第3話砂山の上から 3

  トロンメルを出たガラは、そこから1メートルほど落下させる。そこは選別場の入り口なのだが、縦に切れたすだれ状のゴムのカーテンが垂れ、石、レンガ、瓦など、固形物はそれを押して通る。垂直落下させるのは、横からファンの風を当て、藁やビニール、細かなゴミを吹き飛ばし、建物から飛び出た側面が網、中が漏斗状の部屋に集める為だ。昔の鶏小屋みたいな部屋の端にはコンベアがあり、壁土の藁は外へと吐き出される。そのベルトも平ベルトなので竹などが引っ掛かると滑って進まず、詰まる。佐古はそのベルトにユンボで使うグリースガンを使ってシリコンを出し、波状の突起を付け、滑りを止めた。それでも細長い竹などで詰まる事はあるが、頻度は格段に減った。砂の方にも付けたようだが、先に藁のベルトに付けたようで、砂の方のベルトには半分も付いてない。シリコンが足りなくなったらしい。どちらかと言うと砂の方を完成して欲しかったのだが、まあ、無いよりはマシだ。アスラムも喜んだだろう。出来ることなら突起のあるベルトに交換して欲しかったが、そこまで金は掛けられない、と、言う事か……。結局、社長の許可が得られなかったのだろう。無理もない。スリランカ人を使えばタダで済む事なのだ。壊れてもいないコンベアに、更に金を掛けても、目に見える程の成果は無いと踏んだのだ。これが社長自身の観察と発見だったのなら、忽ちの内にベルトは代わったに違いない。そんな性格に思える。

 それでも、佐古との距離は縮まった。ユンボに関する事など、経験の殆んどない者に訊いてどうするの、と、思うのだが、専務に教えて貰うのが嫌なのか、頻繁に質問されるようになつた。少し不思議だったのだが、理由は直ぐに分かった。砂を運んだ先でユンボを使って作業をしていたのだ。

 砂はどんどんと溜まる。午前中に二回、午後も二回か三回。1日に四、五回。何処へ運んで行くのか知らなかったが、2トン車を走らせ田んぼの中の道を西へ行く。ユンボの運転台から見えるのはそこまでで、最終的にどう処理されているのかは知らなかったが、佐古が処理に困って音を上げ、社長に泣きついたらしく、昼飯を食べている一階に珍しく社長が顔を出し、昼からは佐古に付いて行き、砂を処理してくれと言われ、軽トラの鍵を渡された。2トン車の後を追えと言うことらしい。

 5分くらい走っただろうか、思ったより近かった。直ぐ奥が堤防で、川が流れている筈だ。その前の田んぼが一枚、砂山になっていた。砂は二階家の屋根の高さくらいまで積まれ、山になっている。川と平行に走っている道を砂山を越え、堤防に向かい左に曲がろうとすると、砂山に登る坂道が現れ、2トン車はそこを登って行く。軽トラは入り口の横、叢に止め、歩いて坂道を登った。上に駐車場があるとは思えなかったからだ。

 坂道には小石やコンクリートの欠片が混じっていて、再生された、これも廃材だ。補強の為に使われている。だから坂の部分は固く、これならトラックもタイヤを沈ませる事なく登坂出来る。また、側面にも使われていて崩れるのも防いでいる。基礎部分は社長の土建屋としての経験が生きていて、砂なんだけれども、雨にも負けない強さがありそうだ。

 左手は砂の壁だが、登り切ると深く抉れて平らな面が現れ、そこでトラックは方向転換をし、荷台を持上げ砂をダンプして出て行く。けれども、これを一人でするとなると、ダンプした砂を片付けないと次は砂を下ろせない。だから、少し小さいが、ユンボが上に置いてあり、腕を伸ばして砂を掬い、上に引き上げ、ぐるりと回転し、頂上へ押し上げて山に積み上げ、場所を確保してからでないと帰れない。そしてもう、その上げる場所も無くなり、下の、バックしてダンプする所に二杯も砂が残されていて、今も方向転換したままダンプ出来ないでいる。

 「砂を上に上げて欲しい」佐古が運転席から降りてきて言う。だが、知りたいのは、そうではなく、明確な指示だ。どうやって上へ上げるかだ。山全体に、アームが伸びる限界まで砂は上げてある。佐古は、その後を丸投げしたのだ。文句を言ってもしょうがない、取り敢えず砂山を登り青いユンボのドアを開けた。

 ユンボの大きさを表すには変な符喋があり、それはバケットの大きさでコンマ1とか2とか呼ぶのだが、よく分からない。見た目で言えば、砂山にあるのは産廃の山にあるのの半分も無いような小ささだが、それでも重量3トンはあるだろうか、2トン車で運んだ砂なら直ぐに掬って退ける事が出来る。エンジンの回転数を上げて砂を手当たり次第に揚げ、ダンプする場を空けると、佐古は車をバックさせ砂をぶちまけてクラクションを一つ鳴らすと、坂道を下り帰って行った。砂を降ろして軽くなったのか、置場所を考えなくて済んだので気が楽になったのか、ご機嫌で走っている。いい気なものだ。どちらにせよ、砂は上に揚げるしかない。先ずは上に登る坂道を作る事にした。

 砂山を人間の二本の足で登ろうとすると、砂が崩れたり滑ったりと、大変だが、ユンボのキャタピラーなら簡単だ。さすがに垂直には登れないが、バケットで壁を崩しながら45度くらいまでの傾斜を付け、アームを前に伸ばしてユンボの重心を移動させながら進めば、登って行ける。何ならバケットを砂に食い込ませれば、懸垂するようにユンボを引き上げる事も不可能ではない。土を掘るだけでは無いのだ。押す、引く叩く、自在だ。また、キャタピラーは接地面が、面積にすればタイヤの数十倍かあり、砂に埋もれる心配もない。ここでも、グイグイと登り、頂上に出た。

 佐古が積み上げた砂は手前で小山を成していたが、奥には無く、まだ百坪以上の平らな面が残っていた。そこに踏み込むとキャタピラーの沈み込む感触があり、砂はバケットで撒かれたまま雨に打たれて均され、砂丘の波紋のような模様が出来ている。その上をキャタピラーで踏むと、まるで新雪の上の足跡だ。スキーのシュプールほど優美ではないが、それでも何事かを成し遂げたような感慨は湧いてくる。歴史の発見、処女地の探検をしたような気分だ。眺めれば、川の堤防よりも高く、流れる水面も確認でき、彼方の山々の姿も遠望する。邪魔する何物もなく自由で開放的だ。ユンボのアームを畳んで真上に挙げ、バケットを握って固定し、フカフカな地面の上を走り回って踏み固め、今度は入り口に積まれた砂の山をバケットで引き寄せ、排土板でブルドーザーのように押して均し、砂を積み重ねた。そうしておいて一度下に降り、トラックの砂を揚げる場を作り、その砂を溜める所に穴を作り、その穴まで届く所にユンボの道を通した。バケツリレーのように砂を揚げようとしたのだ。揚げた砂は均して踏み固め、高くなったらまたリレーを増やせばいい、まだまだ積める。それだけの事をしたら、もういつ佐古が砂を持ってきても良い。不安は無い。頂上に登り、エンジンを切り、ユンボのドアを開けて風を入れた。空は青く雲は白い。アスラムは、あの穴蔵のような部屋で今も砂埃にまみれている。少し気が引けるが、この爽快感には満足もある。悪いが、心から同情はしていないのだ。所詮、上から目線の施しに似た共感に過ぎない。そうでないと、この解放感を味わえない。比較出来る下がいないと上には登れない。人種的偏見とか職業の貴賤とは無縁だが、一旦、自由とか解放を味わうと、それを元に比べて判断するようになるのだが、そうではなく、もう一度元に戻れば、その居心地の悪さは少し変化し、余裕が感じられるのかも知れない。片足を引き戸になっているドアから外に出し、だらしなく両手を垂らし、伸びをしたまま頭を反らせ、息を吸い込んで吐き出すと同時に声を張り上げ、アガーと叫んだ。まるで耳鳴りを抑える為に奇声を発したようだったが、そうではない。先回りして声を出せる時に出しておこうと、そんな予感に基づいた反応だと思った。たまに、頻繁ではないが、稀にそんな事もある。そんな仕事だし、生活だった。人生はとっくに諦めたようなものだが、何事も、穏やかに、怒りなく、文句も愚痴もなく、過ごす事にはならないのだ。動けば不満や不条理が溜まり、それが大きくなれば暴力や犯罪に変化するかも知れないし、内に籠れば鬱や神経症になるやも知れず、鬱憤は晴らせる時に晴らして溜めないのが一番だ。良い年をして奇声を発し、他人に聞かれたのなら困るが、誰にも知られないのなら構わないだろう。だから砂山の上で叫ぶのだ。

 遠くから、佐古の運転する2トン車が見えた。砂を運んで来たのだ。よく見ると、助手席に誰か乗っている。派手なTシャツに大柄な上半身、社長に似ているが、髪が金髪だ。新入りだろうか? 取り敢えず砂を揚げる場に降りて待った。不思議な事にバックしたトラックには佐古一人しか乗ってない。すると例の男が歩いて坂道を登って来て手を振り、何か言っているようだ。エンジンを絞りドアを開けて半身を外に出した。

 「軽トラの鍵は?」そう聴こえた。

 佐古が降りてきて中継するように復唱する。

 「軽トラの鍵!」

 鍵は簡単には車を盗まれないように抜いてある。

 「ダッシュボード!」

 見えはしないが、探せば見つけられる所に放り込んである。これも佐古が通訳する。

 「ダッシュボードの中!」

 男は了解したのか、手を振って坂道を降りて行った。

 誰なんだ、そして車を取られてどうやって帰るのか、佐古に訊くしかない。

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