第3話 脱走

「ハーディーだ」


「タジマです」

翌日朝早く、教育施設に送られる馬車の中で

俺とおっさんは始めて名前を教えあった。

おっさんは隣国の村で教師をしていた人らしい。

村から遠出して釣りをしていたところ、

たまたま付近を訪れたゴルスバウ王国の人狩り隊に捕まったそうだ。

そして半年もあの牢と強制労働を行き来して

昨日、とうとう出所できることになったということだ。

二人ともまだボロを着て、足首には重い鉄玉がついたままだ。

「だがタジマよ」

とハーディーさんは真面目な顔をして

「むしろこれからが本番だ」

と俺を見つめながら小さな声で話す。

「どういうことですか?」

中々覚めない夢に俺はとまどいながら尋ねる。

「彼らは思想教育と言う名の洗脳を囚人に施す」

「本当ですか……」

「ああ。そして洗脳してからは兵士として戦場に送り出すんだ」

「まずいじゃないですか」

「そうだ、だからな……」

ハーディーさんはごにょごにょと俺に計画を告げる。

「……わ、わかりました。やってみます」


馬車は朝日の中を、森林地帯に差し掛かった。

「すいませーん!!」

「なんだ」

俺の声に、馬車内の角で俺たちを見張っている警備兵が反応する。

「そこの窓から、森のはるか先に信じられないくらいでっかいドラゴンがみえたんですけど」

「なにっ!!どのような形だ」

「黒い鱗と燃えるような真っ赤な眼玉でした」

「ライグァーク……」

顔色の変わった警備兵が呟く。

「火の帝王だ!!俺たちを狩りにきたんだ!せっかく生き残ったのにもうお終いだ!」

ハーディーさんが大げさに驚いてみせ、その言葉に警備兵も動揺を隠せない。

「ちょ、ちょっと待て、御者に確認する」

警備兵が後ろを見せたそのとき、ハーディーさんが手刀で軽くその後ろ首を叩く。

即座に気絶した警備兵の顔を確認すると、

その腰にあった両刃の剣をぬきとり、素早い剣さばきで

俺の足かせを脚から外した

「すごっ、何ですかそれ」

訊いている途中で、ハーディーさんから馬車の外へと蹴り出される。

同時に俺の目の前の地面に、その剣が投げられて突き刺さる。

「一緒に逃げないんですか!」

そう訊く俺にハーディーさんは笑顔で馬車の後部から手を振った。

御者は後部での騒動に気付いていないようで、

俺からどんどん遠ざかっていく。

「逃がしてくれたのか……」

俺は地面から剣を抜くと手に持ち、わき道から林道へと入っていった。


森の中はうっそうとした木々がどこまでも広がり、

太陽光がその間から気持ち良さそうに降り注いでいる。

俺は何となくだが、目印になるような木に剣で印をつけていった。

子供のころ、町の奥の山手側の森で遊ぶときによくやった方法である。

とはいえ、戻ったって仕方ないんだが。

戻る場所などどこにもない。

とにかくおまじないのように目印をつけながら、俺は歩き続けた。

裸足の足元は森の草木でボロボロになるはずが

傷一つついていない。

夢だからか不思議と疲れもあまりしない。

俺は一日中、休みもせず、何も食べずに森の中を歩き続けた。

そして、ぽっかり開けた場所に小さな滝と池、

そのど真ん中に小屋がある場所を発見した。


しばらく迷った末に

コンコンと小屋のドアをノックしてみる。

誰もいないようだ。

ドアノブをまわすと、ドアが音も無く開いた。

「おじゃましまーす……」

俺は恐る恐る中へと入っていく。

室内には、小さなキッチンと、奥には書斎と綺麗なベッドがあった。

書斎の本を手にとって読んでみようとする。

読めない。少なくとも日本語や英語ではない。

アルファベットも使われていない。


「あら、お客さんかい。珍しい」


女性の声に振り向くと、ふくよかな五十くらいのおばさんが立っていた。

金髪でショートカットの頭には魔女がかぶるような大きな帽子をかぶり

身体にぴったりの紫のローブ姿である。

一瞬臆したが、どうせ夢だと思いなおして

「あ、どうも、迷ったんですけど、どこ行けばいいか教えてくれますか?」

おばさんはしばらく値踏みするように俺を見つめると、

「とりあえず、何か食べていくかい?」

と優しい顔で提案してくる。

俺はとくにお腹はすいていなかったが、おばさんの話にのることにした。

悪い人ではなさそうだし、俺も人に聞かないと行き先が分からない。

キッチンのテーブルに並べられた椅子に座って

食事を待っている間、おばさんはずっとキッチンで喋り続ける。

「私の魔術を破ってこの小屋にたどり着いた子は久しぶりだよ」

「はぁ……」

「ふふ、どんな運命をもっているんだろうねぇ」

「……」

変な人かなと不安になりかけていたときに

料理ができあがった。


キノコの入ったスープと、よく焼けたパンとジャムの瓶が添えられていた。

「毒なんて入ってないからね。ささ、食べて食べて」

おばさんは、俺の向かい側に着席すると

ゆっくりと食べ始めた俺の顔を頬杖ついてジッと眺める。

「ふーむ……そうか1人ではなかったか……」

また独り言を喋り始めたおばさんを見ないようにして俺は食べる。

意外と旨い。

「四人……いや、少なくとも五人だったかね」

「その剣は?」

おばさんは俺が壁に立てかけておいた抜き身の剣を指差す。

「人のです。借りてきました」

脱走してきたと正直に言うのもどうかと思い、ぎりぎり嘘でない程度に答える。

「そうか……」

「武術や、物を振り回した経験は?」

「……一応、運動くらいなら」

俺は中三までは野球部である。

「ふむふむ。行くあてはある?」

「……いえ」

あるわけがない。

はやくこの悪夢覚めないかなと思いながら答える。


「あなた、しばらく私からローレシアン剣術を習いなさい」


おばさんは、俺の顔を真剣に見つめながら言い放った。

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