Lv4.目指せ太陽の光!



 前回までのあらすじを語るぜ!





 詰んだぜ!



 ……。

 いやいやいやここで終わりたくねェーッ!


 俺は(脳内で)叫んだ。

 ︎︎立て続けの理不尽には決して負けないという意思の表れを示したつもりだ。

 プルプルしてるだけだけど。

 といっても意思がどうたらで都合よく状況が好転することは無い、俺は足掻くぜ〜。


 脱出口がどんなものか想像もつかないが、俺にはひたすら加速出来るアビリティがある。

 高速移動で虱潰しに回れば出口の様なものを発見出来るかもしれない、というかそれしか手が無かった。


 じじいは呼んでも出てこないしな。

 あいつが諸悪の根源だ、今度会ったら絶対許さん。


 モンスターは遭遇しても倒せる気がしないのでスルーで、では行くぞ!



■己の限界を知るスライム



 おぇえぇええええええっ!!


 人間だったら吐瀉物塗れになっていること間違いなし。俺は仮称:超加速のアビリティが齎す副作用を身に染みて思い知らされていた。


 とにかく気持ち悪い! 吐きたい! けど吐けないぃい!


 ここで意識して加速している際の状況を御説明しよう。使用を重ねて理解を深めた点もあり、今ならある程度解説も出来る。


 まず、発動のトリガーは「進む」という強い意志だ。

 ︎︎これは難しいことじゃない。逆に能力を自覚してしまえば使う気が無くても勝手に速度を上げてしまうくらい俺のアビリティとやらは発動のキーがゆるゆるだった。

 そしてただ素早く移動するのとは決定的に異なる面がアビリティにはある。

 この能力、物理法則を完全無視しているのだ。加速を高めれば高める程、壁すら滑るようにウォールランを実現し、しかも曲がる際に遠心力が掛からず、速度を一切落とさずに真逆の方向へ方向変換出来る。


 スピード変えずに直角に進路変更出来るんですよこれ。


 訳分からん。スライムになった事もおかしいが物理法則を置き去りにした無茶苦茶なアビリティもぶっ飛んでる。


 スピードが速い方が外力の影響を受けなくなるって、元の世界の常識を当てはめたら終わりだよここは。


 俺は切り替えが早い男の自負があったので深く考えずにアビリティを使いまくった。


 結果。

 死ぬうぅぅぅぅぅっッッ!!


 スライムの身体になって初めて疲労感というものを覚えた瞬間であった。

 現状はそんな生易しいもんじゃ無いんだが。

 冗談抜きで死にそう。

 アビリティブッパしてメテオのように光を散らしながら猛進していたのに、最後は燃え尽きるようにオーラが霞んで、動けなくなった。


 変な汁が出て動きも鈍い。


 ナメクジじゃん。


 黄金色の俺はさながらバナナスラッグのようだ。見つけたら幸運を引き寄せるナメクジさんの話です。

 俺は不幸だけどな! 


 あのじじいにスライムを思いやる気持ちが欠片でも存在していれば……こんなことにはならなかったのに……都合が悪い時は全てあの賢者に擦り付けることにした。

 一人で駄々こねても気持ち悪いし俺は責任転嫁するぜ〜!


 不吉な因果をじじいに擦り付けたのでちょいと落ち着いてきた。まだ体調は最悪だが。


 一体何時になったら動けるようになるのか? 一生このままは流石にないよなぁ。


 ……無いよね?

 有り得そうで怖いんだ。


 何も出来ないので無駄にネガティブ思考が捗ってしまう。暗いのは駄目だなぁ〜ダメダメ!



 状況を打破する為に俺は目を瞑って羊を数える事にした。



 しかしスライムに目は無い、じゃあどうやってお前は視界確保してんだって話だが知らんわ。

 人間でも自分の身体の仕組み聞かれて即答できる奴は少ないでしょうよ〜。

 虚しくなるので一人問答を辞める。羊を数えるんだったか、要するにただの現実逃避だが動けない以上は何やっても同じなんですよ。


 目は瞑れないが意識を奥の方に集中すると似たような感覚になる。

 それにこうしている方が若干身体が楽な気もするので、いい発見をしたと思った。


 わけわからん世界に来てスライムになって羊を数えるか……前世でどんな業を積めばこのような罰ゲームに放り込まれるのか、俺は嘆きながら羊を数え続けた――



■幸運な冒険者



 シド迷宮上層・翡翠迷路にて


「だ、誰だ猪頭の戦士ピグウォーリアを連れてきたのはッ」


 悲痛な叫びを上げてバンダナを着けた冒険者――先日博打でスって借金苦に陥ったボゥビンが全力疾走していた。

 博打元締めのマハト・ヴォーグの借金取りから半ば逃げ出すように迷宮へ潜り込んだ彼。


 強力な魔物が少なく他の区域に比べて宝箱の出やすい翡翠迷路を選んだのに、全くついていない男だった。

 宝箱から翡翠が取れやすい故に翡翠迷路と呼ばれる区間。

 需要の関係からこの街ではそれほど高値で捌けないが、ボゥビンが借金を解消するには自分の幸運に賭けるしかない。


「プゲラ―――ッッッ!」


 猪頭の戦士ピグウォーリアは興奮しているのか鳴き声を上げて棍棒を振り回している。


 ボゥビンは初っ端から躓いてしまった。

 この魔物は本来、上層部入口付近にある獣戦場ハドラを徘徊しているのだ。

 翡翠迷路とは距離的にも離れ過ぎている。偶然紛れ込むにしては余りにも遠い場所だ。


 何者かが追跡されていたのか? 

 入り組んだ翡翠迷路を使えば確かに追っ手を撒くことは容易だが、ここまで逃げられる足があるのなら普通入口を目指すはずである。

 迷宮の奥へ進む道理がない。


 ともあれ偶然か人為的かばったり遭遇してしまったボゥビンは己の不運を嘆きながら必死に走っていた。


(俺の腕じゃアイツを倒せねぇ! 迷路で逃げ切るしかねえ!)


 精々が石掘り兎モグル程度を相手にしながら宝箱探しを考えていたボゥビンには重すぎる相手である。


 不慮の事態に対応できない見通しの甘さが、彼が大成出来ない原因でもあった。


 斥候系のジョブセンスを持つものの……ろくに才覚を磨かず、足力強化等のスキルも会得していないボゥビンは長い時間を掛けて迷路の中を駆けずり回る羽目になった。


 ……。


「ぜぇ、はあ、あ……危なかった……」



 そして迷路中を逃げ回り、漸く彼は魔物の追跡から解放された。

 長時間の激しい運動と強敵に迫られた極度の緊張で溜まった疲労は、これ以上の探索を拒絶している。

 心臓が脈打つ度に全身に倦怠感が広がり、ボゥビンは今にも膝を着きそうな程参っていた。


 危機を凌いだボゥビンだが目先の脅威を回避したところで借金は消えない。

 マハト・ヴォーグは金を踏み倒す相手を決して許さないだろう、ボゥビンが生きる道は今日中に迷宮から金目の物を入手する他無かった。


 或いは借金を返済するまで奴隷に身を落とすか。

 奴隷になるのはある意味死ぬのと変わらない、それだけは受け入れたくなかった。


 しかし疲労に身を削られた状態では弱小の魔物相手にすら不覚を取りかねないと、ボゥビンの中で命と金の天秤が揺れている。


(翡翠、翡翠さえ見つければっ! 奴隷だけは嫌だ〜〜ッ!)


 妄執的なまでに翡翠を求めるボゥビン。

 この先どんな不幸に見舞われても構わない、だからこの瞬間だけ俺に助けをくれ! と普段祈りもしない神へ懇願しながら迷路を歩き続ける。


 影でも見逃すつもりは無いと目を見張りながら探索を続ける彼の視界の端に、迷路内部の薄灰色をした壁や床とは違う金色の異物が入った。


「なんだ……?」


 見慣れない物体に対して慎重に近寄る。魔物――に見える。

 果たしてそれは魔物だった。


 黄金色の粘獣ウーズだ。


 落ちていた? のは珍しい色のウーズだった。接近したボゥビンに気づく様子も見せず、微動だにしない。


 その時ボゥビンの脳裏に閃きが走った。


 これを捕まえてヴォーグに売ろうと。


(金塊みてぇな色したウーズだ……多分、大丈夫。売れる、売れるぞ。ヴォーグの所は魔物も売り捌いてたはずだ)


 時期的にオークションも近い。遂にチャンスが訪れた。


「へへっ、ツキが回ってきたぜ!」


 希少種か、変異種か。この見た事の無い色をしたウーズを生け捕りにすれば借金を帳消しに出来るとボゥビンは踏んだ。


 過去に経験した魔物売買の感覚が彼に囁いている。


 ――こいつぁ高く売れるぞ。


 ウーズが全く抵抗をしないのも都合が良かった。懐の水用皮袋から中身を捨て、代わりにウーズを手早く押し込む。


 途端に皮袋が大きく揺れた。慌てて口を絞るボゥビン。

 危うく逃がしかけ冷や汗を流したが、これで魔物の生死も確定し、思わず笑みが浮かぶ。


「捕まってから暴れるなんて鈍い奴だぜ、まぁ生きてたみたいだし助かった」


 迷宮突入時の焦燥感に駆られた雰囲気は既に無い。期待と興奮で浮ついた男の姿がそこにある。


 齎された好機を活かすのはこれからだ。


 ボゥビンは気を引き締めて迷宮を後にした。

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