第24話 レディ達は、ままならない

「さて、と。いい加減、腹減ったな」


とんだ災難からの思いがけずの旧友を温めて、ようやく一段落終えた。


「さぁ、皆さん、戻って飯にしましょうか」


探索者協会なんかへの報告を終えた工藤達と合流し、F・I社の施設へと戻ってきた。


「とりあえず準備してる間に、汗を流して着替えてきて下さいよ」


工藤の言葉に甘え、せっかくだしとシャワーではなく、足をのばせる浴場へ向かった。


虚弱男子と動画配信男子はシャワーで済ませるらしい。


「最近の若者は、裸の付き合いというものを敬遠しがちですからねぇ」


不動産会社の重役だと言うハゲと眼鏡のオッサン達と宮田の四人で風呂に浸かり、たわいもない会話でちょっとした親交を深める。


大浴場とまではいかないが、五、六人はゆうに入れる湯船。ウチの社宅である単身者用アパートの風呂などと比べるべくもない。


「やっぱり、足が伸ばせる風呂は最高だよな!」


俺のセリフに宮田は、「自分家の風呂でも、足は伸ばせるっすけど?」などと調子に乗ってた。勿論、湯船に沈めてやった。


「鰻犬さんなら、すぐにでも広い風呂のある家に住めるようになりますよ」


不動産会社の社長は、なんなら「是非、自分達の会社で紹介させてくれ」と、割と強めに営業をかけられた。

今や世間では、探索者向けの物件とかあるらしい。


社長達の会社は、協会や迷宮関連の企業を中心に業務契約をしてるらしく、金回りの良い探索者向け物件からド底辺の探索者向けのものまで幅広く扱ってるらしい。

勿論、F・I社もその中の一つとしてる。

エリート探索者の工藤と知り合ったのも、その繋がりがあったかららしい。


「探索者は、結構拠点をコロコロ変える方達も多いので、即入居可能なものも多いですよ」


アタックする迷宮に合わせて住む場所を変える者や、一山当てたり逆に大損コイたりして、拠点を変える者も多いのだとか。


「自分もいつか、タワマンの最上階に住んでみたいっす!」


「今のお前の実力じゃ、6畳一間の風呂無しキッチン・トイレ供用が関の山だろ」


「だから! "いつか"って言ってるじゃないっすか!」


宮田に現実を分からせると、眼鏡を曇らせた専務が、「イヤイヤ!案外、宮田君ならそう遠くない内に、一流探索者になれるかもしれませんよ?」などとお世辞を口にした。


「聞きました!? 先輩! 専務さん、さすがっす!」


何が「さすが!」なのかは分からんが、それより俺は、専務が湯船で眼鏡をかけてる方が気になって仕方ないが?


「お前は、社交辞令って言葉を知らんのか?」


「ムキーーッ!!」


「ワッフゥ〜」


「「「……え?」」」


まったり湯船で談笑する俺たちに混ざって、気持ち良さげにチハヤ号が湯船でくつろいでいた。


「チハ、お前……なんでこんな所に……」

「ど、どっから入ってきたんすか!?この犬!?」


このF・I社の施設は、歌舞伎町ダンジョンのすぐ近くにあるのでそこそこ魔素が濃い環境である。

おそらく影魔法で俺の影にこっそり隠れてたぽい。


「チハ、ここは男湯だぞ? ダメじゃないか、チハはもう、立派なレディーなんだから」


「「「そこぉ〜!?」」」


コラ宮田、立ち上がって矮小で汚いブツをチハタンに見せつけるんじゃない!


しかし、まいったな。

多分猫田やつ、今頃慌ててるんじゃないかな。


まぁ、別にいっか。俺のせいじゃないし。


大体、猫田がチハの前で、引退の話しなんかするからこうなるんだ。



「もうすぐ、チハヤも引退なんですけど、大変なんですよ? 引き取り相手がいなくて。誰かさんのせいで、無駄にレベル高いから一般人はおろか、軍関係者でも引き受けの基準を満たす人間が全然いなくて」


まったく、デリカシーのかけらもない奴だ。

チハは頭が良いので、人が何を言ってるのか大体の事は理解できるのだ。


「家の独身寮のボロアパートじゃなぁ。チハだったら、俺が引き取ってあげたいんだけどなぁ」


そんな会話を二人でしてたな。


うん、まぁ、よくよく思い出すと、チハがついてきた原因のほんの数%くらいは、俺にも責任があったかもしれない。まあ、2パーくらいな。


「チハタン、勝手に着いてきたらダメだろう。猫田が困るのは別に構わないけど、チハが脱走扱いにされるかもしれないだろ?」


「クゥ〜〜ン、ヒューン、ヒュー」


チハの「しまった、やっちゃった、悲しい」みたいな感じの哀しげな様子に、宮田とオッサン二人も悲しげな表情になってる。


「風呂上がったら、猫田に連絡してやるから。そんな悲しい声出すんじゃない」


風呂から上がり、宮田がチハにドライヤーをかけてる間に猫田に電話すると、ワンコールで出たうえに食い気味に質問された。


「もしもし! 鰻犬さん?! チハが、いなくなったんですけど、もしかして! ソッチ行ってます?!」


「お前が、あんな話しするから。チハのやつ、俺の影に潜って付いてきたっぽいぞ?」


「今、どこですか? あの、迎えに行きますんで!」


さすがに軍属であるチハを勝手に連れて帰るわけにもいかないので、協会で待ってろと言って電話を切った。


「とりあえず、せっかく工藤が飯の準備してるらしいし、食べてからにしような」


「いいんすか? メチャクチャ心配してそうでしたけど?」


「自業自得だ。気にすんな」



工藤にチハの事を説明すると、テイマー等が使役する魔物や動物用の餌もあると言うので、チハも一緒に飯を食う事にした。


「さすが、F・I社っすね……」

「普段の俺より良いモン食ってやがる……」


魔物がドロップする食材は多種多様にあるが、大体は高級品である為、俺が食べるのは会社の忘年会とか自腹を切らない時だけだった。


「先輩……そこは、もうちょっと頑張りましょうよ」


専用の冷凍庫から取り出した骨付き肉を解凍して野菜と一緒にボイルされたそれは、確実に俺のいつもの晩飯代より高いはず。


風呂上がりの女子達に可愛がられ、高級肉を満喫するチハ。

俺も、ココで飼ってくれないだろうか?



「できましたよー!」


ダイニングスペースには、工藤が前日から仕込んでいたという手料理の数々。

ビーフシチュー的なやつの肉はホーンブルがドロップする肉を使用したらしい。


「ちょっと硬めの肉なので、煮込みにはちょうどいいんですよ」


イケメンは、エプロン姿すら輝いて見える。


「オークはさすがにみんな食べ慣れてると思ったので、ハイオークにしてみました」というトンテキ。


比較的手に入りやすいオーク肉すら、俺は彼女と別れてから食べてないが?


これがハイスペックモテエリートの実力か。

俺も、簡単な料理くらいなら作れるが、正直、テーブルに並んだ料理はちょっとレベルが違う。


え?野菜も? へー、ダンジョン産?


全ての料理を「美味い美味い」と食べ終えた俺は、「参りました」と、工藤に負けを認めた。


「え? 何がですか?」


勿論、皆まで言わなかった。



「鰻犬さん、チハさんを引き受けるんですか?」


軽い会話の流れで、美咲ちゃんがまもなく引退するチハの事を聞いてきた。


「ウチ、クソ狭アパートだから、ちょっと無理かな」


不動産屋二人組の目が光ったような気がしたが、無視だ。


「ウチもなぁ、旦那と子供がアレルギー気味じゃなかったらなぁ〜。チハさん、ウチで引き取りたかったなぁ〜」


ん? アレ? 俺、ちょっと耳がおかしくなったのかな?


「え〜っと? 今、なんて?」


「ウチで引き取りたかったって」

「ちがう、その前」


「え? 旦那と子供がアレルギーって話ですか?」

「……ウソやん」


「え!? イヤ、そんな、泣かなくても! そんな、え? なんか不治の病とか、余命いくばくかのテンションなんですか!? アレルギーですよ? しかも、かなり軽い感じの」


まさか、人妻だったとは。美咲ちゃん……しかも、子持ち。そんなん初耳である。


少し泣きそう。うそ、もう泣いてた。


「キュ〜ゥン」


「ヨシヨシ、エエ子やねぇ」


チハだけが、おれの心の痛みをわかってくれる。


ああ、こんなとこ早く抜け出して風俗行きたい!


窓から見える歌舞伎町の、怪しげなサイン看板が滲んで見えた。




─────────


もうちょっとしたら仕事もひと段落すると思うので、投稿するペースを上げていけると思います。


そう言って、気が抜けてサボるまでがいつもの流れではあるけど。


コンテスト締め切りまでに10万文字は書き切らないとまずいので、モチベーション向上の為、応援よろしくお願いします。

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