第8話 俺のラブコメは、ままならない
「お二人とも銃の取り扱いについては講習で教わった通りに、安全第一でお願いしますね」
お爺ちゃん講師は物腰が柔らかく俺達に言い聞かせるように話し始めた。
「射撃場では銃口は常に的の方向を向けて、絶対に人には向けない事。弾は射撃直前まで装填しない事。安全装置は射撃時以外は必ずかけておく事。これを疎かにするとその場で退場させるので、気をつけて下さいね。射撃中は…………」
サイコレズは既に射撃の事で頭がいっぱいのようでソワソワしている。
見学ブースに受付のお姉さんの姿が見えるせいだろう。
「まずは小佐井さんから、射撃競技の経験者でしたね?実弾は初めて?」
「…そうですけど。別に撃つ事に大した違いなんかあるんですか?的に当てれば問題ないですよね?」
違いはあるだろう……馬鹿なのこの女?やたらと好戦的だし。
競技用のエアライフルやピストルでは全てが違い過ぎる。
音、反動、威力、精度
それでも爺ちゃん講師は笑顔で答えてあげてる。
「そうですね。感じ方には個人差があるでしょうからなんとも言えませんが、安全に撃てれば問題ありません」
ニコニコと優しい人だな、と思っていたがよく見ると目が笑っていなかった。
ちょっと怖いなこの人。
「では小佐井さんから、お願いしようかな。的は固定で、経験者と言う事で25mでいいかな」
お爺ちゃん講師は手元のリモコンを操作すると、的がシューンと離れて25m地点で止まる。
このお爺ちゃん講師は以外と意地が悪いのか、本当にあの距離でも当てられると思っているのか。
25mを拳銃で当てるのは素人には中々に難しいのだが……
サイコレズがシューティングボックスに立ち拳銃に弾を5発込めたマガジンを差し込むと、射撃可能と判断した講師がリモコンでランプを赤から緑へ変更した。
銃を構え大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出す。
・
・
おっそ!
撃てよ!早く!
見てるコチラがヤキモキする程の溜めに突っ込みをいれそうになってようやく初弾が放たれた。
『ターン!』
・
・
そしてそこからの溜め……
お爺ちゃん講師が横目で俺と目が合うと、苦笑いしていた。
5発撃ち終わるまでにおよそ2分弱をかけた。
拳銃でだ。
安全装置の場所を確認しながら切り替えて台の上に置くと手元のボタンを押して的を回収しようとした。
「ハイ、失格です。今日の教習はハンコ押せないので再度受け直して下さい」
淡々とそう告げる講師にありえないという顔で食ってかかろうとしたのを遮って、射撃台の上に置いていた拳銃を取りマガジンを取り出してスライドを引いた状態で固定させ、薬室に弾の残留が無いかを確かめて台に置き直した。
時間の無駄
そう思っての行動だったが、サイコレズはその一連の流れが酷く気に障ったのだろう。
ギャンギャン喚いているがイヤーマフを装着して相手するのを拒絶した。
お爺ちゃん講師も既にサイコレズに関心を失って新しい標的と弾薬を渡してくれた。
サイコレズの標的を外して後ろに放り投げ新しい標的をセットしてお爺ちゃんに申告する。
「久々なんで10mで」
「分かりました」
標的が10m地点で止まると、装填し安全装置に指をかけてユルく構える。
ランプが緑になったのを確認、安全装置を解除し射撃。『ターンターンターンターンターン』
安全装置を外して5秒で撃ち終え、銃の安全を確保する。
標的を回収してみたが、まぁこんなものかといった感じだった。
サイコレズは信じられないといった顔で俺を見ていた。
俺の的は中心円に2発、3発がその直ぐ外側に固まっていた。
25mのサイコと比べてはなんだが、まばらに散った弾痕を見れば10mであったとしても初心者よりは多少マシって感じだろう。
「いいですね。続けて撃ちましょうか。今日は貸し切り状態になってしまったので」
背を向けて射場を出て行こうとするサイコにお爺ちゃん講師が優しく声をかける。
「人のを見るのも勉強になりますよ?特に貴方は見ておいた方がいい。まぁ、無理にとは言いませんが」
涙目のサイコの横に、いつの間にか見学ブースにいた受付お姉さんが立っていた。
「小佐井さん、絶対参考になるから見ておきなさい。ね?」
と、両肩に手を置いてあやしている。
経験者だと慢心してちゃんと講習を聴いてないからそうなるのに、講師もお姉さんも結構甘いんだな。
「次は自由に撃ってもいいですよ」とマガジンを数本渡された。
同じく10m地点に的を送ると、構えると同時に一気に5発を撃ち尽くす。
マガジンを素早く交換すると構えをアイソセレスからウィーバーに変更し5発を連射。
再装填で近接射撃のスタイルで肘を張って胸の前で構え、サイトを覗かずに5発を的の下から上へと撃ち分ける。
「25mで」と言うと、お爺ちゃん講師が的を遠ざけてくれた。
再装填すると、顔のすぐ前に銃を斜めに構える。
少し離れた的の胴体部分から頭部の的へと狙いを変えて5発を撃ち込んで安全装置をかけ、マガジンを抜いて射撃台に置いた。
頭部も胴体も弾は少々散っていたが、久々のわりには上出来だろう。
「鰻犬さん、ありがとうございます」
何故かお姉さんにお礼を言われた。
「この子も勉強になったと思います。ね?」
とサイコの肩を抱いて慰めるように揺すっている。
「あ、あんたなんかに負けないんだから!すぐに追い抜いてギャフンと言わせてやるから!」
別に競技ではないのに、勝ち負けと言われてもな。
一連の流れを体に叩き込んで最適化し、後はより正確に敵に弾丸を撃ち込む訓練をすれば良いだけだ。
一般人にはちょっと難しいかもしれんが……
講師にも手本を見せてやった俺にも礼も言わずに射場を出て行くサイコに、お爺ちゃん講師もお姉さんも困った顔で見送っていた。
「鰻犬さん、本当に後方支援の部隊出身だったんですか?」
俺に振り向くなりお姉さんは質問を飛ばしてくる。
「え、ええ。そうですけど?」
嘘は言ってない。
ちょっと省いてはいるが。
「フーン、ちょっとカッコよかったですよ?」
お姉さんはイタズラっぽくそう言って、俺の胸を指でつついきた。
「え!マジ?じゃあさ、デートしよう?ね?どこ行く?ディナーでもいいよ?」
お姉さんも射撃の選手で名手とサイコが言ってたな!
これはチャンスなのでは?イケるのでは?
ついに始まったか、俺のラブコメ生活。
「そうゆーのが残念なんですよねー。それが無ければ今頃デートの一回や二回はしてたかもしれないのに」
「ガーン!!」
マジでか?今夜はイケる!と思ってたのに……
クスクスと笑いながら出て行くお姉さんを見送ると、お爺ちゃん講師がポンと俺の肩に手を置いた。
「青春じゃの!」と満面の笑みでそう言った。
何が面白いねん!ブチ殺すぞジジイ!
今の俺はショックでそう言う気力もないわ。
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イヤー、久しぶりの投稿ですね(汗)
下書きまでは書いていたのですが、忙しくてね……
ちょっと時間ができたので投稿しました!
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