第六話「カニの娘」
高校生の休日。カップルで満員の電車。既に疲れた僕と元気溌剌なツインテールの彼女。
目的の駅に着いて電車からやっと解放されると思っていると、カップル達も同じ駅で降りてごった返し地獄が続いた。
「
「もう
兎苺ちゃんは人ごみを縫うように進んでいく。僕もはぐれまいと必死についていったが途中で見失ってしまった。
とりあえず改札まで行くと、改札を出る前で兎苺ちゃんが待っていてくれた。
「ほら、私の分も入れてよね」
「ごめんごめん」
催促されるがまま彼女の分まで改札に切符を入れた。
「ほんと、衛は気が利かないんだから」
「そんなこと言わないでよ、これでも紳士たる振舞いを心掛けているつもりだよ」
僕たちは改札を出て、ある場所へと向かう。
そう、今日は僕と兎苺ちゃんの遊園地デートだ。デートと言うとカップルみたいだが、僕たちは付き合っていない。幼なじみの
兎苺ちゃんは少々気性の激しい子だが根はとても優しく、それでいて可愛い。あんまり目立たなくて顔に自信もない僕には身分不相応かもしれないが、そういう関係になりたいと思っている。
兎苺ちゃんに先導されるように遊園地まで歩き進め、ようやく入場口までたどり着いた。
鞄から財布を取り出して自分と彼女の分までチケットを購入して、二人分のチケットを受付スタッフに見せて入場ゲートを通過する。
ゲートをくぐると彼女は目を輝かせて興奮した様子を見せた。
「よし!じゃあ早速ジェットコースターね!ここは今のうちに並んでおかないと三時間待ちとかザラにあるから。その次はフリーフォールしばいてお化け屋敷。それ終わったぐらいにはパレード始まる頃だと思うから待機し始めて…」
彼女は予め練ってきたであろうプランを得意げに語る。
「そんなに楽しみにしてくれていたんだね」
僕は嬉しかったので、ついポロっと呟いた。
すると、彼女は急に動揺し始めて手袋をした手をぶんぶん横に振った。
「…!?いやいやいや、衛と遊ぶからって舞い上がってるわけじゃないから。私は遊園地に行きたかっただけだし、しょうがないから衛を誘っただけだし」
彼女は耳を赤く染め「ほ、ほらこの時間が勿体ないわ。さっさと行きましょ」と僕を促してそっぽを向いた。
◇
兎苺ちゃんに振り回され続けて気がつけば夕方近くになっていた。クタクタになった僕は何か飲み物を買ってくると彼女に告げ、一人で自販機に向かった。
そもそも僕は人ごみが得意じゃないのかもしれない。彼女の元気はどこから湧いてくるのだろうか。そういえば、あのとき兎苺ちゃんの耳が赤くなっていたのは僕とのデートを楽しみにしてくれていたってことなのか。そうだとしたらなんと喜ばしいことか。
そんなことを考えながら、二人分の飲み物も買って兎苺ちゃんのところに戻る。
すると、兎苺ちゃんが男二人組と一緒にいるのを見つけた。ナンパされているみたいだ。
遠目で彼女の顔を窺うと、酷く嫌悪を表していた。
絡まれるのは怖いが、彼女のためだ。急いで止めなければ。
僕は彼女のもとへと向かう。
兎苺ちゃんと男たちの話し声が聞こえてくる。
「ね、良いじゃん。この後暇でしょ。一緒にデートしようよ」
「いやって言っているでしょ」
「そんな強情にならなくても、お兄さんたちは優しいよ」
「あんたたち気持ち悪いのよ」
「大丈夫だって、この後カフェに行くだけだから」
「離して!」
男の一人は強引に彼女の手を掴む。
兎苺ちゃんは反抗して手を引っ込めようとする。
そして、彼女がしていた手袋は脱げた。
その途端、顔を綻ばせていた男たちの顔は青ざめる。
この世のものではない化け物を見たかのような様子だ。
「この女…指が二本しかねぇ…」
「まじかよ…。い、行こうぜ…」
男たちは態度を変えて逃げるように去っていった。
「…」
兎苺ちゃんは無表情で立ち尽くしたままだ。
僕は急いで兎苺ちゃんのもとへと駆け寄り、落ちた手袋を拾って彼女の手にはめてあげた。
「…どっか、休憩できるところに行こうか」
「…うん」
どこかに座らせようと思い、空いたベンチを見つけたのでそこに兎苺ちゃんを座らせた。
彼女の先ほどまでの活力は既に失われていた。
こういうときは何を話せばいいか分からなかったが、必死に思考を巡らせて捻りだす。
「…あんな奴らなんて無視していればいいよ」
「…」
「…あ、そうだ。夜の時間帯って何かパレードするんだっけ?」
「…」
「…えーと、今調べたら今日はパレードないらしいね。夜ご飯どうしよっか?」
「…」
「…ここらへんのレストランあんまり知らないだよね。下調べできてないんだから、紳士としてあるまじき行為だよね、ははっ」
「…なんで」
「ん?」
無言だった彼女の口が開いた。
兎苺ちゃんは思い詰めた様子で問いかけてくる。
「…なんで、衛はこんな私に優しくしてくれるの?」
「それは…友達だからだよ」
「皆みたいに、気持ち悪いって思わないの?」
「それは先天的なものだから仕方ないことなんだよ。そんなこと思う権利なんて誰もない」
正直、兎苺ちゃんが出す問いについてじっくり考えたことがないので、感覚的に答えた。
ただ、彼女のハンディキャップを馬鹿にする理由はどこにもないことは間違いない。
僕の返答をきいた兎苺ちゃんは、依然として顔色は暗いままだったが、続けて話してくれた。
「私、自分が嫌。本当は弱いくせに、意地はっちゃって。構ってくれるだけで喜ぶべきなのに衛に滅茶苦茶言っちゃって」
兎苺ちゃんの目には涙が浮かんでいた。
僕はどうすればいいか悩んだが、彼女の励ましになればと昔の話をすることにした。
「覚えてる?小さい頃、僕が公園でいじめられていたときのこと」
「いきなり何?」
「砂場で山を作って遊んでたら男子たちに壊されちゃってさ。僕も弱い人間だから何もできなくて。そしたら兎苺ちゃんの登場だよ。その手を見せて追い払ってくれたんだよ」
「あーあったねそんなこと」
兎苺ちゃんは初め、心当たりのない様子だったが、話を進めるうちに懐かしんでくれた。
「だからさ。僕は兎苺ちゃんの意地っ張りな一面とその手で救われたんだ。君のその性格もその手も僕は否定できないよ」
僕が話を終えると、兎苺ちゃんはクスッと笑い声を洩らした。
「ふふっ。何それ」
「あれ、おかしなこといったかな」
「いや、全然。私って、手がこんなだから、自分を守るために強く見せようとしちゃってて。性格も手も褒めてくれたのは衛だけだよ。その、う、うれしい…かな」
兎苺ちゃんはモジモジした様子で俯く。
「あ、素直になった」
「んんんもう!そんなこと言うから嫌なの!」
僕がからかうと、彼女は冗談っぽく怒って肩を僕の方にぶつけてきた。
「ごめんごめん」
軽く謝ると、兎苺ちゃんは僕を一瞥して赤らびた頬をみせて小さな声で呟く。
「…ずっと私に構ってくれる?」
意地っ張りな彼女とのギャップで戸惑いを感じたが、その落差が兎苺ちゃんの可愛げを引き立てた。
「兎苺ちゃんが良いなら僕からお願いしたいよ」
「…ありがと」
僕たちは沈む夕日の中で、唇を重ね合った。
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