよく渡してくる。アンタに似合うと思ってさと笑っていたが、姉には俺が何にみえているというのだろう。どんな反応をするのかと、実験されているような気がしないでもない。


「なんだい、Kさん。思うところがありそうじゃないか。やっぱりきみのお姉さんは、そういう感じなんだね」

 くつくつとメヒは堪えもせずに笑った。うむ、そちらのお義兄さんほどではないと思うが、俺の姉もそこそこ変わっている。


 そして、そんな姉にもらった変わった品の数々は俺の部屋に溜まっていった。どれもこれも捨てたら呪われそうな品ばかりなのだから、しかたがない話と言える。


 しかし、そうか。

「兄弟ならば、好みでない品を贈ることもできるのだな。そしてそれは捨てるに捨てにくいものだったりする」

 実体験からくる名推理だ。まちがいないはずだと二度三度うなずく。


「Kさんならそうだろうさ。でもね、ボクはEさんが自ら欲しがったんだと、そう睨んでいるんだけどね」

 これまた異なことを言う。

「どうしてそう思うんだ?」

「カバンにつけているからさ。捨てにくくてもそれは、つける理由にはならないよ。好みじゃない物は制服のさらに下、タンスの肥やし行きだよ」

「たしかに」

 と深く頷く。


 これも実体験からくるものだ。俺も姉のプレゼントを外に出したことはなかった。そう考えれば、好まないものを渡してくる俺の姉よりは幾分か現実的かもしれない。    


 しかし、好まないものをなぜ欲しがる。俺は姉に呪いのぬいぐるみをねだることは今までもそしてこれからもないと、自信を持って言えるのだがと疑問は尽きない。

「だがメヒよ。Eさんは戦隊モノが好きではないのだろう?」

「小さい頃の話ならわからないよ。ひとの好みは変わっていくものだからね。それにさ、Kさん。兄弟の持っているものを羨んだことはなかったかい?」


 ある。あった、か。どういうわけか幼い頃の俺は、姉が持っていたポシェットを欲しがったらしい。今はいらないと思うが、その時はちがったようだ。それがなぜだったのかはまったく覚えていない。


 姉が大事そうに持っていたからだろうか。遠い日の、姉に引っ付きまわっていた過去を想ってふり返る。Eさんもおなじだったのかもしれない。表情で悟ったのか、メヒはうんうんとうなずいている。それはまるでゴールはこっちだよと、手を広げて待ってくれているようでもあった。俺はちゃんと追いつけているのだろうかと確認しておく。


「ええと、あのキーホルダーはもともとはお兄さんのもので、Eさんが欲しがった物かもしれないということだな」

 うん、と首を縦にふり、

「かつてはヒーロー好きだったのかもね」

 と肩をすくめてみせる。  


 あるいは、お兄さんが好きだからだったのかもしれない。手帳をみる限りではよく衝突するらしく、今はもうすっかりとその面影もなくなっていそうではあるが。

 パッと俺の手から手帳をうばい取って、まるでメヒは我が物のような顔でパラパラとページを繰る。


「Kさん。それを踏まえて観察してご覧よ。あるものが見えてくるはずさ。注目すべきはお兄さんだよ」

 開かれた手帳のページに目を通す。Eさんとお兄さんの衝突や愚痴が、イジメと平行してつらつら綴られている。おおと驚く。これでは毎日ケンカをしている様なものだ。いつから何だと辿っていくと、あることに気付く。ペラリとページを遡る。

「おお?」


 手が止まる。EさんがOくんにイジメられる前の週には、まったくと言っていいほどにお兄さんのことが書かれていなかった。不思議に思い、さらに遡ってみてもケンカをしている様子はいっさいなかった。

 唯一、書かれていたのはお兄さんの誕生日のことだったが、そこには仲むつまじい兄弟の姿が記されているだけだ。


「ケンカの原因は、イジメか?」

 いや、アゴに手をやる。メヒのほっぺたがプクッと膨れているからちがうようだ。よく見て時系列を整理してみると、わずかばかりにケンカの方が先だ。

「イジメの原因が、ケンカか?」


 むむ。自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきたと首をかしげたら、

「そう、正解だよ」

 とメヒは言う。

 これ以上首をかしげようとすると倒れてしまいそうだ。追いついた様に見えた思考も、あっという間に置き去りにされる。


 ここだよとメヒが指差す箇所には、

『兄はずっと家にいる、云々──』

 と書かれていた。

「なんだ、ただの愚痴ではないか」

 ため息がする。む、俺はなにか見落としたかと手帳を見直してみるもわからない。

「お兄さんはおそらく出不精なんだろう。俺も姉によく文句を言われているぞ」


 メヒは目を閉じ、かぶりを振る。

「Kさんはさ。ここの、『ずっと』を勝手にマイルドに捉えているんだよ」

「と言うと?」

「お兄さんは学校から帰ったらずっと家にいると勘違いしてないかい? そうじゃないんだよ。学校にも行かずに、毎日ずっと家にいるんだよ。引きこもっているのさ」


「え」


 驚いて声が詰まる。なんと、ずっととは文字通りのずっとだと言うのか。最低限やることをやった上での話かと、すくないながらも外には出ているのかと考えていた。

「日毎に愚痴もケンカも増えていってるみたいだからね。ずっと家にいるお兄さんを、よく思っていないんだよ」


 とある日を皮切りにして、手帳には毎日のケンカが綴られはじめた。その日から、お兄さんは引きこもったということか。

 手帳に記された文字を追う。お兄さんにずいぶんと強く当たっている。かつては、持っている物を羨む仲だったはずなのに。

「Eさんはね。許せなかったんだよ」

「手厳しいな」


 お兄さんも人間だ。つまづいて傷付くこともあるだろう。順風満帆なだけが人生ならとは誰もが思うが、それもまた難しい。

「Eさんの書いた内容なんだけどさ」

 と、珍しくメヒは言い淀む。

 表情もすこし曇ってみえる。


「ボクはね。今じゃなくても、Eさんはイジメられていたんじゃないかなと思うのさ」

「それはどうしてだ?」

「あの怪しいイジメの記録さ。妄想で書いたにしちゃ、ちょっと出来が良すぎるね」


 手元の手帳をパラリと繰る。注視しつつ読んでみても、俺には区別がつかなかった。経験したものにはわかる、機微でもあるのだろうか。

「それをきっと、お兄さんが助けたんじゃないのかなと思うんだよ。ヒーロー好きなお兄さんが妹のEさんを救い、そして彼女のヒーローになったんじゃないのかなとさ」


 ありそうな話だと、深くうなずく。戦隊モノを好まないEさんがお兄さんのヒーローキーホルダーを欲しがった理由にも、それならば納得がいくというもの。

「だからこそ、お兄さんのことが許せなかったんじゃないのかな」


 彼女の兄であり、ヒーローであったひと。そんな身になにが起こったのかはしらないが挫折し、そして引きこもってしまった。失墜したお兄さんの姿を、Eさんはどんな思いで目にしてきたか。その答えが、この手帳に綴られている想いの理由だったのか。


 ケンカの理由はそれとなくわかってきた。だが驚きこそすれども、ケンカとイジメ。ふたつの事柄に関連性がみえてこない。

 しかし悪魔はニヤリとほほ笑む。

「もうわかったよね?」

「いや、わからないんだが」


 カラカラと、それはそれは愉快気に悪魔は吹きだした。ややもすれば徐ろに笛を取りだし、吹きはじめたりしそうな具合だ。メヒには既に事の真相がみえているのか。事件はもう解決したとばかりに鹿撃ち帽を取って頭をふっている。金色の髪がふわりと揺れていた。その翡翠色の瞳にはどんな真相が、世界が広がっているというのか。


 俺にもその景色をみることは適うだろうかと不安に思うと、メヒはきろりと視線を飛ばしてきた。

「ホームズは言ったよ。『ありえないことをぜんぶ排除してしまえば、あとに残ったものがどんなにありそうもないことであっても、真実にほかならない』とね」


 ふむ、ホームズも難しいことを言う。

「そうは言われてもな」

 頬をかく。

「謎のパーツはここに揃っているんだよ。あとはKさん、きみがどう組み立てるかだ」

「パーツ、か」

 深く息を吸い込む。いままでメヒとみてきたことをゆっくり時間をかけ、ひとつずつ思い出していく。


 自らイジメられに向かうEさん。制服姿であった理由。イジメの記録が記されていた手帳。イジメっ子のガワを着せられていたOくん。好みではなかったキーホルダー。連日の兄弟喧嘩。そしてヒーローの失墜。


 カチャカチャと音を立て、ああでもないこうでもないと、頭の中でパズルのように組み上げていく。その間メヒは黙ったままで焦らすこともなく、じっと俺を待つ。


 ──そうか。


 朧気ながら、Eさんの思惑がみえるような気がする。言葉にしてみようと頭を捻るけれど、うまく説明できる気がしなかった。メヒは見かねたように口を出す。

「Eさんにはイジメられることが必要だったのさ。理由はわかるかい、Kさん。まさか、悲劇のヒロインになりたかったからとかは言わないだろうね」

 それくらいは俺にもわかると口を開く。

「なりたかったのは被害者だな」


 口もとに笑みを作り、細かく数回うんうんと、ちいさな首は縦に揺れる。

「そうさ、Eさんの行動はね。制服しかり、手帳しかり、ボクらについた嘘だってしかりだよ。しかりもしかり、全てはイジメられていると知らしめる為のものなのさ」


 そうだ。現に俺は勘違いし、Oくんの事を問いつめている。メヒがいなかったら、そこにあるイジメを信じて疑おうともしなかっただろう。

「Oくん達もイジメっ子のガワに、じわりと染まってきていたな」

「そうだね。あのイジメはもう、周知されはじめているんだと思うよ。ボクら以外にも目撃者はたくさんいるだろうさ」


 学内でもそれと見える行動を取っているはずだ。おそらく噂は伝播していき、やがては人伝に家族にも伝わり、件のお兄さんの耳にも入ることだろう。

「これはボクの想像なんだけどさ」

 緑の瞳はきょろりと動く。


「調べればすぐわかると思うんだけどね。お兄さんとOくん達は面識があるんじゃないかな。それこそ、お兄さんが引きこもった理由じゃないかなとボクは思うわけさ」

「それは、どうしてなんだ?」

「Eさんだからさ」

 と片目をつむる。

「おお、すごいな。わからん」

 と俺は両目をつむる。


 表情からなにか読み取れないかと観察してみるも、メヒはほほ笑むばかりでそれが意味する所がわからない。

 パチパチと瞬きすると、

「偽名を使っていたからね。隠したい事があるのかなと思っただけさ」

 どの口がソレを言うのか。


「お兄さんは、Eさんにとってのヒーローだからね。ヒーローたらんとして失敗したんじゃないかな。彼もまたヒーローのガワを被り、その重圧に押し潰されたのかもね」

「失敗?」

 お兄さんはヒーローに憧れて妹を救う、聞く限りでは正義の男にちがいなかった。そんな彼が、いったいなにを失敗するというのか。ヒーローの失敗とはいったい。

「相手をまちがえたんじゃないのかな」 


 さもありなん。といった風にメヒは言うが、はたしてそんなばかな事があるのか。悪魔は納得のいかない俺の顔をちらと眺めて、ゆっくり口の端を持ちあげてみせた。

「そう、それはまるでOくんを責め立てていたKさんのようにだね」


 むむ、耳が痛い。

「ヒーローも人間だからね、勘違いくらいしたりするよ。いいかい、いつもヒーローが正しい側に立てるとは思わないことさ」

 どうやら、ばかな事があったようだ。


 あのとき俺のとなりにはメヒがいたから良かったものの、実際は危ない所だった。もしもお兄さんがことを間違えていたとき、となりに間違いを止めるひとが誰もいなければどうなってしまうのか。


 義憤に駆られた正義の拳も振るう相手が違ったならば、それはたちまち悪の暴力へと様変わりしてしまう。それらは紙一重なのだ。悪からみれば、正義こそ悪そのものなのだから。

「身近にファンがいたからね。お兄さんはきっとヒーローであり続けようとして、無理しちゃったんじゃないのかな」

「なんでそんなことをするんだ?」

 メヒは目をまあるくさせて、

「もう忘れちゃったのかい、Kさん」

 口をポカンと開けていた。


 そして探偵服をポンポンと叩き、半眼の面持ちを向けてくる。

「だからボクは言っているんじゃないか。制服は悪魔の発明だってさ」


 制服、悪魔の発明。スウェーデンの監獄実験。ひとはガワに、その役割に引っぱられてしまう。だが待てと思う。引っぱられる先がヒーローのガワならどうなのだろう。

「それは問題になるのか?」

「ヒーローたらんとす。そんな正義に濁った瞳じゃあ、物事は正しくみえやしないよ。善人が悪人に見えてくることもあるんじゃないのかな」 


 正しくあろうとし過ぎて、お兄さんの瞳は曇ってしまったということなのか。皮肉なものだ。ヒーローであろうと考えやったことが、これまでやってきたことが、実は悪の行動に他ならなかったのだとしたら。

「……むごいな」 


 その事実を知ったならば、心はポッキリと折れてしまうのかもしれない。傷付き、挫折してしまっても、それはおかしなことではないのかもしれなかった。

 小さく息をつくのが聞こえる。


「なにはともあれだ。引きこもってしまったお兄さんを、Eさんは許せなかったんだよ。連日のケンカにもなっちゃうくらいにね。そりゃそうさ。だってお兄さんは、彼女にとってのヒーローなんだから」

「だから、Eさんは被害者になったのだな」 

 メヒは大きく目を見開いて、頷いた。

「そうだね、そう。だからEさんは、自らがイジメられに向かうのさ。証拠も、証言も充分に用意してあるんだと思うよ」


 Eさんはイジメられていると話していた。隠す様子はまるでなかったように。手もとに目を落とす。この手帳も、だれかにみせるために作られた証拠のひとつなのだろう。

「そしてEさんは、イジメを苦にして命を断ってしまうのさ。お兄さんをあんな風にしてしまったOくん達への当てつけと、復讐のためにね」

「ちょっとまて、なぜそうなる」


 これまで素直にメヒの推理にうなずいていたが、口を挟まずにはいられなかった。うまく言葉にできない俺に代わり、メヒは推理を語ってくれていた。その推理は俺のわからなかったことを多分に含みはしたものの、朧気ながらにみえていた真相と方向は同じだったように思う。

 その一点を除いては、だ。


「メヒよ、命を断つだなんてそんな。復讐だなんて。それは違うんじゃないか。どうしてそう物騒に考えてしまうのだ」

「じゃあきみは、他に何かもっともな理由があるとでも言うのかい?」

 推理を中断されて、ムッとしたように目を細め、すこしばかりつっけんどんに言われた。ちょっとばかし、口も尖っている。


 むむ、もっともな理由。

 推理と言えるものではなかったと思う。ただの妄想だったかもしれない。だけど、漠然と思ったことを口にした。 

「Eさんはヒーローに。お兄さんにもう一度立ち上がって欲しかったのではないか?」

 ゆっくりと大きくパチンと瞬きをして、メヒは首をかしげる。

「どうしてそんな風に思うのさ」


 漠然とした思い付きだ。理由をつけろと言われても困る。たんなる妄想に過ぎないのだが、なぜだか俺はそう感じたのだった。

「んん」

 と唸り、頭を捻る。


 Eさんは、あの戦隊モノのキーホルダーを大事そうにカバンに付けていた。それ自体を好んでいないにも関わらず。彼女にとってあのキーホルダーはいわゆるお守りみたいなものだったのかもしれない。そしてEさんにはヒーローに、お兄さんに助けてもらったと思える過去があった。そこには感謝や憧れ、信頼。そういったものがきっとあるにちがいなかった。


「塞ぎ込んでしまったお兄さんに、Eさんが腹を立てているのはそうあって欲しくないと思ったからだろう?」

「うん、だろうね」

「愚痴を言うのも、ケンカになるのもだ。お兄さんの姿にまだヒーローの面影をみているからではないだろうか」


 それは酷なことかもしれないが、自分を救ってくれたヒーローにはいつも格好よくあって欲しいと願ってしまうものだ。それは助けられた側による、勝手なエゴなのかもしれないが。

「妹のためにと。お兄さんがヒーローになった最初のきっかけは、恐らくそれだったのではないだろうか」


 ヒーローである前に兄なのだ。妹を助けるのにそう細かい理屈などいらないだろう。それすらガワに引っぱられていると言われてしまえば元も子もないけれども。メヒは口を横に曲げている。どうやらピンと来ていないようだった。

「だとしたら、どうなのさ」  

 やはり俺は見当違いなことを言っているのだろうか。しかし、俺はもう言葉を飲み込むことはしないのだ。それはメヒから教わったことだと、真っすぐに翡翠の瞳をみつめながら問いかける。


「自分がイジメられたら、助けてくれる。お兄さんは自分を守るために身を奮い立たせ、また出てきてくれると。Eさんはただ、そう思っただけではないのか?」


 ヒーローに助けられるためには被害者が必要不可欠だ。なのでEさんは自らが被害者となることで、その場面を用意したのではないだろうか。イジメは周知され、家族や友達から噂となってお兄さんにも伝わる。あとはお兄さんがどうするのか待つばかりだったのではないだろうか。それはまるでヒーローの登場を心待ちにする、少年少女のように。


 メヒは静かだった。翡翠の瞳をぱちくりとさせて驚いていたように思う。のぞき込むようにずっと視線を外さず、なにを考えているのかは俺にはまるでわからない。

「Kさん、きみはそんな……。そんな理由だっていうのかい」

「む、的はずれだったか?」


 その問いに返答はなく黙り込んでしまった。俺のとんちんかんな考えに、あきれ返っているのだろうか。メヒはなにも言わないまま、フラフラとどこかへ去ろうとする。

「おお、どこに行くんだ」

「うん? ボク、ボクはね。確認しに行こうと思うよ。ボクの推理が間違っていないかどうかをさ」 


 それを言う足もとは覚束ないもので、俺を不安にさせる。しどろもどろで、その目はどこか虚ろ気で。

「おお、メヒよ。いったいどうしてしまったのというのだ」

 大丈夫かという問いに、いつも通りさと言って素知らぬ顔をする。


「Kさんはどうするんだい?」

 と訊かれ、

「じゃあ、俺はこれを返してこよう」

 Eさんの手帳を振りかざす。


 幸いに住所のわかるものも挟まっていたことだし、メヒが返しに行くと思えない。行った所でより揉めることになりそうだ。それに、俺にもすこし用があった。


「お兄さんに会ってこようかと思う」

「会ってもらえるのかい?」

 頭を振る。

「どうだろうな、わからない」

「会ってどうするのさ」 

 肩をすくめた。

「ヒーローを呼ぶ声なら、多い方がいいとは思わないか」

「まったく、Kさん。きみって奴はいったいどこまで……」


 俺は俺のことを知っている。どうみてもヒーローになれるような男ではない。ただ一緒になってヒーローを呼び、応援するくらいのことならば俺にだって出来るはずだ。


 それにヒーローだって愚痴りたいことのひとつやふたつはあるかもしれないから。それくらいなら、俺でも聞いてやれるかもしれない。なにを隠そう、俺もヒーローが好きなのだ。あきれ返るメヒを背にして、俺はEさんの元へ手帳を届けることにした。


「──ということがあったんです」

「そうか、なるほどな」 

 スマホから聞こえてくる刑事の声はどこか上機嫌なように聞こえた。これは報告というのか、それか定時連絡とでもいうのか。自分の部屋でくつろいでいると、メヒの兄である刑事から電話がかかってきたのだ。

 開口一番、刑事は言う。

「よくやった」

 と。 


 意味がわからず戸惑っていると、

「どうやらアレをやり込めてくれたようだな。想像以上の働きだ」

 と喜色をにじませていた。

 この刑事はいったいどこに喜んでいるのだろう。そして俺はメヒにそんなことをした覚えがまるでなかった。


 しかし刑事が言うには、いつもの食って掛かってくる調子とはちがったようで、妙におとなしかったと語る。今日のことでメヒもなにやら思うところがあったらしい。


 なにがあったと訊かれたので、くわしく事情を話した。メヒと別れ、俺は栄川さんに手帳を返してお兄さんともすこしだけ話をすることができた。多くはメヒの推理の通りだったのですこし不信がられもしたが、揉めるまではいかなかった。


 そして俺の妄想も案外ばかにはならないようで、妹さんもヒーローの復活を願っているということらしい。協力はするから、あまり無茶はしないように言っておいた。


 あの様子ならきっと大丈夫だろう。

 ヒーローの復活は、そんなに遠い日の話ではないのかもしれない。俺がそう話し終えると、電話口からクククと押し殺したような笑い声がしてきた。


「アレには想像すらできん理由だな。これに懲りて、すこしはひとの気持ちを考えるようになればいいがな」

 メヒはそんなにもショックを受けたというのだろうか。ひとの気持ちを考えるようになればいいなとは、俺も思うところではあるのだけれど。


 そういえばと思い出す。あれはひとの気持ちを考えた結果だったのだろうか。メヒは手帳に書かれていた内容の詳細さで、Eさんがイジメの経験者ではないかと推理した。経験者にはそれとわかる違いでもあったのだろうか。俺はそうぼんやりと思っていたのだが、それがなぜメヒにわかったというのだろう。イジメられたひとの気持ちを考えたのだろうか。それとも──。


「あの子は、メヒは、イジメにあったことがあるんですか?」

「なに」

 と鋭く強い声。

 しばし間を置き、

「お前には話しておこうか」

 とため息まじりに話し出す。

「イジメではないのだが、似たような経験はあるといったところか」

 思い悩むように、深く息をつく。


「アレはかつて、『緑の悪魔』と呼ばれた。緑の瞳というだけでも珍しい上に、アレには推理する力があったからな。それに加えてあの悪魔じみた性格だ」

 昔から推理ができていたのだなと、俺はすっかりと感心していたのだが、メヒの周りのひとはそう思わなかったらしい。


「アレの前に隠しごとはできない。秘めておきたいことや、些細な揉めごとも、すべてが表に曝けだされてしまう」

 ボクはなにも飲み込まないよと、豪語していたメヒの姿を思い出す。性格も主張も一朝一夕に変わらないというものらしい。


「そんな相手にいったいだれが近付くものか。推理すればするほどにひとは離れていった。アレも屈する性格ではないからな。半ば意固地になっていたんだろう。そうしてまわりから、忌み嫌われていったんだ」

「その時の経験でメヒには機微がわかったということですか」


 なるほどなと感心していると、フッと鼻で笑われる。おお、俺はなにか間違えた事を言ったのか。しかし今日の刑事はやはりどこか上機嫌なようで、すこしだけ高くなった声色で言う。


「まったく、本当に変わった奴だ。それを聞いてもお前は、変わらないのだな」

 褒められたような、けなされたような。あきれられただけなのかもしれない。この刑事もまたメヒと同じように、わかりにくいひとなのだ。


「それならば、許そう」

「む、なにをですか?」

「アレはことを調べにと学校へ乗り込み、べつの問題をみつけて帰ってきた。警察は民事不介入だというのに、やいのやいのと五月蠅くて敵わん」

 相槌を返すしかない。


「お前に文句のひとつでも言ってやらねばと思ったのだが、やめておこうか。引き続きアレの面倒をみてやってくれ」

 八つ当たりもいいところである。


「はあ、刑事さんはこれからどうするんですか?」

「俺は考えねばならん。問題をどうにかしてやらんといけないからな」

 目がまるくなる。まったく、本当に兄弟そろってわかりにくいひと達だ。

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