第13話 無差別テロ
無差別テロという言葉を聞くと、人は通常、自爆テロのような自分の命を危険に晒してまで、他人を巻き込むような分かりやすいものを想像する。しかし、それは無差別テロを意味するほんの一部にしか過ぎない。多くの人間を死に至らしめる生物兵器。それを使った犯罪もまた、無差別テロに数えられる。
「烏高、『灰残』の開発はどこまで進んだ?」
吠木鉄から名前を呼ばれた烏高天飛が、光に照らされ、その存在を際立たせる生物兵器から目を離す。
「火薬燃料の研究にごく最近、着手したばかりなので、まだ途中です」
「培養している細菌の致死率は?」
「抗体のない者に感染した場合、その致死率は20~45%かと」
何かを言う代わりに、薄暗い部屋の中に入り、サンプルとして飾られた生物兵器、『灰残』のボディに、吠木鉄が自身の右手を添える。
「引き締まった良いボディをしている」
「有害な細菌をばら撒くのに、これ以上ないくらい適したデザインですよ」
「……」
吠木鉄が再び、沈黙した。珍しくもない、よくある事だった。
「烏高」
「なんでしょう?」
「鮮血愛好会が、やたらと活発になっている。偵察して来い。ただ……」
「?」
「深追いはするな。奴らは、お前が敵う人間ではない」
「分かりました。見つからないこと最優先で偵察に行ってきます。何かあれば後で」
烏高天飛が飛ぶようにして部屋を去り、吠木鉄が1人、『灰残』を凝視する。ただ、部屋の外から自身を観察する別の存在も、既に認識していた。
「猿渡か?そこにいるなら入れ」
「どうして私だと……?」
意図的に足音を大きく出しながら、猿渡社が、部屋の真ん中付近に置かれた『灰残』まで歩く。すると、吠木鉄は両目を閉じて答えた。
「人が歩くとき、そこには必ずクセがある」
「なるほど。だから、足音だけで見抜かれていたんですね。すごい特技です」
「そういうお前は、なぜ俺と、烏高の話を盗み聞きしていた?」
「クセなんですよ。それに」
猿渡社がわざと間を置いて、意味ありげな表情で笑う。その笑い方は、室内の薄暗さもあってか、吠木鉄には不気味に思えた。
「会話の邪魔したら、あなた方に悪いでしょう?」
その頃、デッド・コマンドの仮本拠地、飛中市では、自爆テロの被害に遭った犠牲者たちの家族が、デッド・コマンドを自分たちの住む地域から追い出そうと、掛け声をあげながら、市内を行進するデモ活動を行っていた。だが、抗議対象であるデッド・コマンドの面々は、それを気にもしていなかった。
「お前たち2人は、俺らの仲間になったばかりだ。だから特別に、無差別テロのメリットを教えてやる。返事は?」
「イエス」
リカルドの持つ雰囲気に圧されながら、2人の新入りが同時に返事する。彼らの名前は、アキレス。そして、ベネディクト。
「無差別テロは、特定の人物を狙うわけじゃない。それよりも、多くの人間の命を奪うことを重要視する。これが何を意味するか分かるか?」
「私が思うに、軍事力の誇示に繋がるのでは」
「それもある……。しかし、それは数あるメリットの1つに過ぎない」
ベネディクトの推測を正解の1つと捉え、最適解を引き出そうと、リカルドが、アキレスに鋭い視線を向ける。その視線は、怖いもの知らずを自覚していたアキレスを恐怖させるほど、充分に殺気立ったものだった。
「俺は……、そうですね。事前予測が難しいことが……、挙げられると」
「なんだ、はっきり言え」
「無差別テロは、事前に護衛対象を絞らせないので、誰が犠牲になるかを予想させずに、いつでも、どこでも被害を出すことが可能です」
「それが最適解だ。つまり、幾ら犯罪の対策をするとは言え、正義を掲げる組織が、住民全員を同時に守るのは、到底不可能」
それを聞いていたベネディクトが、面白そうな顔を浮かべて尋ねる。
「無差別テロは、敵対犯罪組織にも有効な手段なのですか?」
「もちろん。ただ……」
全員がリカルドの言葉の続きを待つ中、彼はホルスターから拳銃を抜いた。新入りのアキレス、ベネディクト。リカルドの護衛のルイス、アンヘル。誰もが驚きで何も言えない中、その銃口がアンヘルに向けられる。
「俺を裏切ったら、こうなると思え」
言い終わるや否や、リカルドの拳銃から放たれた銃弾が、アンヘルの心臓を穿つ。そうして、アンヘルは心臓に手を当てたまま、口から血を流して倒れた。念のため、リカルドは、ルイスに、アンヘルが絶命しているかどうか確認させた。
「死んでますね」
心臓の動き、瞳孔の開き具合、光への反応を調べ上げ、その結果を報告する。そして、定位置に戻ったルイスに、リカルドが決定事項を伝えた。
「準戦闘員のコルテスを、新しい護衛として補充する」
「コルテスをですか!?」
「性格に難はあるが、表裏がない。貢献度を考慮すれば妥当だろう」
「ですね……。『死の3強人』の1人として暴れた過去もありますから……」
元・死の3強人のメンバー、コルテス。彼は通称、『死制』として活動していた時期がある。今の、死の3強人のメンバーである『死銃』、『死線』、『死現』と比べても、その時の実力は劣ることはない。しかし、護衛は単独行動を許されず、どんな際にも連携協力を求められる。リカルドの護衛であるルイスは、複数人での連携をしたことが無いコルテスを、秘かに案じていた。
だが、連携を重視した動きで、自爆テロを無力化しようとする存在もいる。市民の防衛を任務として掲げる夜泣市の防衛組織、民の盾だ。
「こりゃ、ひどい有り様だな」
直前まで、自動車による無差別テロの被害を受けていた場所に着いた金積託望が、その悲惨さを直視して驚きの声を上げた。金に執着しているとは言え、人の心が無いわけではない。そんな金積託望の内面をよく知る鬼防忠義は、現場に集まりつつある何台もの救急車を見据えながら、次なる行動指針を示した。
「ここは住民と救急隊員に任せて、他の場所に行こう」
「よしっ、そうこなくちゃな。おっさん」
体の向きを変え、民の盾専用の車に乗り込んだ鬼防忠義が、後ろの席に乗り込むよう、金積託望に指示を送る。
「それで俺は、具体的に何をすれば良いって言うんだ?」
「人質を車体の上に括り付けた車を見つけ次第、同じ所に2~3発撃て」
「それだけでいいのかよ。楽に終わりそうだな」
「相手の反撃にも気をつけろよ?」
無差別テロの原因となっている暴走車。そこに乗る人間が、銃を持っていることに備え、鬼防忠義は忠告を行った。それでも、金積託望は余裕の表情を崩さない。鬼防忠義は、その理由がどうしても気になってしまった。
「何か作戦でもあるのか?」
「当たり前だろ?俺はいつも複数のプランを頭に入れてるんだ」
「ならそれを、これから披露してくれ」
銃を構えて外の様子を窺う金積託望の様子を観察しながら、鬼防忠義が車窓を半開きにして、民の盾が所有する灰色の車を発進させる。そうして、車を車道の上で走らせていた時、そう遠くはない場所で女性が悲鳴を上げるのが聞こえた。犠牲者を増やし続ける無差別テロの主犯はすぐそこにいる。
「降りるわ」
「1人で行くのか?ダメだ」
「俺だけでなんて言ってねえよ。おっさんも一緒だ」
「え?」
「いいからいいから」
半ば引きずり降ろされる鬼防忠義。そんな鬼防忠義に、金積託望がたった1つの要望を伝える。
「人質に当たらないよう、撃ちまくってくれ」
「それを俺がした後、金積はどうするつもりだ?狙いが分からん」
「タイヤに穴をあけて、車を使えなくしてやるんだよ」
「そういうことか。ようやく理解したよ」
「そうかい」
金積託望が呆れるような顔をして、肩をすくめる。その後、首をゆっくりと左右に回して、身体の状態を確かめた鬼防忠義が、金積託望に声を掛けた。見れば、暴走車と思わしき黒い車が、信号を無視してこちらの方向に曲がろうとしていた。
「さあ行くぞ、作戦開始だ」
「おう!上手く誘導してくれよな、おっさん」
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