第17話 止まらぬ暴走
空を
「私は、何をすればいい……?」
「特大の色付きスプレー缶をあげますので、それで、暴走車の前方窓ガラスの視界を封じてください」
「この4人で同時にやった方が、効果的だと思うが」
重命の指摘に、脇舎が強く首を振った。
「それじゃダメなんです。4人同時にやって、暴走車が止まると言い切れますか?仮に成功したとして、僕ら全員死んだら、その後はどうするんですか?」
脇舎の真剣な物言いに、内全が小さな動作で同意を示す。
「脇舎の言う通り」
「鬼防にも、金積にも頼れない今、俺たちだけでやるしかない」
「そうだな。傘木は正しい」
言葉とは逆に、重命の顔はひどく暗かった。亡くなった夜泣市民や、連絡の途絶えた民の盾のリーダーら2名を思って、自分自身を責めているのかもしれない。
「さて、決まったことだし私はもう行く。脇舎」
「色付きスプレー缶ですかね。ここに赤と緑の2種類あるので、好きな方をどうぞ」「目立つのは赤だが、緑にしよう。赤だと血の色と混同してしまう」
重命はそう理由を説明し、緑色のスプレー缶を手に取った。
「それじゃ、後は任せる」
重命がそう言い残して遠のいていく。傘木はその時、何も言えなかった。それは内全も、脇舎も同じだった。ただ、立ち去る姿を見ているしかできない。どんな言葉でもかければ、重命を傷つけるのは必至だった。
「ねえ、私たちはどうするの」
「さあな。それを決めるのが、脇舎の役目なんだろ」
傘木は、内全からの質問を適当に返し、脇舎を横目に見た。項垂れた脇舎が、視界の隅を覗く。大事な命を失うことに、強い喪失感を抱いているのだろう。傘木は脇舎を、今度は正面から捉えて言った。
「俺たちに指示をくれ。それが無ければ、何も行動を起こせない」
それは傘木が受け身タイプの性格だからではない。民の盾が行動規定により、幹部許可がない単独行動を、禁止していたからだった。
「お願い。私たちは重命とは違う」
つまり幹部でなければ、幹部の指示を仰がなければならない。そういう意味で幹部と言えたのは、防衛群第1小部隊の隊長である重命と、副リーダー兼作戦指揮官を務める脇舎の2人だけで、傘木は第1小部隊の隊員、内全は特別訓練生という立場に留まっている。言い換えるなら、重命のような、自分で自分に行動許可を出す裏技を、内全はもちろん、傘木も同様に使えない。
「では命令します。内全さんは今から支給する銃を持って、付近を捜索。暴走車が見つかり次第、私と一緒に攻撃してください。傘木さんは観測手として、周囲の警戒をお願いします。また傘木さんには念のため、カラーボールを幾つか」
そうして脇舎から、傘木にはカラーボール、内全には銃が手渡された。見たことない銃なのか、内全がしきりに触って感触を確かめている。
「これは何」
「ピンポイントガン。拳銃よりは威力は落ちますけど、ブレなく撃てます」
「どういうこと?仕組みを教えて」
「銃弾を細くして、反動を内部で吸収しているらしいです」
「そう。試し撃ちしていい?」
「危害さえなければ」
傘木からの許可を貰った内全が、ピンポイントガンを両手で構え、発砲する。そして、弾丸の突き刺さった地面に目を合わせ、静かにそれを下ろした。
「音が小さいし、安定感がある。やろうと思えば、片手撃ちも出来そう」
「命中率を考えたら、両手で撃った方が良いと思います」
「そりゃあ、そうだろうな」
傘木はカラーボールを弄びながら同意した。片手で銃を撃つメリットは正直、全くないに等しい。
「まあとにかく時間が惜しいので、暴走車を探しに行きましょう」
脇舎の呼びかけで、傘木と内全は気を引き締めた。地面に伝わる振動。市民の上げる怒号。大気を纏う銃声。それら全てに注意を払いながら、どこに居るかも分からない暴走車を、3人は追跡することを選んだ。
しかし、彼らが追跡するべき暴走車は1台のみならず、4台も存在していた。その中の1台に乗車するンシヘルが、携帯端末を見ながら言う。
「この車だけで、もう10人は轢き殺したか?」
「いいや。7~8人がせいぜいだ」
「思ったほどいかない」
ンシヘルは正直な感想を漏らした。ンソーコの今の運転はとても荒い。それでも10人を超さないとするなら、民間人が上手く逃げ回っているからだろう。ンシヘルはンソーコに対し、さらなる
「柵の無い場所で歩道に乗り上げろ。それで運がよければ、2~3人は殺せる」
「それは良い。ノソスの神も俺たちと同じく、異端の血を求めてる」
「全てはノソスの神のため。そして我々のため」
「滅却聖戦を共に誓え!」
運転手であるンソーコの掛け声により、車内が沸き立った。ンシヘルの両脇を固めるンサンカカと、ンソマ、そして助手席に座るンスバが、大きな銃を掲げて、興奮を高め合っている。ンシヘルは携帯端末から顔を上げた。
「ノソスの神よ、我らに主の加護を」
そうして1人、ンシヘルはノソス教の絶対神へと祈りを捧げるのだった。
もちろん、ノソスの神に忠誠を誓うのは彼らだけではない。ンソーコの運転する暴走車と連携するように走る黒のボディ。その中に乗り込んでいるンサクス、ンシト、ンスダキ、ンサゴも同様に、ノソス教を長年、厚く信仰している。
「ンサゴ、知ってるか?」
「なんだ?」
「俺たちは今、有利な状況で事を進めている」
「本当にそうか?なら、その理由とやらを皆に話してやれ」
ンサゴは運転に集中するため、ンスダキから振られた話題をぞんざいに返した。
「お前らしくないな。投げやりすぎる」
「運転の最中だから、そこまでの余裕がないだけだ」
「なるほど?まあ皆にも言うと、俺たちの周りは敵しかいない。それこそが、俺たちの有利が決して覆ることのない最大の理由だ」
「理由になってねえよ」
ンスダキの説明に、ンサクスが口を尖らせ批判する。だが、ンスダキは自らの説明について、撤回も訂正もしなかった。
「いや、守りに入らず攻めている限り、俺たちの勝利は変わらない」
「攻めが勝利に繋がる?考えが浅はかじゃねえか?」
「そうでもないよ、ンサクス。広義的な意味での勝利は、既に達成できている」
ンスダキと、ンサクスの会話に割って入ったのは、ンシトだった。
「広義的な意味での勝利?」
「最初に設定した、最低限の目標を思い出して」
「あれか?あんなのは、目標とすら呼べないものだったろ」
毒づくンサクス。そんな彼でもンシトに対しては、自分よりも年下だからということで、多少なりとも柔らかな口調で話していた。
「確かに。全体で17人は殺すと言っても、僕らは全部で17人もいる」
「それだけいるんだから、100人は死傷させたいよな」
ンシトの言う通り、17人で動いている。車4台を使って同時に暴走させれば、100人以上の敵を巻き込むのは、そこまで難しいことではない。むしろ、ンサゴの懸念は別のところにあった。
「なあ、計画通りに進み過ぎてないか?」
「不安になるな、ンサゴ。焦りを感じているのは、敵の方だ」
ンスダキは現実的な指摘をした。人質も武器も全て、調達できている。心配することは現時点において、なにも見当たらないはずだ。
「そうだな。このままいこう」
何も起きなければ、何も変わらなければそれで構わない。しかし突発的な事態が巡り巡って、邪魔をしたなら話は違ってくる。現に、雲涼地区で車が暴走し始めたからか、予定時刻に来るはずの連絡が途絶えたままだ。轢殺されたか、逃げたか。何にせよその原因は、暴走を続ける車にある。
仲間が死亡したと見做すには、まだ時期が早いだろう。最低3日間。それだけ待ってから、集まった情報を元に生死を判断することにしても、遅すぎはしない。そして何よりも重要なのは、原因潰しと再発防止の2つを徹底すること。それが勢力基盤の保持と安定に、欠かすことの出来ない絶対条件と言えよう。
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