第5話 サイコレズは、ままならない

合宿免許と言っても、一日中勉強や教習をしているわけでは勿論ない。

そんな「自動車免許の教習を思い出すっす」と宮田が言うのんびりとした講習を順調にこなしていた。


俺は軍で免許取ったから、そんな青春の1ページ等ない。

隣に乗る教官は厳つい軍人で、優しいアドバイスの代わりに激しい罵倒が精神注入棒のおまけ付きで飛んでくるような日々だった。


「先輩、次のコマ何を受けるんですか?自分フリーなんすけど」


必修科目の『魔物対応要領 初級Ⅰ』の講習を終えた俺達は喫煙所で缶コーヒーを片手に一服していた。


「俺はあれだ、『銃砲所持・取扱い関係法令』の講習だな……」


「あぁ、アレ本当に受ける事にしたんすね。受付のお姉さん、完全に気付いてましたもんねー」


「まぁな。まっ、合宿終了まではせいぜい大人しくしてるさ」


遠くで砲声が鳴っているのは富士の演習場か。

特科の榴弾砲の砲声が少しだけ昔の事を思い出させるが、ここいらはなんとも長閑なものだ。


「じゃあ先輩、頑張って下さいね。会社の金使ってるんすから寝ないで下さいよ」


「銃の免許代は100%俺の金だ」


「その金、元はアイツらの金じゃないっすか」


「奴らの金は俺の金だ。なんも間違った事言ってないだろ?」


かばイズム!スゲ〜パネ〜っす!先輩はいつか必ず襲われるっす」


「預金を下ろす手間が省けるな」



タバコを揉み消し指定された教場に行くと案の定、受講者は俺ともう一人だけ。しかも若い女の子。


やっぱり春休みの時期は学生が多いのだな。

周りに若者が多いと自分も若返った気分になる。


俺の青春は訓練と戦地での思い出ばかりだ。

まぁ、アレはアレで楽しい事も多かったと、今になってようやく思えるようになった。


「やあ、君、同期の受講者だよね?俺は鰻犬うなぎいぬ。よろしくね」

丙種免許で銃の免許を取ろうとするような奇特な女子に挨拶をして、とりあえず仲良くなっておくことにした。


「へぇ、オジサンも銃免許取るんだ?私だけかと思った」


「俺はまだ28だぜ?ギリお兄さんで通用すると思うんだけど?」


「10こも年上なら十分オジサンでしょ。オッさんて呼ばないだけましでしょ?」

フンと鼻を鳴してなんともお寒いムードである。


まぁいい。小娘相手にムキになるのも大人気ない。


いつか、泣かす。


「君みたいな若い子が、なんでまた銃免許を取るのかちょっと興味が湧いただけだ。まぁ、仲良しこよしを好まないって感じなら無理強いするつもりはないさ」


そんな大人の対応をした俺を見る事もなくツンツン女子が一言。

「私はアンタみたいな浮ついた男が嫌いなの。ガンマニアかミリオタか知らないけどキモいから。私の視界に入らないで」


俺のどこをどう見てそう評価したのか知らないが、超絶面倒なタイプの女だという事だけは分かった。


絶対に泣かす。


チャイムと同時に講師が室内に入って来たので否定も反論も出来なかったが、するつもりもなかった。


メチャクチャ根に持つタイプの俺は、コイツを!絶対に!必ず!泣かして!ギャフンと言わせてやる!と心に誓った。



「先輩も今日はもう終わりっすよね?」


あの後に格闘講習と採取初級の講習を受けた俺を宮田が迎えにきた。


「ああ、もう疲れた。無駄に講習が増えたせいだ」


「晩飯食いに行きましょうよ」


「そこの食堂でいいだろ?」


「……ダイナー」

初日に餌付けしたせいか、犬猫のように懐いた肉娘がどこからともなく現れ餌をねだる。


「出たな肉娘。ダイナーは一昨日行ったばかりだろ?」

「胸の成長が……シクシク」



「……しょうがない、焼肉行くか……、リッチモンド宮田の奢りで」


「え!?オレっすか!?」

「お前が言い出しっぺなんだから当たり前だろ?肉娘もそう思うだろ?」


「思う。宮田はリッチモンド」


「いつの間にか呼び捨て!?しかもリッチモンドってなんすか!?」


「行くぞリッチモンド。リッチモンドご自慢のパパから買ってもらった高級車でな」


「アレは俺が働いた金で買った車っす!まだローンも結構残ってるから!」


「宮田……、つべこべ言わずに車を回す」

「やべぇ、なんか女子高生にまで下僕扱いされてる気がするっす!」

そんな事を言いながらもちゃんと玄関前に車を回してくれる宮田だった。



「……カイエン宮田、ご苦労」

焼肉屋に着くと、肉娘は宮田に労いの言葉をかけてあげてた。

以外に気配り屋さんなのかもしれない。


「なんかまた呼び名が変わってるし!しかも、そこはかとなく馬鹿にされてる気がするっす」


「良かったなカイエン宮田。女子高生に呼び捨てで呼ばれるなんて、そっちの層の人間にはご褒美だろ?」


「オレはロリコンじゃねえっすよ……」


宮田の性癖などはなから興味のない肉娘はそそくさと焼肉店に入って行った。


「いらっしゃいませ!」

案内されたテーブルに着きふと横を見ると、こちらに蔑みの目を向ける銃砲女子が一人焼肉中であった。


「やあ、なんて言うか、奇遇だね……」


「……」

銃砲女子は俺の事は無視する事にしたらしい。


「貴女、何でこんな人達と一緒にいるの?脅されてる?騙されてたりしない?」

昼間もそうだったが、コイツ、本当、俺に何か恨みでもあんのか?


「…誰?」

肉娘は餌をくれない人の顔を覚えない。

3日間の付き合いで少しだけコイツの生態を把握した。


「私は貴女達と同期の受講者よ。そんな奴なんかより、私と一緒に食べない?」


「オイ、いい加減にしろ。俺がお前に何をした?」

流石に訳も分からず悪態をつかれるのも気分が悪い。


「アンタ、ちょっと高村先輩に気に入られたからって調子に乗ってんじゃないわよ!先輩を一番尊敬してるのは私なんだから!」


「は?ちょっと待て、高村って誰だ?」

全くと言っていいほど心当たりがないのだが?


「受付のお姉さんっすね」

「あぁ、ユイちゃんか。高村だったっけ?高橋だと思ってたわ」


「はぁぁああああ!?今、なんつったテメー!!」


「うわぁ…(なんだコイツ?やべぇ〜よ!)なんだコイツ!やべぇ〜よ!」


「先輩、心の声ダダ漏れっすよ」


「……お前、ユイ好きなのか……ユイ、お菓子くれる。私も、好き……」

肉娘は一人だけすでにメニューを開いていたが受付お姉さんには反応した。


「なるほど、恋する女は凶暴になるからな。ライバル出現で気が立ってたんだな」


「ち、違うわよ!わ、わ私は!じゅ、じゅじゅ、純粋にた、高橋先輩の事を尊敬してんのよ!邪な目で見ないでよ!」


だろ?」

「う!うるさい、アンタのせいで間違えたのよ!もう、アンタなんか死んじゃいなさいよ!つーか、殺す!」


「オイ、ちょっと落ち着けよガンスリンガー・サイコ・レズ」


「私はレズじゃないし!サイコでもない!小佐井よ!小佐井冴子こさいさえこ!」

律儀に自己紹介してくれたが、字面はやはりサイコっぽい名前である。(偏見)


「別にLGBTを恥じることはない。その薄い胸張ればいい」


「絶対に殺す!」


「…サイコ、悪いが一人で食べて…」


「だから、私はサイコレズじゃないから!男好きだから!」

それは、大声出して言う事でもないと思うが。


「へ〜、じゃあサイコちゃんの好みの男性ってどんな人っすか?」


「〜〜っ!……そ、そりゃあ、ゆ、弓弦様よ……」


「「「うわぁ……」」」

宮田はおろか、肉娘にも嫌われている男。


日本人探索者トップクラスにして、世界的に有名な氷魔法の使い手『加納弓弦かのうゆづる』の事であろう。"氷の貴公子アイス・プリンス"と自らを呼ぶ男。


「なによ!弓弦様のどこが「うわぁ」なのよ!」


探索者として世界トップクラスの実力者でおまけに顔もいい。しかし、あれほど男に嫌われている探索者も珍しいだろう。


なんせ、「「「鼻につく!」」」のだ。


「〜っ!!実力、実績、ルックスどれも一流の弓弦様に嫉妬してんじゃないわよ!この愚民ども!」


そう、確かに彼は全てが一流である。それは認める。しかしそれを妬んだり僻み感情で嫌っているわけではない。

ヤツの言動の端々が、とにかく鼻につくのだ。


「まぁ、それはどうでもいいが、サイコとユイちゃんの関係が未だに分からんな」


「アナタ、ガンマニアのクセに本当に何も知らないの?高村ユイよ?学生射撃世界大会の覇者よ?私は大学の後輩よ」

俺は別にガンマニアではないんだが……


暴力事件をネタに脅されて銃免許を取る事になっただけだ。


「へ〜、お姉さんて結構地味な競技の実力者なんすね?あんな可愛いのに」


確かに射撃競技は地味だ。オリンピック期間中ですらクローズアップされる事は稀だ。


「ドタマぶち抜くわよチャラ男……私は先輩を追いかけて同じ大学に入ったし、今度は探索者を目指してるのよ」


「なんだ、ストーカーか。最初からそう言えよ」

「アンタ話しきいてた!?せめて"追っかけ"って言いなさいよ!先輩はアンタみたいな胡散臭い男に指一本触れさせないから!実技講習でボコボコにしてやるから!」


そう散々喚き散らしたサイコ女子は店を出て行った。


テーブルには、いつの間にか肉娘が注文したメニューが届いていた。焼くのは待ってくれているようだが、あの涎をみたらそう長くは待つまい。


「肉娘、少しは野菜も食べないと大きくならないぞ?」

どこが、とは言わないが。

「…白米大盛り頼んだ」

「白米は野菜じゃないっすよ?」

「「エッ!?」」

「エッ!?って先輩もっすか!?」


そんな感じで和気藹々と、嵐のようなサイコ女子の事など忘れて焼肉を楽しんだ。

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