第13話 青春の思い出も、ままならない

歳若い男女混合の教室の中で、彼らの青春の1ページに脇役として立つ自分は、何となく甘酸っぱい気分をお裾分けされてる気分になる。


「うわ、キモッ……あの人なんでニヤニヤしてんの?」


教室内の女子生徒がコソコソと俺を指差している。

若い女の子が、まぁまぁイケメンである俺の事が気になるのはしょうがない。

そういう年頃なのだろう。多分そうだと思う。


俺の青春は軍一色であった為、こういう普通の青春にはちょっと憧れを抱いていた。

マジでいいじゃん。女子の制服姿。

若い女にはそれほど興味はなかった俺だが、瑞々しい肉体を包む制服は生で見るとそれなりの魅力を感じる。それは、俺も年取ったって事なのだろうか?


俺は中学を卒業後、家から離れたい一心で陸軍少年兵学校へと入学した。

クズの父親から、家から逃げたのだ。

衣食住の心配がなく、高等学校卒業資格を取らせてくれる上に給料までくれるのだ。

俺にとっては天国のような所であった。


訓練や規則は厳しいと有名であったが、そんな事は些細な事であった。

むしろ、仲間達と困難を乗り越えるのすら俺にとっては楽しいと感じられた。



物心ついた頃には、俺は親父と一緒にダンジョンに潜っていた。

今のようにガチガチに管理されたダンジョンは珍しく、野良ダンジョンには無免許はおろか犯罪者やならず者が跋扈していた時代だ。

勿論、子供が迷宮に潜るなど、今も昔も違法であるが抜け道も多かった。


俺の親父は探索者だったが、息子の俺に”英才教育”と称してダンジョン探索のノウハウを一から叩き込んだ。


才能もあったのだろう、俺はメキメキと力をつけ、より高難度の探索を楽しむ子供に育った。

母親は何度も親父に止めるよう言い、俺にも言い聞かせていたが、俺も探索が何より楽しい時期で、言う事を聞く事はなかった。


母親は妹を連れて出ていった。小学校四年の冬だ。


あまり学校には行ってなかったが、たまに学校に行くとクラスメイトとの喧嘩が絶えなかった。

あまり学校に来ないから、何をやっているのかと聞かれ「迷宮を探索している」と言うと嘘つき呼ばわりされたり、揶揄われた。


普段から魔物とやり合っている俺にとって、同学年の子供など取るに足りない生物だった。

自分から手出しはしなかったが、馬鹿にした俺の態度が気に食わなかったヤツらに暴力を振るわれれば完膚なきまでに叩きのめしていた。


学校からは白い眼で見られ、同学年どころか中学生にまで目をつけられたが、返り討ちすれば周りは大人しくなった。


六年生頃になると高校生にまで話しが伝わり、彼らに追いかけられては罠に嵌めてボコり、奇襲をかけてはボコり、魔素の濃い場所に呼び出してはボコった。その内、誰も俺を構う者はいなくなった。


さすがの俺でも、小学校も卒業くらいになると世間の常識から自分が逸脱している事に気がついた。勿論、やさぐれた。

やさぐれた俺は、中学に上がり迷宮の探索をやめた。

親父は「勿体無いな」どとほざいていたが、とっくに探索者としての技能は伝えきっていたのか、それほど執着はしなかった。


中学に上がると周りは俺を腫れ物のように扱い、親父は再婚した。

義母は善良な人だったが、それ故に俺は心苦しく感じた。問題を起こしたくて起こしてるワケではないのに、巷のチンピラヤクザ等がちょっかいをかけてくればやり返してしまうのが俺の悪い癖だったからだ。

別に正義を気取っていたわけではないが、クズに容赦すると後が面倒だと思っていた俺は、迷宮でたまに彼らと「いないいないゴッコ」をするハメになった。

今思えば、あのチンピラ達は、親父が焚き付けたんじゃないかと思う。事実、俺がどんだけ無茶しても、家に被害が出る事はなかった。

親父が、その道では名の知れたクズ探索者だったのも理由かも知れないが。


そんなヤサグレ中学生の俺に、義母と義姉は優しく接してくれた。世間の常識と一般教養を教えてくれたのも彼女達だった。父親は我関せずの態度だ。


しかし、『力こそ全て』みたいな生き方しか教わってない俺が、そんな温かい家の中で息苦しく感じていたのも事実である。

彼女達に感謝はしているが、だからこそ余計に申し訳ない気持ちで辛くなった俺は、家から逃げ出したのだ。


そんな兵学校で俺は、息を吹き返した。

キツイと思った事はそれほどなかった。

中期教育では衛生科に進み、後期教育では身体能力と戦闘能力を買われ第一航空挺身団に配属された。


ダンジョン以外で自分の力を褒められたのは、単純に嬉しかった。死にそうになった戦場でさえ、コレが生き甲斐であるとさえ思った。


「そんな頃もあったなぁ」などと教室の様子眺めて浸っていると、宮田の声で我に返った。


「どうしたんすか?先輩。女子見てニヤけてちゃって。マジでキモイっすよ?」


「死なす。お前を死なす!」


「ぼ、暴力反対ッスーーー!」


宮田をアイアンクローで持ち上げる。魔素があればこんな事もできちゃう。


「あっ、よかった、まだいてくれて!」


イケメン工藤が教室に現れるやいなや、女子生徒共から黄色い悲鳴が上がる。


「チッ!」「あ、あが、ぁ、あ」


ジタバタしていた宮田が大人しくなってるのを見て、イケメン工藤が「そろそろヤバそうですよ、ソレ」などとぬかしやがる。


「チョウチョ、チョウチョが見えるるるぅぅ」


よく分からない事を言ってる宮田は放っておこう。


「私に何か用事ですか?」俺には貴様になんぞ用はないがな!


「明日の確認です。朝8時に新宿駅の東口に集合ですから。あっ、昼食の準備は自分に任せ下さい!腕によりをかけますから!では!」


(クソ、覚えていたのか、イケメンめ!)

そう言って工藤は笑顔で去っていった。


「せ、先輩酷いっす。危うく天に召されるところでしたよ」


「残念だな。そのまま召されれば良かったのに」


「先輩、犯罪者になっちゃうっすよ?」


「なに、すぐそこにダンジョンあるんだ。『いないいないゴッコ』は昔から得意なんだ」


「え!……えっ?いや、先輩、それ冗談っすよね?さすがに冗談っすよね?」


「帰るぞ」


「え?え?」とバカみたいに繰り返す宮田を置いて教室を出ようとしたが、女子生徒二人組に近寄り耳元で囁いた。


「キャーーーーッ!ウソーーー!?キャーーー!」


俺は、今日一の歓声を受けながら教室を出る。

これで来たな、俺のモテ期!


「あの娘達に何を言ったんすか?」


「工藤がホモで、お前とデキてると教えてやった」


「な、なんて事言うんすか!そもそも嘘じゃないっすか!事実無根っすよ!」


せっかく若者達を見て、自分の青春の思い出に浸っていた俺の邪魔をした罰と、俺よりモテるイケメンへのちょっとした嫌がらせであった。



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