第2話 三思の日

「う……」


頬に冷たい石のような硬いものが触れる。

生ゴミの中のような酷い臭いがする。

「ここは……」

首を押さえながら立ち上がった俺は

足元から目の前まで

積み上げられたあらゆるゴミが山になっている様子を見て

驚き、しばらく固まる。


すぐ近くにガスマスクに清掃着の

ような格好をした小柄な人がいて

もっていた大きな皮袋を足元に落とした。

「あの……ここは、どこですか?」

俺はその人に近寄ろうとして、再び気を失って

倒れた。


次に起きたときは、足首に足かせがついていた。

ゴツイ鉄の鎖に重い鉄の玉がついている。

着ていた学生服は盗られたようで

布に手首の部分を開けたような、ボロを着せられている。

周りには似たような、沢山の人たちが同じようなボロを着て生気なく座っている。

「……すいません、ここはどこですか?」

となりの髭面で髪が伸びっぱなしのおっさんに俺は話しかける。

「ああ……新入りかぁ……」

おっさんは生気なく俺を見てから


「ここはガルミグレスだよ……。絶望の刑場だ」


「刑場?俺たちなんか悪いことしたんですか」

「……」

おっさんはうざったそうにこちらを見て

「敵性の疑いのあるものは、全てここに送られる……」

とだけ呟き、意識を失うように眠りについた。

まずい状況にいきなり放り込まれたことだけは理解してしまった。

俺は心臓をバクバクさせながら周囲の様子を細かく確認する。

刑場ってことは全員囚人か……。男ばかりだ。三十人くらいいるな。

正面側は頑丈そうな鉄格子になって外から簡単に監視できるようになっている。

トイレは角にあるな。窓は無い、薄暗い室内は

土の臭いと微かにアンモニアの臭いが漂ってくる。

ガタイは良いが青白い顔のおっさんが、そこまで足かせの鉄玉をきつそうに引きずって行っている。

さあ、どうしよう。俺は確か登校してて、光が炸裂して……。

そしてゴミ捨て場で目覚め、気付いたら囚人になっていた。

……たぶん夢だろう。

自由に動けるのは……そうだ。聞いたことがある。

明晰夢ってやつだ。ネットで見たことある。自由に動ける夢だ。

つまり間違いなく、これは夢なのだ。

そう考えると俺は、少し落ち着きを取り戻した。

この変な夢を楽しんでやろう。

そして明日、美射や山口に話して、

羨ましがられたり呆れられたりするのだ。

そう考えていると、

鉄柵をガンガン叩く音がする。

2メートル近くはありそうな制服姿の看守が


「二百三十二番室!!仕事の時間だ」


と野太い声で室内に怒鳴り、室内の囚人たちは全員おびえながら起き上がった。

隣のおっさんもダルそうに起き上がり、俺も真似て立ち上がる。

看守が鉄格子の扉をあけ、全員鉄玉を引きずりながら

そこから外へと歩いていく。

俺も右足の足かせについた鉄玉を引きずりながら、出て行く。

もっと重いかと思ったが、まったく重くはないな。不思議だ。

普通に歩けそうだが、面倒を起こしたくはないので、

周りを真似して引きずっているフリをする。


俺たちは長く冷たい通路を鉄玉を引きずりながら歩いて行き

そして建物外へと出る。

「うぉ……」


一面の星空には三つの月が浮かび、それぞれ赤、青、緑色だ。


囚人たちの中には空へと向けて祈っている人もいる。

「お祈りはあとだ!!さっさと歩け」

祈っていた囚人看守に小突かれて、先へと歩き出した。

殺風景な荒野をそのまま歩かされ、十五分ほどすると

山を切り開いた採掘場が見えてきた。

看守はここから見えている大きな穴を中央の穴を指さし

「今日は6区を採掘してもらう!!」

と低い声で命令した。

その言葉を聞いた囚人たちの顔が真っ青になる。

俺は隣のおっさんに、

「やばいの……?」

と小さく尋ねる。おっさんはまたもダルそうに


「ああ……魔毒の出る場所だ。坊主も気をつけろよ」


俺たちは鉄玉を引きずったまま、

槍や銃のような武器をもった厳しい警備員たちから

つるはしやシャベルを持たされ、穴の中へと追い込まれるように入れられた。

その中は一応、きちんと採掘してあるようで


所々に木でつっかえ棒ようなものが立てられ、

崩落しないようにはなっている。

しかし途中で人骨を何体か見かけ、俺の冷静だったはずの心臓が再び高鳴り始めた。

看守は、行き止まりまで俺たちを連れて行くと


「今から八ダール後までに五十メクロン掘り進め!」


「もし一メクロンでも足りなかったら全員死刑だ!

 役立たずは、我がゴルスバウ王国には、いらぬ!!」

顔が真っ青を通り越して血の気が引いて真っ白になりつつある

囚人たちは、死の決意を固めたように無表情で土掘り始めた。

俺も周りの真似をしてツルハシをふるう。

看守が出て行った後に、俺は腕を動かしながらおっさんに尋ねる。

「ここって何か出るの?」

「……金や塩、鉄がでる……と言いたいところだが……」

「……?」

黙り込んだおっさんに俺は言えないことなのかと理解して

ツルハシをふるい続ける。

三十分ほどそうして汗を流したあと、


「ぁぁあぁぁぁぁぁあああ……」


という叫び声と共に、1人の囚人が倒れた。

同時に周囲の囚人たちがツルハシやスコップを放り出して外へと走り出す。

だが鉄玉で足元が重く、バタバタと続けて倒れだした。

おっさんは、すぐに着ている足元のボロを破り

口元に巻くと、俺にも差し出して来た。

「出るぞ。仕事は終わりだ」

俺はわけがわからずにそれを口元に巻いて

おっさんについて外へと走り出す。

おっさんは鉄玉が足元についているにも関わらず走るのが早い。

俺も鉄玉から重さを感じないので、その速さに余裕でついていけた。

周囲では次々に囚人たちが倒れていく。

穴の外に出ると、看守や警備兵が待っていた。

「出たか?」

全員から囲まれ、訊かれたおっさんは

「はい!出ました!!」

と直立不動で答え、俺もそれを真似た。

「よくやった!貴様と貴様は、教育を終えると、敵性囚人から三等市民に昇格だ。

 ゴルスバウ王国は強きものを歓迎する。

 残りはおらぬか……」

看守は俺とおっさんを指差してから

穴の中から他の囚人が出てこないのを確めると

「直ちに本採掘にかかる。作業員へはマスクを忘れぬように徹底せよ。

 無駄死には、敵性のクソどもだけで良い」

そう恐ろしい形相の満面の笑みで警備兵たちに告げ、彼らはどこかへと走っていった。

おっさんは三つの色の異なる月を見上げながら


「"三思の日"か……坊主、俺たちゃついてたかもしれんぞ」


と俺の背中をバンバンと二、三度叩いた。

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