第9話 サラリーマンってヤツは、ままならない

「トラップなし!周囲の安全よし!解錠します!」


元気よく宝箱の周囲を指差しながら声を出す。


馬鹿らしいと思うだろ?

でも、これがこの国の試験では当たり前なんだからしょうがないだろ?

大袈裟に誰が見ても「やってるな」と分かるようにやらないと減点されるからな。


大体、宝箱にトラップが設置されてるのは深層からだ。解錠が必要なのは中層辺りからである。


そんな所へ潜れる探索者など全体のどれほどの割合であろうか。


「ハイ、OK!次に行って下さい」

宝箱を開けた俺に試験官が先を促す。


「モンスター発見!戦闘可能状況と判断!戦闘を開始します!」


『魔物と第三者が戦っていないか。又は、自分が戦闘に耐えうる状態かを判断し、戦闘を開始しなければならない』

コレも迷宮戦闘要領初級で習う項目に載っている。

仲間が本番で声出してこんな事やってたら、モンスターより先にぶっ飛ばしそうだ。


「チィェェェストォーーーー!」


『裂帛の気合いとともに魔物に対して攻撃を行うべし』

とにかく気合いを入れて殴れ!声が小さかったり、無言だと減点されるから!

そう教官が教えてくれた。


とにかく、いつの時代に作られた教本なのかは知らんが一々言ってる事が古臭すぎる。

おそらく、迷宮がこの世界に発生した、混乱期の第二次大戦中に手っ取り早く陸軍辺りの新兵指導要綱からもってきた内容なのではなかろうか?

迷宮発生初期には探索者免許などはなく、とりあえずの指針として文書化した物が今に続いている。

まるで現代の状態に則してないのが、逆に新鮮ではある。


まぁ、免許さえ取れればそれでいい。


「コホン!」

試験官からわざとらしい咳が聞こえた。


「あ、魔石発見!回収します!」

模擬刀で殴りつけたゴブリンの人形から魔石が落ちる仕組みになってるんだった。


こっそり注意してくれた試験官に、目で感謝を伝えると苦笑いで返された。


こういう所はちょっと甘いんだよな。


それでも試験に落ちるヤツは一定数は必ずいるんだとか。


講習中には実際の迷宮に潜っているのに、試験では迷宮を模した試験場でやるのは、試験項目を短時間に効率よくこなす為であろう。


「23番、帰還します!」


「ハイ、お疲れ様でした。合否の発表は午後になるのでそれまで自由にしてて下さい。次の方どうぞー」


俺の後だった宮田に「頑張れよ」と言って喫煙所に向かった。



「カンパーイ!チンチーン!チアーズ!探索者免許試験合格おめでとーーう!」


今回の教習所同期による飲み会が宮田の音頭で執り行われた。

残念ながら落ちてしまった二名は不参加だったが。


「とうとう俺たち探索者になっちゃいましたね?」


あれだけ試験前は柄にもなく緊張していたのに、合格が分かった瞬間からズッとこの調子だ。


「まぁな。お前は直ぐにダンジョンで朽ち果てるクチだろうが、一応は探索者だな。今のところ」


「イヤイヤそんな縁起でもない事言わないの!先輩と一緒なら、結構いいところまでいけると思うんすよねー、俺」


「何で俺がお前と一緒に潜る事になってんだよ。お荷物抱えて探索なんてやるワケねーだろ」


「またまたー!そんな事言って!俺達バディじゃないっすかー。照れちゃって、もう!」


「照れるも何も、お前と俺じゃレベルが違い過ぎるだろう。お前、着いて来れんの?」


俺の言うレベルは世間で言う水準とかではなく、ダンジョンの中で人間が魔物を倒したり一定の行動を行う事によって得られる経験値を貯める事によって上昇する『Lvlレベル』である。

コレが上がると体力の増進や、筋肉量は変わらないのに力が上がったり素早く動けたりと様々な恩恵を受ける事ができる。

ダンジョン内や魔素の多い場所限定ではあるが。


「イヤイヤイヤイヤ!先輩!可愛い後輩の面倒を見るのが先輩の役目じゃないっすか!」


「可愛くないから別に問題ないな」


「俺たちズッ友って誓い合ったじゃないっすかぁ!」


「今、初めて聞いたな、そんな事」


「お願いしますよぅ〜、センパ〜イ!」


縋り付く宮田が鬱陶しい。男に縋られてもイラつくだけである。


「分かったから離れろ。そのかわり取り分10:0な」


二、三回潜れば、なんとなくでも迷宮がどんな所かは分かるだろう。


「なんすかそれ!奴隷以下じゃないっすか!」


「5:5でもいいけど、お前がゴブリンに輪姦まわされる呪いをかけてやる」


「ひどす!ひどいっすよ!」


「その動画をUTubeに上げてやる」


「そんなの、お婿にいけなくなるじゃないっすか!」


騒ぐ宮田を周りの同期達が笑い、夢を語らいあっていた。

この中に探索者として大成する人間がいるかどうかは分からないが、夢と希望で満ちてる人間を見ているのは楽しいものだ。


彼らが命を落とすことがないことを祈るばかりだ。




「課長、有給ありがとうございました。コレ、皆んなでどうぞ」


免許合宿から戻り、出社すると、お土産の信玄餅を持って探索者のライセンス取得の報告をしに上司のもとへと挨拶しにきた。


「あぁ、ありがとうございます。コレ、美味しいですよね。どうでした?合宿は」


野暮ったい眼鏡を外し、パソコンの画面から俺へと視線を移したスッピンの美人が、お土産の信玄餅を嬉しそうに受け取った。

三十半ばの、化粧気はないが整った顔の上司の笑顔はどこかあどけない感じすらある。


「まぁ、リフレッシュできました。毎日温泉に浸かって、若いヤツらと触れ合う事なんて中々ないですからね」


「なるほど確かに、それはうらやましい。しかし、若い子達と触れ合う事ならこれから沢山できますよ」


「はあ……?」

「はいコレ」

「なんです?ソレ」

「辞令です、出向の。喜んで下さい、出向先は探索者高等技能学校です」


「ハァ?なんで、いや、え?何故です?」


「ウチと契約していただいた学校の生徒さん達に講師として社員を数名出向させる事になりました。製品の使い方や整備、勿論顧客の獲得もね。生徒さん達になるべくウチの商品を使って貰えるようにお願いしますよ?」


「講師って……。お、私はつい先日免許取ったばかりの新人探索者ですよ?ウチの会社だって、専属の探索者がいくらでもいるでしょう?」


学校?ガキのお守り?イヤイヤイヤ、冗談じゃない!そんな面倒な仕事なんか、安い給料では割に合わない。


「彼らは契約社員なので、出向には出せませんし、社の求める素材の確保をしてもらわないといけませんから。それに鰻犬君、軍で迷宮に潜ってたでしょ?」


「それにしたって、もっとマシな探索者免許持ってる人間はいるでしょう?ウチの課なら元探索者が結構いますし!」


そう、ウチの課には諸事情で探索者を引退した人間がゴロゴロしてる。


「実際に迷宮にも入る必要があるそうなので、探索者や訳ありではダメだそうです。後、コレは部長からの指示なので、悪しからず」


ファーーーーーーーーーック!!


「あの腐れハゲ野郎……」

「コホン!鰻犬君?」


「これは失礼しました。しかし、正直なところそんな面倒を押し付けられて『ハイ、喜んで!』と言うほどの給料は貰っておりません。ですので、謹んで辞退を……」


「基本給10%のベースアップと別途ボーナス、ライセンス取得費用の全額負担……鰻犬君の場合、自己負担分の半額を返還する形になるわね」


「な、なんだと……」


コレだけの待遇アップは、あのハゲ部長一人の決裁では無理なはずだ。


「それに、出向とは言っても、都内の学校だし基本的に週三日だけ通えばいいだけだから。学校がない日は、基本こっちに出社してもらいます」


頭の中で算盤をはじく。

何回セクキャバに通える?今度、高級ソープにでも挑戦するか!


「再来週には行ってもらいますから、準備や引き継ぎよろしくお願いね?」


「ハイッ!喜んでっ!」「……」


面倒だが仕方ない!これでもサラリーマンなのだから。上司の命令は絶対だ!


こうなったら、とことん学園ライフを満喫してやろうじゃないか!


「あ、そうそう、営業の宮田君。弟の方。彼も一緒らしいわ。仲良かったわよね?」


ああ、そんな予感はしていた。なんとなく。


「え、ええ……、非常に残念でお恥ずかしい話しですが……」


「君、正直なのは長所だけど、正直過ぎるのは社会人としてどうかと思うわよ?ウチの社長のご子息なんですから。アレでも」


「はぁ。確かにアレでもご子息でしたね」


「ンッ、ンンッ!とにかく、彼も一応は免許持ちである事ですし、何度か一緒に探索しておいて下さい!これは、会社の意向です」


これが俗に言う『しがらみ』というヤツか。

結局、あの馬鹿の面倒を見る羽目になるとは……。


会社の駒であるサラリーマンってのも、結構大変な商売なんだなぁ。



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