第七話「小学生と多数決」
今日はクラスで仲が良い友達五人とハイキングです。小学校の近くにある山に登ることになりました。
大人たちには秘密です。子どもたちだけの旅を楽しみたいからです。
山に登る前、皆で集まって各々ハイキングのために持ってきたものを見せあいっこしました。中でも岡崎くんは親に黙って高そうなカメラを持ってきていて驚きました。
山頂までの道は小学生の私たちにとっては険しかったです。途中で泣き出す子もいました。
そしてついに山のてっぺんに到着したのです。到着した途端、皆はヘナヘナと座り込みました。筋隆くんは平気そうです。
筋隆くんと鳩田くんが他愛のない話をしています。
「ここが頂上か。大したことなかったな」
「筋隆くんが凄いんだよ…。僕たちはもう、この通りさ」
「お前ら全く体力ないんだな。家に籠ってばかりで外に出て遊ばないからだぞ」
「ははっ、言い返せないや」
そして、鳩田くんが言いました。
「そうだ、岡崎くん。カメラ持ってきたんだよね?せっかく頂上に着いたんだ。写真でも撮ろうよ」
岡崎くんは頷くと、私たちに指示して写真を撮ろうとしました。
しかし、さっき提案した鳩田くんがストップをかけました。
「いやいや、岡崎くん。せっかくこの五人で苦難を乗り越えたんだ。岡崎くんも映らないと不公平じゃないか」
「そ、そう?でも誰が写真を撮るの?」
「他の人に撮ってもらおう。見たところまだ僕たち以外には誰もいないから、もう少し待とうよ」
鳩田くんの発言を聞いて筋隆くんが口を挟みました。
「おいおい、他の人が来るまで待つっていうのか?岡崎に撮らせればいいじゃねえか。岡崎、それでいいよな?」
そして「別に僕が撮ってもいいよ」とボソッと岡崎くんが一言。
しかし、鳩田くんは聞く耳持たずで話を進めていきます。
「だからそれだと岡崎くんだけ損することになるんだよ」
「そんなにビョードーにこだわるならじゃんけんで負けた奴が撮ることにしようぜ」
「それはそれで誰かが被写体の権利を放棄することになるから、皆が平等を享受できない」
「一々うるせぇな!こんな無名な山なんかに登る奴がいるか分かんねぇんだぞ」
「それなら、ここで民主的に決めようじゃないか。多数決で、過半数を占めた意見を採用しよう。多数決に勝るものはない、絶対的だ。これで文句はないだろう?」
鳩田くんの提案に私を含めて皆は小さく頷くと、筋隆くんも渋々同意することになりました。
そして、鳩田くんの「登山者が来るまで待つ」と筋隆くんの「岡崎くんが写真を撮る」で多数決を採った結果、鳩田くんの案に三票入りました。なので、私たちは誰かが来るのを待つことにしました。
数十分くらい待っていると優しそうなお爺さんが登ってきたので、鳩田くんがお爺さんにお願いして、写真を撮ってもらえることになりました。
「じゃあ撮りますよ~」
「ちょっと待った」
今度は筋隆くんがストップをかけました。彼は早く撮りたがっていたはずなのにどうしたのでしょうか。
「恵子。写真のときぐらいマスクを外しても良いんじゃないか?」
恵子とは私のことです。私はマスクなしでは人前には出られないのです。
「嫌よ。外したくない」
「とか言っていつもマスクを外さないよな。給食のときも別の教室に行って一人でいつも食べている。今なら俺たちだけしか居ないんだ。な、良いんじゃねぇか」
「恵子ちゃんが困っている。彼女が外したくないと言っているのだからやめなよ」
「この人権屋が。そうだ、鳩田が言う民主主義の多数決といこうぜ」
「本人が嫌と言っているのだから、多数決を取るまでもない。やめるべきだ」
「待てよ。さっき岡崎本人が撮ってもいいと言っていたのに、それを無視して多数決を強引に進めたよな。当事者の意見よりも発言者の正義の方が尊重されるんだろう」
「そ、それは…」
「ほら、多数決しよう。恵子がマスクを取るか取らないかだ!さあ決をとるぞ。皆も恵子の顔を見たいよな?」
そうして勝手に多数決が採られました。「マスクを取る」に三票、「マスクを取らない」に二票でした。
「過半数で恵子がマスクを取ることに決定だな。ほら、マスクを外せ」
「筋隆くん、やめたまえ」
「多数決に勝るものはないんだろう?絶対には従わなきゃな」
そして、筋隆くんは私の付けているマスクを強引に外そうとしてきました。
もちろん私は必死に抵抗します。しかし、力が強い彼には勝てません。
ついにマスクを取られました。
「お、お前…。口が…」
「うわああああああああああ」
私の口許を見た瞬間、周りは大騒ぎです。
皆、私から一目散に逃げていきました。
写真を撮ろうとしてくれたお爺さんなんて、腰を抜かして「く…口裂け女…」なんて言う始末です。
口が裂けているだけで、他は皆と変わらないのに不思議なことです。
私は外されたマスクを付け直して下山することにしました。
きっと、明日学校に行けば私の噂で持ち切りでしょう。
平等が謳われている癖に平等ではないこの世界は、私の居場所などどこにもないのです。
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