終末世界の人間たち

水坂鍵

短編

現在、西暦二千五十年。

「──はぁ……なんでこんなことに、なっちまったんだろうな……」

 約十年前、ある五つの国がお互いの利権を求め、戦った。

「……家族が死んでからもう十年になるのか……」

その結果が、この有様である。

 核戦争に発展したその戦争は、全人類の約九割を虐殺した。

殺された人間の多くは、身を守るすべのない幼い子供たちや、徴兵された若者たち、力の弱い女性だった。また、年老いた者たちは、そのまま何もできずに死んでしまった者もいれば、若者を奴隷のように戦わせ、それをただ楽し気に眺めていただけで助かった者も多かった。

「俺は運が良かった………………」

 『俺』は、たまたま戦場から離れた場所にいたため、生き延びることができたのだ。……核の爆心地にいた父、母、妹を差し置いて……。

「……くそ……」

 俺の妹は、十四歳のときに核によって命を落とした。

 家族思いの、本当に優しい人だった。

とにかく優しい性格で、人のために動ける。そんな彼女の将来の夢は医者だった。より多くの人間の助けになりたいからと、彼女は言っていた。

「……っ!!」

 何故だ?

 俺なんかよりも、ずっと『良い人』だった人間が、どうして俺よりも早く死んでしまったんだ!

 分からない!

 分からない!

 生きているべきなのは、俺なんかじゃないはずなのに。

「…………いや、これで良かったのかもしれない。」

 核戦争から十年がたった今でも、復興は全くと言っていいほどに進んでいない。

 あまりにも、人が死に過ぎたのだ。

 こんな希望のない世界で生きていくくらいなら、天国かどこかで幸せに暮らす方が、よっぽどいいのかもしれない。

「……こんな世界、俺も捨ててしまおうか。」

 家族の中で一人だけ生き残った俺は、これまでそれを『平和な世の中を作っていけ』と、俺に神様が言っているのだと、思っていた。それが自分の使命であると、自分に言い聞かせてきた。

 この十年、俺は誰よりも平和な世界を目指し、活動してきたのだ。

 だが──もう疲れた。

 十年人類の復興に費やしてきたというのに、この世界は何も変わっていない。

 いや……もしかしたら、変わる世界そのものが、そもそも、もう無いのかもしれない。

 もし、本当にそうなのであれば、俺はこの世に未練などない。

「……ははっ」

 俺は、なんだかおかしな気分になる。楽しいような、悲しいような、不思議な感情だ。

 諦めに近いようなその感情は、自分の精神をどんどん蝕んでいく。

 俺はふと、目を閉じる。

「……?」

 そんな時、目を開いた俺の視線の先に、誰かいることに気付いた。

「……あれは……」

 俺の視線の先にいたのは、幼い子供を連れたやせ細った母親と父親だった。

 こんな世界になっても、彼らは幸せそうに歩いていた。

「ははっ。……もうすこし……いや、どうせなら、この世界がどうなるのかを見てから死ぬのも、悪くないか。」

 懸命に生き、幸せを得ようとする彼らを見ると、何故か不思議と希望の感情が生まれてくる。

「……さて、俺も気を取り直して……復興を目指すとするか。」

 俺は、前へと歩き出す。

「……ん?」

 だが、俺は何か胸の方に違和感を覚える。

「……へ?」

 俺は、胸元を見ると、間抜けな声を出してしまった。

「な……ぜ……?」

 俺は、胸から大量の血液を吹き出しながら、その場に倒れた。


「……」

────俺が最後に見たのは、笑顔で笑いあっているあの家族の姿。父親は、手に何かを持っている。彼らの表情はまるで、「これで今日も生き延びられる」、と言っているようだった。



【完】

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終末世界の人間たち 水坂鍵 @mizusaka

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