第15話 経歴不明

「そっちの配置はどうなっている?」


 建物内に隠れ、狙撃銃を背負っている風無和匡かざなしかずまさが、ある物を見ながら話す。その対象は、死体ではなく携帯だ。


「もう完了した」


 通話相手となる人間が、風無和匡からの質問に短く答える。その通話相手は、現在7人。うち6人が、風無和匡と今現在、通話していることになっている。しかし、風無和匡が本当に通話している相手は1人だけで、それ以外はすべて偽物の通話に過ぎない。つまり、外部から通話記録を盗み、悪用しようとしても、確信的な情報が得られないので、盗聴は高確率で失敗に終わってしまう。その理由は何か。秘密は、風無和匡が使用している携帯アプリ、『常変偽話』にあった。


「時限式連射狙撃銃の設置も済んだか?」

「ああ、問題ない。こちらでは2丁が予定時刻に、特定地点を狙撃する」

「そうか。回収はどうする?」

「考えたが、回収よりは破壊の方が望ましい」

「分かった。射殺後の計画は当初のまま実行することにしよう」


 位置状況を常に把握しておく。それは、狙撃に特化した犯罪組織の場合、特に重要となる。だが、単なる狙撃だけでは、逆に位置を特定され、殺されかねない。したがって、狙撃手が身の安全を守るには、時限式連射狙撃銃のような囮が絶対的に必要だ。そんな案を出して、見事に導入を実現させた通話相手、無寄径眼むよりけいがんが風無和匡に対し、標的の詳しい情報を尋ねた。


「ところで、イオーアっていうのはどんな奴だ?」

「知らないな。経歴は不明で今は、外交官ということになっている」

「でも、アイオアの出身であることだけは確からしいな」


 アイオア。それは、陽民日国ではない、どこか別の国として、世界中の国や地域から認知されている。正式名称は、アイオア統帰連邦だったか。


「知っている。では、そろそろ切らせて貰おうか」

「すまなかった。またあとでな」

「またな」


 通話が終了し、『常変偽話』の通話人数を表示させる。無寄径眼の通話人数は今の時点で14人。無寄径眼はその数字をしばらく凝視した後、静かに携帯をポケットの中へとしまい込んだ。勿論、オンラインである限り、偽物の通話が途切れて終了することはない。その数は、ランダムとはいえ6~20人の間になる。無寄径眼は、『常変偽話』が捏造する会話の内容を頭の中で想像しながら、担いでいたお気に入りの狙撃銃を下ろし、狙撃のための準備を始めた。


 一方で、準備が完了したことで攻撃に移ったものの、暴走を続ける硬い車にあまりダメージを与えられず、焦る人物がいた。鬼防忠義である。


「金積、どうなっている!?手ごたえが全くないぞ!」

「おっさんらしくねえな。いつもの頼もしそうな表情はどうしたんだよ?」

「市民が殺され続けているというのに……」

「良いか?限界まで仲間を頼らないのは、おっさんの悪い癖だ」


 金積託望がはっきりとした強い口調で、意見を述べる。それでも、鬼防忠義が、項垂うなだれた頭を上げることはない。金積託望は、そんな鬼防忠義を見ているうちに、苛立ちを隠せなくなった。


「民の盾のリーダーだろ?市民を守る組織の責任者だろ?ふざけんな!」

「分かってるよ!俺が1番、俺にムカついてんだよ!」


 2人の間に最悪な空気が流れ、互いに何も発しようとしない。しかし、緊急時の言い争いは何があっても避けなければ、結果は常に悪い方向へと変化していく。それを充分に理解していた金積託望は、沈黙を破ることを選択した。


「なら、俺が言う2つ目のプランを聞け」

「……そうだな、教えてくれ」

「拳銃で止められなかった暴走車を、バリケードに衝突させて不能にする」

「それが2つ目のプランなのか?バリケードを作る暇なんて……」

内全ないぜんや、脇舎に作るように言っておいた。あいつらは今日、非番だったからな。お願いする相手としては適当だったわけなんだが……、お?完成したか。脇舎から写真が送られてきた」


 メッセージアプリ『(A⇋Z)』を使った脇舎とのやり取りを見せられ、驚いたような顔で、鬼防忠義が、金積託望と、携帯の画面を見比べる。


「金積……、お前は、どこまで想定しているんだ?」

「教えるつもりはねえよ」

「一体、どんな経験を過去に積んで、夜泣市の防衛組織に入隊した?」

「それか。確か、俺は経歴不明として扱われてたな」

「調べても情報が出てこないからだ」

「ちょうど良い機会だし、この事件が片付いたら話してやるよ」


 金積託望はそう言って、人質を乗せた車をバリケードにぶつける具体的な手順と、その後の、無差別テロ実行犯の攻撃に備えた対処法を、鬼防忠義に共有するため、早口で喋り出すのだった。


 だが、過去にどこでどんなことをしていたのか。それが分からない表世界の住人は、希少と言ってもいいほど珍しい。経歴が不明な人物は多くの場合、犯罪そのものが当たり前な裏の世界に多く存在している。そして、真剣な表情で何も語らぬまま、相手の息の根を止めるための戦いを行っている常野場屋と、マスクド・キラーもそこに該当しているのは、間違いない事実として受け止められる。


 しかし、互いに経歴が不明なのであれば、その部分においての情報優位性が戦闘に活かされることはない。それゆえ、情報屋の顔を持つ常野場屋は、戦闘しながらマスクド・キラーの情報集めに動いた。


(この攻撃は躱せるかな……?)


 常野場屋が薙ぎ払う剣撃を姿勢を低くして回避し、その状態のまま1回転して勢いをつけた蹴りを、マスクド・キラーの左足に食らわせる。バランスを崩し、距離を置こうとするマスクド・キラー。そこに更なる攻撃を加えるため、ナイフを取り出した常野場屋が急接近し、突きの一撃を放つ。


(あれ?マスクド・キラーの持っていた剣はどこにいった?)


 不自然に思いながらも、近づき、右手で構えたナイフで、マスクド・キラーの胴体を捉える。そうして、攻撃が当たる直前。常野場屋は、ふと頭上を見上げた。


(マズい!ボクとしたことが)


 振り下ろされる剣撃に気づき、常野場屋が攻撃を中断する。だが、想定外の攻撃を避ける時間は、常野場屋に残されていなかった。


「ぐあああ!」


 肩から胸にかけて剣で斬られ、皮膚の隙間から出た血が、身に着けていた服をほんのりと赤く染め上げていく。抉られたような痛み。身体が悲鳴を上げている。常野場屋は、慣れない痛みに顔を歪ませつつも、何とか状態を起こしながら、剣を構え、迎撃態勢になっているマスクド・キラーと再び向き合った。


(やっぱり、簡単には倒せそうもないね)


 斬られた肩に手を押し当てながら、小走りでマスクド・キラーに近づいていく。当然、間合いに入ろうとすれば、マスクド・キラーは斬りかかる。


(それなら、間合いの外から攻撃すれば当たるはず)


 しかし、ここでもマスクド・キラーが、想定外の動きを見せ、常野場屋の思考を一瞬だけバグらせた。


(どうして一歩前に……、あ!)


 マスクド・キラーの狙いに気づき、反射的に後ろに下がって回避する。幸いにも、マスクド・キラーはまだ剣を振り終えていない。だとするなら、振り終えた直後までは、剣の間合いの外からの攻撃を躱すことは出来ないはずだ。咄嗟の判断により、絶好の機会を得た常野場屋が、ナイフの刀身をまっすぐ発射させる。


「くっ……!」


 思わぬ飛び道具に驚いたのか、マスクド・キラーが悔しそうな声を出しながら、腹部を押さえている。だが、崩れ落ちることはない。むしろ、勝ちを確信していたとしていてもおかしくはないだろう。マスクド・キラー自身は剣、敵となる常野場屋はナイフを飛ばし、取っ手だけになったものを握っている。普通に結論付ければ、言うまでもなく勝敗は明らかだ。もし、常野場屋が、それしか武器を持ち合わせていないと仮定すればの話ではあるが。


 地面を蹴り飛ばし、常野場屋の周りをマスクド・キラーがひたすらに回る。目を回らせ、いつ攻撃を仕掛けてくるか悟らせない作戦だ。決して悪くはない。されど、マスクド・キラーの考えたこの考えには明確な弱点があった。剣撃をするには近づき、身体を安定させてから行わなければならない。


「ボクの勝ちだよ、マスクド・キラー」


 一直線に距離を詰め、無駄のない動きで剣撃をしようとしたマスクド・キラーに、常野場屋が冷たく言い放つ。そうして、小型拳銃による被弾を首に受けたマスクド・キラーは、何も言わぬまま地面に倒れ、その場で絶命した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る