第14話 個人勢

 暗躍者という存在は夜が好きだ。暗く見えづらいのを良いことに、様々なスパイ活動をする。しかし、暗躍者が日中に姿を見せることは、決してないというのは大きな間違いと言えるだろう。現に、ある人物を追跡するために、夜以外の時間帯でも動く暗躍者が、世の中には少なからず存在する。壊落地区での活動を再開し、帝星の動向を探っていた常野場屋も、そうした人間のうちの1人だ。


 だが帝星は、犯罪組織に所属していないため、組織所属の人よりも情報が集まりにくい。そのうえ、複数の支援者から資金を貰っているので、お金に困ることもない。まさに特権。それは、帝星だけが持つ物ではない。されど、誰もが持てる物でもない。犯罪組織に所属する幹部を個人で殺して、その強さを示した者だけに与えられる贈り物に近い。そうして、そのような贈り物を受け取った個人を、犯罪特区の住人は、『個人勢』という表現で呼んでいる。


(その中で最も強いと言われているのが帝星。だけど、戦闘は回避したいね)


 常野場屋の強さは、犯罪特区の中では強い部類になる。それに加えて、情報の収集と徹底的な分析を行うことで、情報なしでは勝てないような相手でも、入手した情報を活かすことにより、最終的に殺すことさえも可能だ。


 ただ、情報を駆使して対策しても、帝星を上回ることはできない。帝星が投げる手榴弾には、破片殺傷タイプ、衝撃波殺傷タイプ、不発弾と3つの種類がある。それゆえ爆弾を投げられたら、何かに当たって爆発するよりも前に、有効範囲の外へと逃げなければいけない。しかし帝星は、誘導攻撃を得意としているため、逃げた先で地雷の爆発に巻き込まれるリスクが非常に高い。


 だからこそ、充分な情報の収集に努め、どうしても戦わなければいけない際は、2人以上で対処するようにしたいと、常野場屋は考えていた。


(でも、ボクのところには、帝星に対して優位性を得られる人がいない……)


 不幸の運び屋のリーダー、水間武夫みずまたけおは近接戦闘における多人数捌き、速水音時はやみおんときはスピードを重視した剣捌き、権守剛ごんもりごうは筋力に頼った連続殴打と、不幸の運び屋の主力メンバー自体が近距離の戦闘に特化してしまっている。バランスの悪さが悪い方向に出た証拠だ。それでも、常野場屋自身、取れる手段なら幾つもあった。


 その選択のうちの1つを選び、『フーズ・コール』という名前のアプリを起動させる。これは通話時の音声が機械音声化し、通話相手の名前も会話中は、ランダムな英数字4~8文字で処理されることで知られていた。


「もしもし、A調査所の方ですか?」

「はい、Aの巻坂です。どうされましたか?」


 掛け間違え出ないことが分かり、胸をなでおろす。A調査所とは、暗暮事情調査所のことであり、表向きは暗暮の生活実態調査を主な業務として位置づけ、その結果を定期的に公表しているが、その実態は、役立つ情報をお金と引き換えに提供する情報収集委託団体に過ぎない。


「巻坂さん、帝星はどうなってる?」

「今日はまだ何も、動きがみられないですね」

「そう。じゃあさ、ボクの頼み事、聞いてくれない?」

「それは聞いてから判断しましょう」

「だよね。結論を言うと、狙撃が得意な人が欲しいんだ。だからさ、ボクのためだと思って調べてくれないかな?情報料は後でまたキッチリ渡すよ」


 巻坂と名乗った相手が沈黙し、それを常野場屋が、電話口の向こうから見守る。依頼を受けるか考えているふりをしているだけだ。彼らの答えはよほどの要求でもない限り、決まって承諾だ。それなら、なぜ即答しないのか。徐々に期待値が上がり、無茶な頼みをされることを避けているからに他ならない。


「承りました。何か他に質問などは?」

「うーん……」


 起こりそうな課題を頭に浮かべ、それを元にした質問を脳内で並べ立てる。だが、それは背後から感じる違和感を理由に中断せざるを得なかった。


(後ろから、何か来る)


 瞬時に後ろを確認し、ギリギリの間合いで剣撃を回避する。常野場屋は、それからすぐに距離を取り、攻撃してきた相手を確かめた。


「聞きたいこと無いだから、またね」

「では後日」


 巻坂が喋っていた途中で通話を切り、携帯を落ちない所にしまう。


(なんで、こんなところに……)


 帝星よりは強くない。されど、舐めてかかると逆に殺される。当たり前だろう。目の前に立っている覆面マスクをかぶった人間もまた、帝星と同様に、『個人勢』として強者の一角を成している。その人間の名前は。


「マスクド・キラー」

「あなたのことは既に知っています。始めましょうか、命を賭けた殺し合いを」

「そうだね。素性が社会に詳しくは把握されてない同士……」

「戦うのも悪くはないでしょう?」


 剣を構えたマスクド・キラーが距離を詰め、首を斬らんと飛び掛かる。そんな中、反撃の隙を生ませないマスクド・キラーの見事な剣捌きを、何とか避けながら対応していた常野場屋は、ナイフの持ち手を掴んで攻撃の機会を探っていた。


 しかし、『個人勢』というのは、何も2人だけではない。夜影迅の調査対象となっている暗喰垂涎も同じく、『個人勢』として犯罪を行っている。だが自身の目的を果たすためなら、仲間ではない者に接触を図り、協力を仰ぐことさえ厭わない。それが、『個人勢』にみられる数少ない共通点の1つ。


 そして、『個人勢』の1人として殺し屋をやっているマリーノは、ある人物との待ち合わせのため、普段とは異なる地味な格好で店の椅子に座っていた。誰が経営しているかも分からない店で出されたミラプローヌ。本来なら香り高いミラプを原料として提供される加工飲料なのに、この店のものは不味く、香りがしない。


 それゆえ、店員を呼び出そうかとマリーヌが考えていた時、化粧で顔を整えた女性が現れ、マリーヌと向かい合う形で席に座った。


「遅れてしまってごめんなさい」

「どうして遅れた?化粧していたからじゃないよな?」

「いいえ、ここに来る途中で靴が壊れたのよ」


 そう言うと、女性はマリーヌに対して、買ったばかりだという靴を見せた。


「今履いている靴がそうなのか」

「そう。綺麗でしょ?」

「まあな。それで、何のために俺を呼んだんだ?」

「ああ、そのことだけど実はね……」


 女性が覚悟を決めたように息を吐きだし、とある事実を口にする。それは、マリーヌにとって信じがたいような内容だった。


「お前が、巷で噂になっている婦人だと言うのか……?」

「ええ、そのうえで聞いてほしいの」

「なんだ?」

「夜影迅が死ぬまで、あるいは今日から45日間。私と同盟を結んでくれない?」

「それをしたとして、僕に何のメリットが?」

「お互いに相手から命を狙われないようにするためよ」


 確かに、『個人勢』である毒殺婦人が、明確な敵として立ちはだかった場合、仕事をする際に、大きな障害になる。だが、互いの顔が割れている今、目の前にいる存在を直接手を下して殺し、誰にも見られずに去ることは出来ないに等しい。


「なら、金次第だ」

「いいわ、これが前払いよ。受け取って」


 洋服の内側に手を突っ込み、取り出した薄い札束をテーブルに置く。そうして、毒殺婦人は腕組みをしながら、静かに笑みを浮かべた。


「怪しいな。その笑いはなんだ?」

「別に。受け取ったところで何もしないわ」

「それなら全部、頂く」


 マリーノが薄い札束を素早く掴んで、靴下や、収納機能のあるベルトなどに紙幣を隠し入れていく。その後、毒殺婦人に対し、交渉成立のサインを指で表現しようとした瞬間、マリーノの身体に突如として異変が起こり始めた。


「これは……?」

「よく分からない。店員を呼んでくるから待ってて」


 そう言い残して、店の奥に消えていく毒殺婦人。マリーノはそこで、今まで感じていなかった違和感に気づいた。毒殺婦人は何も頼まず、店員が来ることもなかった。もし、毒殺婦人と店員が結託しているのだとしたら。ミラプローヌに毒が入っていたとしか思えない。


「すべ…て、けい……さん……どお…り……だったか……」


 首を両手で押さえるようにして床に倒れ、痙攣したまま顔を引きつらせたマリーノ。そのマリーノが動かなくなったことを確認し、毒殺婦人が、ミラプローヌを運んだ店員とともに、殺し屋の死体を見下ろす。


「そうよ。全部、貴方を殺すための布石だったの。それを見抜けなかった時点で、貴方の死は、私(毒殺婦人)と、店員に扮した彼女によって確定していた……」

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