第16話 頓挫する作戦

 しかしそれは、あくまでも犯罪者が辿る末路。善良なる市民が命の危機に晒されたのなら、結果はまるで違ってくる。


「というわけで、以上が俺たちのやるべき行動ってわけだ」

「分かった。だけど金積、1つだけいいか?」

「なんだよ、おっさん」

「お前の言ったプランは、良い内容だよ。だがな、悪い作戦でもあるんだ」

「どういう意味……」


 聞き返そうとした金積託望が、鬼防忠義ではなく上を見上げた。黒色がアクセントの白いドローンが、赤い光を点滅させながら、低空飛行で旋回している。


「マズい。おっさんも逃げろ!」


 鬼防忠義を避難させつつ、自らも距離を取る。そうすることで、離れた場所からドローンを撃ち落とすのが金積託望の理想だったが、そうはさせまいとドローンが鬼防忠義の逃げた方向に急接近していく。


「おっさん!」


 金積託望の必死な声に、鬼防忠義が振り向こうとした瞬間。ドローンは爆弾と化し、鬼防忠義の顔を直撃した。


「畜生!逃げろって言ったはずだろ、ふざけるな!」


 怒りに満ちた金積託望の声が、どこでもない空へと吸い込まれる。金積託望は分かっていた。ドローンが爆弾を積んでいたこと。そして、鬼防忠義がそのドローンから本気で逃げなかったこと。きっと、一瞬の判断で決めていたに違いない。それだけに鬼防忠義を助けられなかったことが、金積託望の心の中で大きく響いていた。


「何でなんだよ、俺のボーナスがよお!」


 取り返しのつかない事態により、報酬増の確約が無くなった金積託望が、苛立ちの余り、足元にあった小石を強くどこかへ蹴り飛ばす。


「クソが……」


 地面に転がる死体に唾をかけ、空になりかけた弾薬を補充する。そうして拳銃の弾入れをした金積託望は、それをガンホルダーに差し込むと、髪の毛を掻きながら、乱暴に灰色の車のドアを開けて中に入った。


(まったく、もっと面倒なことになったじゃねえかよ。誰のせいだ?)


 金積託望が抱く感情の矛先は、鬼防忠義、そして自分自身に向けられていた。もしかするとだが、爆弾を積んでいたドローンには、今回の無差別テロ実行犯が関わっている可能性も大いにあり得る。考えたくはない仮説。しかしそうである場合、収拾には、より多くの時間が必要になると、金積託望は脳内で予想立てていた。


「いや、それよりもだな……」


 灰色の車を前に発進させながら、金積託望は考える。鬼防忠義は、どういう理由で2つ目のプランを悪い作戦だと言ったのか。状況次第で変わるのは分かる。なら何が?足りないのは確固たる前提条件。だが、攻撃用ドローンは、その答えとして近いようで遠い。複数の車両で人質を乗せた暴走車を囲み、適当なタイミングでバリケードに衝突させる第2の案。それの実行に関して、攻撃用ドローンはあまり大きな障害にはならない。


「待てよ、その思考自体が間違っている……?」


 しかし、攻撃用ドローンが大群になって来るとなれば、訳が違う。当たり所が悪ければ車両は操縦不能になり、最悪、運転していた人々が爆発で死ぬことになる。金積託望は懸念が現実化していないことを確かめるため、ドアミラー越しに後ろを覗き、驚きで目を見開いてしまった。


(なんだ、あの車?やけに速度が……)


 猛スピードで真後ろから追突され、エアバッグが作動する。車を壊された金積託望は、再び勢いをつけて走り去っていく黒色の車を見て、頭を混乱させた。


(どういうことだ?)


 金積託望自身、遥か前方にいる暴走車を追尾していた。だが、暴走車はなぜか真後ろから衝突し、金積託望の乗る車を変形させた。暴走車が瞬間移動したのか?それはあり得ないに決まっている。ならば、無差別テロを引き起こしている黒の暴走車は、最初から複数台、存在していたと考えるのが自然だ。


「ホントに、今日はツイてねえなあ!」


 不機嫌さを露わにさせた金積託望が、痛みのあまり顔を歪ませる。瞬間的な痛みではない。じわじわと長引く持続的な痛みに近く、身体を動かそうとすればするほど、その痛みは不快さを伴って金積託望を襲う。


(下手に動かすと痛むか。骨の1、2本どころじゃねえな)


 実際、金積託望の感じる激痛は、時間が経っても引くことは無かった。痛む全身に、エアバッグ。その両方が、身体の自由を大きく制限している。何もせずに救助を待つ。それは充分に現実的な選択だが、金積託望は待っているだけという完全に受け身な行動を、良しとしなかった。


(さて、どうする?)


 横にはドアハンドル、衣服の中には携帯、目の高さには窓ガラス。出来そうなことはある。しかし、手の状態を確認しなければ。そう思い直した金積託望は、手の運動を、どの程度まで自由に動かせるか確信を得るまで続けた。


「思ったより使い物にならねえ、チッ」


 拳は作れても、その状態から力が入らない。ひどい痛みに加えて、痺れるような不思議な感覚。神経か、筋肉が問題を引き起こしている。そのため仕方なく、痺れの残る手で、窓ガラスを叩いた。


(誰か気づけ、誰か気づけ、誰か気づけ、誰か)


 そう思いながら、誰もが見て見ぬふりをして通り過ぎていく。聞こえるのは、車の走行音と、痛みに呻く自身の声、そして、鳴り響く携帯の音だけ。だが、手が十分な機能を果たすことが出来ない以上、金積託望は、衣服の中から携帯を出すことも、その音の正体が何かを触って調べることも叶わなかった。


 では、金積託望の携帯を鳴らしたのは誰か。発信ボタンを押した相手、内全糸理ないぜんいとりは、発信履歴を見ながら考えた。


「電話に出ない。何かに巻き込まれて、出られないのかもしれない」

「それなら誰かが、助けに向かうべきじゃないか?」

「場所が分からないなら、行っても無駄」


 傘木視景かさぎみかげの提案を、内全糸理があっさりと切り捨てる。言っていることは間違っていない。しかし内容そのものは、状況次第では仲間を見捨てても構わないという、傘木視景にとっては受け入れがたい価値観を孕んでいる。


「だからと言って、何もしないのは……」

「それこそ私情に過ぎない。私たちは、誰のための組織?」

「夜泣市民のための組織だろ?」

「そう。それで今、何が起こっている?」


 報告を受けている民の盾の人間ならば、誰もが分かる質問に、傘木視景は、意図が分からずも素直に答えた。


「雲涼地区での無差別テロで、多数の犠牲者が出てる」

「その通り。だから私たちが優先して助けるのは、夜泣市民の方。正確には、


 内全糸理の考えに、傘木視景は一瞬、何も言えなくなる。だが、傘木視景もまた、ある人物との連絡が取れないでいた。


「鬼防忠義はどうなってる?」

「鬼防?リーダーの連絡先は、私の携帯に入ってない」

「そうだった。実は、鬼防忠義との連絡が一向につかなくて」

「リーダーも?」


 切れ長の両目が、僅かに見開かれる。内全糸理が感情を表に出すのは、珍しい。それほどまでにこの事実は、驚きを以てして受け取られる。


「どうなっているんだろうな」

「忙しくて連絡する暇が無いか、怪我して動かないか。あるいは……」

「あるいは?」

「既に何者かによって、殺されたか」

「その線は大いにあり得る。でも今は、確定できない」


 傘木視景の指摘に、内全糸理が静かに頷く。状況は、何となく察していた。金積託望は電話に出ない。鬼防忠義とは連絡がつかない。金積託望が言っていたという、2つ目のプラン実行が、非現実的になりつつあることを考えれば、さらに別の行動計画を自分たちで考えるしかない。


 完成されたバリケードの後ろ側に待機しているのは、内全、脇舎、重命しげなが、そして傘木の4人。互いに顔を見合わせ、暗黙の了解の如くサインを出す。それは誰が犠牲になるかを決める、禁断の儀式。最も多くのサインを向けられた人間が、夜泣市民と、民の盾の期待を背負って、その命を燃やす。そして、それに選ばれたのは、民の盾の防衛群第1小部隊の隊長である重命刻定しげながときさだだった。

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