第3話

少年にあてがった部屋の扉を叩く。

「どうぞ」

―中からメイドの声で返事があった。

ユキヤナギが中に入ると少年がメイドに手助けを受けてベッドから起き上がろうとしているところだった。昨夜はわからなかったが、きれいな瞳をした少年だとユキヤナギは感じた。少年がなにか述べようとするのを遮って、ユキヤナギは

「私はこの屋敷の主のユキヤナギと申します。昨夜雨の中倒れておられる君を見つけ、屋敷に連れ帰って医者に見せた次第です。昨夜は高熱が出ておられましたが、今朝はお体の調子はいかがですか?」


少年は喋りだそうとするが、声がうまく出ないようでメイドがその様子を見てコップに水を汲んで渡してやる。少年はそれを受け取り勢いよく飲み干してからようやく口を利くことが出来るようになったようで、


「ぼ、ぼくはヒイラギといいます。あの…ご親切に見ず知らずのぼくを助けてくださってありがとうございます。体調も今朝は良いようです…。」


それだけを緊張しながらなんとか喋ると少年ヒイラギは口をつぐんでしまった。

「いいえ、お礼は結構です。体調も回復したとのことなんとも結構!それでは朝とは言い難い時間になってしまっておりますが朝食でも食べて、体力回復に努めましょう。」


ユキヤナギはそう言うとメイドに朝食やヒイラギの替えの洋服の手配などあれこれ指図するとさっさっと出ていってしまった。―もちろんぬけぬけと定時の朝食に出席せずに朝ごはん抜きになるかと思われた自分の分もついでに準備するようにということも付け加えて。


出ていくユキヤナギをみてポカンとしていたヒイラギであったが、メイドに

「あ、あの…あの方は一体どうゆうお方なのでしょうか?ぼくもっと色々と聞かれるのかと。」

昨夜ヒイラギは街中で気を失って倒れていたのである。それを助けて屋敷に連れてきて看病までして…尋常の出会い方ではないはずなのに、ユキヤナギはヒイラギが緊張しながらもなんとか絞り出した感謝の言葉以上は聞かずにさっさと出ていってしまった。人情としてはヒイラギの年齢であるとかどうして倒れていたとか、どこの家の子どもかと何かと聞きたくなるのではないだろうか?


「あぁ。そうですわね…。でもここではあなたのように突然子どもがやってくるのが日常になっているから。」


メイドはさて…と付け足して

「それよりまずは奥様がおっしゃるように朝ごはんにしましょう!このお屋敷のことはお腹がいっぱいになってそれから話をしてあげるわ…。じつは奥様も今日は寝坊して朝ごはんを食べそこねているの…。きっとお腹をすかせてるからさっさと着替えて食堂にいって料理を作ってもらわなきゃ!もちろん奥様とあなたの分をね!」


ユキヤナギが朝ごはんを食べそこねた部分は茶目っ気たっぷりにコソコソと声を潜めて言った。それを聞いてずっと緊張でこわばっていたヒイラギの顔が少しだけほころんだ。

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