第八話「禁煙カップル」
煙草を止めるには、それ相応のきっかけが必要だ。
依存性が高いため、虜になってしまえば抜け出すことは困難を極める。
かく言う私も、人手不足、現場を知らないクソ上司、月六十時間を超える残業、劣悪な環境下で働いている間に、気が付けばその味を堪能してしまった。
しかし、悪しき習慣を止めるきっかけが舞い降りた。
「アキラさん!お待たせ!」
セーラー服姿の彼女、チハルが、待っている私の姿を見るなり走ってくる。
「チハル、年上を待たせるとは良い度胸してるね」
「違うの!アキラさんがチハルのセーラー服を見たいって言うから、中学校のを掘り出してたら時間がかかっちゃったんだって!」
小言を言う私にチハルが弁解した。
私はチハルを観察する。やはりセーラー服は至高である。タブラ・ラサ的純白に対し、襟とスカートは紺色、この対照性によって高明度な方へと視線が強制される。そして純白な生地に目をやると、アクセントの役目を果たす真紅のリボンに引き寄せられる。これはどういうことか。そう、否応なく胸部を注目してしまうのだ。
崇高なるセーラー服姿を拝見することで、日々の残業地獄によって過労を訴える私の身体は癒される心地がした。
「アキラさんはセーラー服着てこなかったんですね」
チハルは見惚れている私を小悪魔的にからかってくる。
「阿保か、セーラー服なんて着ようものならきっと変質者と間違えられるわ」
「えーきっと似合うのに」
「わざとらしい、棒読み」
「ほ、ほんとだって!」
「ほら、今どもった」
「あ、今日はショッピング行って、映画行って、カフェ行こうよ!」
「話変えた。ま、いいや。じゃあ早速いこっか」
私たちは他愛のない応酬を繰り広げ、伊勢丹に向かうことにした。
チハルとはガールズバーで知り合った。私が女子と話したい気分だった時に、偶々客引きしていた彼女に引っ掛かったのだ。
バーに入り、灰皿を要求するとチハルは「チハルも吸ってるんですよ!」と会話が盛り上がり、よくよく訊いてみると彼女は未成年だった。
私が未成年の喫煙は良くないと諭すと「アキラさんも吸っているじゃないですか。未成年だろうと成年だろうと同じ害を被っているわけだし、変わりないですよ」と詭弁を捲し立ててきたので、お互いに煙草を止めるきっかけを作ろうという話をしてやった。
するとチハルは「煙草を止めるきっかけって言うと大層なものじゃないと多分すぐに心折れちゃいます。なので、私と付き合ってお互い煙草を吸わないか監視し合うっていうのはどうでしょう?」と提案してきた。
付き合うとは交際のことか訊ねるとイエスの返事を頂いた。
というわけで禁煙カップルとして付き合っている。
私たちの禁煙はしっかりと長続きしていて、三か月が経とうとしていた。
伊勢丹でのデートではチハルに振り回されてばかりだった。「あのブラウス買って!社会人でしょ!」だとか「やっぱりこの映画やめてあの映画にしよ!」だとか「限定パフェだって!食べたい!」だとか、散々だった。
しかし、おねだりに応える度に見せる彼女の無垢な笑顔は、支払った金銭以上に私を満たしてくれるものであった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、早くも解散の時間になっていた。
「今日は楽しかった! 次はチハルの家に泊まりにきてよ」
チハルはそう言って、私とは反対の電車に乗って帰っていった。
チハルとのお家デートは初めてではないが、一夜を明かすことは初めてだ。
私は次なる楽しみを生きがいに、明日から始まる仕事を乗り越えることにした。
◇
チハルの家に泊まりに行く日。その日は世間では華金と称されているが、私の会社にはその概念は存在しない。しかし、私はこの日ばかりは翌営業日に上司から嫌味を言われるのを覚悟でしれっと定時で退勤した。
チハルには遅くに訪れると言っておいたが、かなり早く彼女の家に着くだろう。
私はちょっとしたサプライズをしようと企み、敢えて何も言わずに向かうことにした。
チハルが住んでいるマンションに着く。エントランスに入るとオートロックを解除してもらわなければ入れないことに気づいたが、私が入ったタイミングで他の住人も入ってきてロックを解除してくれたので、その住人についていくように中へと入っていく。
彼女の部屋の前に着き、ドアノブを引いてみるとすんなり開いた。チハルの不用心さに少々呆れながらも音を立てずにドアを開ける。
中では何か声が聞こえる。微かな悲鳴のような。軋む音も混じっている。
チハルと男がいた。淫らに肌を晒していた。
「ち…は…る?」
つい言葉が漏れた。
二人は行為に夢中だったが、仰向けで喘ぐチハルは私の方を見た。
「え、なんで」
「おいどうしたチハル」
野蛮に腰を振る男はチハルの視線を追いかけ、動きを止めた。
私は身動きをとらずチハルを問い詰めた。
「これ、どういうこと?」
「いや…だって連絡こなかったし…は、はやいね…?」
「違うでしょ。どうして他の男といるの?」
「だって…その…」
「浮気ってこと?」
「ほ、本当に私たち付き合っていると思ってたの?」
「あれは嘘だったの?」
「だってアキラさん女じゃない」
私はその言葉で何かが弾けた。
台所にある包丁を掴み、顔を強張らせる二人に向けた。
「ちょ、ちょっと君、俺は関係ないっていうか」
「アキラさんやめてよ!」
怯える二人に近づく。
私はチハルから男を引きはがす。
そして、手に持った包丁を男の腕、脚に何度も突き刺した。
柔らかいと硬いの感触がごちゃ混ぜに味わえた。
チハルは部屋の隅っこで身体を縮こませていた。
彼女も同じように刺してあげた。
二人の絶叫が煩かったが我慢した。
返り血も鬱陶しかった。
私は血で汚れきったスーツを脱ぎ、二人と同じように裸になった。
「チハル、見てないと頭串刺しにするからね」
仰向けに倒れたチハルをうつ伏せにさせ、顔だけ男の方に向ける。
男は手足が動かない癖に身体を震わせている。
私は男の肉棒を咥え、活力を与える。
そして私の中へと迎え入れる。
「チハル、全て滅茶苦茶にしてあげる」
「いや…!いやあああ!!」
チハルの悲鳴を無視して私は腰を動かした。
むしろ、彼女が奏でる音色によって私はエクスタシーで満たされた。
最愛のチハルの前で、忌むべき男とのセックス。
チハルの恐怖と嫌悪に塗れた愛しい顔。
この快感は唯一無二で私だけのものだ。
私は早くも絶頂に達し、身体中に走る刺激に酔いしれる。
チハルの目は生きていなかった。肉体は生きているはずなのに抜け殻みたいだ。
私は男の身体から離れ、彼女の部屋を物色した。
「あぁ、あったあった」
ラッキーストライクと書かれた箱を見つけた。
箱の中にはご親切にもライターが入っている。
私は煙草を咥え、それに火を点ける。
久々に肺に入れる煙は気持ち良かった。
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