死が二人に別ったから

シバフ

物語

 隻腕の女は目を覚ました。

ベッドに入ってきた冷気と、もぞもぞと動く自分ではない存在を気取って。


「どうしたの?」


 右を向くと、気取られた女の子が、少しばつの悪そうな顔で女を見つめていた。

隻腕の女は微笑みながら、少女と向き合うように寝返りを打つ。

女が左手で少女の頬を撫でると、少女は安堵した様子で口を開いた。


「ごめんなさい、お姉ちゃん」


「いいんだよ」


「あのね、わたし、こわい夢を見たの」


 少女は、お姉ちゃんの背中に手を回し、その胸に顔をぎゅうとうずめた。


「あのね、お姉ちゃんが、どこかにいっちゃう夢」

「まっくらなところで、お姉ちゃんが、わたしをおいて、歩いていっちゃうの」

「おいかけたのに、ぜんぜん近づけなくて、わたし、すごくこわくて、悲しくて……」


 すんすん、と少女がお姉ちゃんの胸の中で泣き始める。


 お姉ちゃんは、今度は少女の後頭部を優しく撫でた。

少女の不安も存在も、全てを受け入れるように。


「怖かったね」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんは、どこにも行かないよ」

「どんな時だって、目を覚ましたら、お姉ちゃんが傍にいるよ」


 少女はその小さな掌で涙をぬぐうと、お姉ちゃんの顔を見上げた。


「ほんとう?」


 お姉ちゃんが、愛おしそうに微笑みながら、少女の瞳を真っ直ぐ見つめて、言う。


「本当。お姉ちゃんは、あなたが大好きだから、絶対に離れたりしないよ」


 さっきまで泣いていた少女は、お姉ちゃんの言葉に安堵の笑みを浮かべた。少し照れた様子でえへへと笑いながら、またお姉ちゃんの胸に顔をうずめる。


「わたしも、お姉ちゃんのこと、だいすき」


「ありがとう」


 静かなビジネスホテルの一室に、二人の笑いあう声だけが流れた。


「もう眠れる?」


「おはなし、ききたい」


「じゃあ、お話が終わったら寝る事。約束出来る?」


「……お姉ちゃんと一緒に寝てもいい?」


「いいよ」


「じゃあ、やくそく、できる」


 少女が嬉しそうに答えると、お姉ちゃんは少し考えてから語りだした。


「むかしむかし、あるところに、一人の女の子がいました」

「女の子は、がんばって働く良い子でしたが、いつも独りぼっちでした」


「どうして?」


「それはね、女の子が、この世から離れなくてはいけない人の所に現れるって、みんなが知っていたから」


「女の子は、わるいことをしていたの?」


「ううん、誰かがやらなくちゃいけない仕事。悪い事はしていないの」


「それなのにひとりぼっちなんて、さみしいね」


「そう。そうね」


 それまで微笑んでいたお姉ちゃんは、自分の胸に抱きつく少女の”さみしい”という単語に反応して、神妙な面持ちを浮かべた。


「女の子は、毎日毎日頑張って働いたけれど、ずっと寂しくて辛かったの」

「ずっと独りぼっちで、みんなから怖がられて、嫌われて」

「でもね、死神様から言いつけられていたから、女の子は働き続けるしかなかったの」

「だからある日、女の子は、死神様のところに行ったのよ」


「死神さまって、どんな人なの?」


「うーん」


 少女の質問に、お姉ちゃんは逡巡してから答える。


「死神様は、女の子のお父さんで、とても偉くて、永遠に生きていて」

「……ブラックコーヒーと、ブラックサンダーが好きな人」


「ブラックサンダーって、なに?」


「チョコのお菓子よ」


「そっか。わたしもチョコすき」


「そうね。私も好きよ」


 何かを思い出しながら、ふふと笑ったお姉ちゃんは、物語を続ける。


「それでね、女の子は、死神様にお願いしたの」

「独りぼっちはもう嫌だから、ずっと傍にいてくれる存在をください、って」


「死神様は、叶えてくれたの?」


「死神様はね、とても偉い人だったけど、女の子がこの世から離れる人としか出会えない事は変えられなかったの」


「どうして?」


「女の子をそういう存在として生んだのは、死神様自身だったから」


「女の子は、どうしたの?」


「……女の子はね、とても悲しくて、死神様の前で泣き出したの」

「だけどその時、女の子は、鏡に写る自分を見て、思いついた」

「自分自身を二つに別けてもらえば、ずっと一緒にいてくれる、って」


「そんなこと、できるの?」


「女の子には出来ないけど、死神様には出来た」

「だから女の子は、もう一度、お願いしたの」

「私の片腕を器にし、私の魂を二つに別けてください、って」


「死神様は、どうしたの?」


「死神様はとても困っていたけど、女の子のお願いを聞いて、女の子の片腕を人の形に変えて、そこに女の子の魂の半分を別け入れたの」

「……魂を別けるのは、とても苦しくて辛かったけど、女の子は耐える事が出来た」


「どうして?」


「それはね、魂を別けられる事より、独りぼっちのままの方が、ずっとずっと苦しくて辛い事だったから」


「女の子は、どうなったの?」


 お姉ちゃんは、ふふ、と笑いながら物語を締めくくる。


「そうして女の子には、どんな時でもずっと一緒な家族が出来ました」

「女の子はそれからもずっと働いていますが、もう寂しくはありません」

「……死が二人に別ったから」

「めでたし、めでたし」


 懐かしむような目で壁を見つめるお姉ちゃんに向かって、少女は言う。


「なんだか、へんなおはなし」


「どう、ちゃんと寝れそう?」


「うん。わたし、お姉ちゃんと一緒なら、どこでだって寝れるよ」


「明日もお仕事、頑張ろうね」


「うん!」


めでたし、めでたし

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