第4話 修行

「ローレシアン剣術?」


「そうよ。私が気に入った子にはみんな教えてるわ」

「役に立つんですか?」

「大いに役に立つわよ!!」

おばさんは少し怒ったような顔になって、

すぐに元の温和な表情に戻った。

「あら、ごめんねぇ……昔の嫌な思い出を思い出してね」

「なんかすいません」

「いいのよ。食べてちょうだい、もっとあるわよ」

おばさんはスープを継ぎ足して、出してくる。

俺は腹が減っていないはずなのに、さっきから大量に食べ続けている。

きっと夢だからだな。そう無理やり自分に言い聞かせて

食べて飲み続ける。旨いことは旨い。

しばらく食べ続けると、俺の手はパタッと止まり

そして眠くなった。

「あら、眠くなったのね。ベッドにどうぞ」

「大丈夫、とって食やしないわよ」

微笑みながら、おばさんは俺をベッドに誘う。

俺はそのまま倒れこみ、眠り込んでしまった。


鳥の鳴き声で目覚めた。スズメに泣き声が似ているが音が少し高いような気がする。

どうやらまだ夢の中のようだ。やたら長い。

キッチンからはいい匂いがする。

「あら、お目覚めね。いい時間だわ」

おばさんは、おきだした俺に再び食事を振舞ったのちに

綺麗な布の服を上下と、綺麗な男物の下着をくれた。

「ありがとう」

「いいのよ。あなたの幸運にこそ感謝しなさい」

おばさんは照れ隠しなのか何なのかよくわからない言葉を返してきた。

着替え終わると、小屋の前の小さな滝がある池の前に呼ばれた。


おばさんは被っていた大きな帽子を取ると丁寧に地面に置き、

俺がもちこんできた剣を手にとり、

まずは刀身を眺める。

「ふむ……、そこそこね。悪くはないわ」

と1人でうなずくと

「では行きます」

と池の前から、十五メートルほど先にある滝めがけて

片手で剣を一振りした。

「え!!」

その瞬間、滝に落ちている水が真っ二つに割れた。

「ふむ。まあまあね。まだ腕は落ちていないようだわ」

おばさんは満足そうに、ニッコリ笑うと

俺に剣を渡してくる。

「さ、やることは単純よ。滝が少し揺れるまでここで剣を振るいなさい」

「本気ですか……」

「ええ。正真正銘、本気の本気よ」

予想外の無茶振りに戸惑っていると

「生活の心配はしなくてもいいわ。いくらでもここで修行していって」

と茶目っ気たっぷりにウインクしてくる。

「……なんかヒントを……」

俺の懇願する目に負けたのか、おばさんはため息をついて

「しかたないわねぇ……」

「"目に見えるものだけが全てではない"」

と一言だけ告げてニッコリ笑い、小屋の中へと去っていった。


わっかんねぇ……。

俺はとりあえずさっきのおばさんの動きを真似て

剣を振るうことにした。

人間、まずは上手い人からの模倣である。

これは山口からの受け売りだ。

シュッ、シュッと切れ味鋭そうな剣が空気を切り裂き音を立てるが

当たり前だが、滝の水はまったく反応しない。

うーむ。真似してダメなら我流か。

俺は今度は、両手持ちで剣を思いっきり振るった。

足元の池の水がすこしだけ揺れたが

恐らくオーバーアクションによる風圧だろう。

と俺は冷静に分析する。

いや分析するまでもないな。何やってんだ俺は。

うーむ。


そんなこんなで悩みながら、お昼まで様々な態勢で

剣を振るっていると、おばさんが小屋の中から声をかけてくる。

そして雑談をしながら食べ終わると、再び剣を振るう。

夕飯を食べ、小屋の裏のドラム缶風呂に入ると疲れて眠り込む。

意味不明な無茶をやっているとは思わなかった。

何故か俺の頭にはおばさんの"目に見えるものだけが全てではない"

そのフレーズがストンと収まるように理解が出来たのだ。

そしてそれが朝昼晩と続き。そんな生活が一ヶ月も過ぎたころ。

ある日、最初のおばさんの姿勢と同じ持ち方で片手で剣を振るうと

滝の水が一瞬だが揺れて反応した。

「おばさーん!!」

「なーにぃー?」

小屋の中からおばさんがスタスタと走ってくる。

「見てみて」

俺は先ほどと、同じ態勢で剣を振るう。

再び十五メートル先の滝が少し揺れた。

「わお!!やるじゃない。才能あるわ貴方」

「やったよ!!」

無邪気に喜ぶ俺をおばさんは見つめ、

「名前を教えるわ」

と言った。

そう言えば確かに今まで名前を知らなかった。


「私はガーヴィー。森の主ガーヴィーと呼ばれているわ」


「俺、但馬です。タジマタカユキといいます」

「良い名前ね。岩盤のように崩れない響きとそこから水が流れるような音もあるわ」

「お師さんって呼んでいいですか?」

「あははっ、好きに呼びなさいよ。名前は大事だけど

 どんなものでも形に囚われてはいけないわよ」

こうして俺とガーヴィー師匠の特訓第二段が始まった。


次は木製の台に片足立ちして、滝へと剣を振るうというものだった。

これは比較的早く、半月ほどで俺は安定して達成できるようになり

滝の落ちる水の中心部が少し裂けるというオマケまでついてきた。

「ふむふむ。卒業間近ね。タカユキは歴代でもかなり優秀な弟子だわ」

「ういす」

「では最後の課題を与えます」

「ばっちこいですよ」

俺は使い込まれた剣を握って、ガーヴィー師匠の次の言葉を待った。

「いや、せっかくだし、少しお茶してからにしましょ」

珍しく戸惑いを見せる師匠に俺は「?」と思いながら付いていった。

師匠はお茶を入れながら、俺に尋ねる。

「ここに来る前のこと覚えてる?」

「はい。地球って星で学生でしたよ」

今の鍛えられた俺には、何故か遠く昔のように思える。

「学生かぁ、いいなー。私はこう見えても独学でねぇ」

「そうなんですか!?すごくないですか」

炊事洗濯家事全般から剣さばきまでそつなくこなす師匠を俺は今では尊敬している。

「あなたはね。これから沢山悲しいことがあるの」

「でもね」

「同時にたくさん嬉しい事や楽しいこともあるわ」

「だから、私の……、いや、いいか」

師匠は涙目を拭って、立ち上がり、小屋から出て行った。


「さ、最後の試練よ」


師匠はそういうと、何らかの呪文を唱えだした。

師匠の周辺から派手に白い煙が断ち、大きな一匹の苔生した緑色のドラゴンに変わる。

恐ろしげなトカゲが十メートル級になり、大きな羽根が肩から2本伸びたような

その形式はテレビゲームとかで見たドラゴンのリアル版としか言い様が無い。

「し、師匠!?」


「私を倒していきなさい」


低音と高音が入り混じった不思議な威圧的な声を

ガーヴィー師匠のドラゴンは出してくる。

「できないです!?早く人間に戻ってくださいよ!!」

俺の声に師匠は答えずに、口から猛毒のガスをこちらに噴出す。

草木が当たったそばから紫色に爛れていくそのガスを

素早く避けた俺は、そこで気付く。

なんだこの身体能力……師匠の動きが止まって見える……。

まではいかないが、確実に捉えられる。

俺は飛び上がって空中から師匠に向けて、剣を一閃した。

すると片方の羽根に、大きな斬撃の跡ができて


「グァァアアァアアアアアアアアアア」


という大きな叫び声を師匠があげる。

「もうやめませんか?ほんと意味あるんですかこれ!?」

俺は師匠に懇願するが、どうしても猛毒ガスを吐く攻撃を止めようとしない

俺はドラゴンに、しかたなく剣をあらゆる角度から一閃した。

かなり手加減したつもりなのに

すぐに緑の鱗は傷だらけで、血まみれになり

地面へと倒れこむドラゴンになった師匠に俺は駆け寄る。

「何で……」

「これで、これでいい。私の使命はタジマに託した……」

「長く生きすぎたわ……よければ森の主ガーヴィーのことを覚えていて……ね……」

ドラゴンになった師匠の身体は緑の煙となり、俺の周囲を取り囲み

そうして跡形も無く消えた。

後には修行した小さな滝と、師匠と暮らした小屋と、

泣き続ける俺だけが残った。

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