第12話 初めての定例庁議

 夜泣市役所にある全ての部署に赴き、挨拶と市政課題の共有を済ませた夜泣市長の望月明は、市長室に戻り、それらを箇条書きにしてまとめた。やはり、どれも解決すべきだが、予算も人員も限られているため、そういうわけにはいかない。非情ではあるが、優先順位をつける必要があるだろう。


(犯罪対策連携協定に関連した要望は優先として、他をどうするかだな……)


 市職員による税金の着服から、市独自の福祉制度が無いといったものまで、様々な問題が、それぞれの部署から挙げられている。今、政策の実行をするなれば、教育や福祉に力を入れ、市民からの支持を集めるのが現実的だ。しかし、市の信頼が揺らぎかねないお金のことも放置するわけにはいかない。そして、いつ発生するかも分からない犯罪やテロ。これも考慮しなければ、市長は務まらない。


「どうすればいい?」


 誰に問うこともなく、自らに答えを求めた望月明は、テーブルの端を右手人差し指で、トントントンと3度叩いた。妙案は思いつけない。代わりに、日計文栞に、現在時刻と、定例庁議の予定開始時刻を尋ねた。


「今は午後14時12分なので、定例庁議までは30分ほど時間がありますね。お昼を食べていないのなら、7階にある食堂にて、急いで食事をしてくるのも良いかと思いますが、どうされますか?」

「気遣いありがとう。だが、私は既に昼食を済ませているんだ」

「なるほど、そうだったんですね。いつ頃、食事をされたんですか?」


 日計文栞が、興味深そうな眼差しを向けてくる。望月明は、それに動じることなく、淡々と事実だけを手短に答えた。


「まちづくり部との情報交換後、13時ちょっと過ぎに」

「そうですか。でしたら15分ほど仮眠されてはいかがでしょう?定例会議に持参する資料は、こちらで用意しておきますので」


 提案としては悪くない。断ろうかとも考えたが、今からでは何を行うにも、中途半端に終わってしまう可能性があるため、仮眠は現時点での最適解に思える。


「うむ。では、少し眠るので、15分後には必ず起こしてくれ」

「それまでの時間、充分に休んでくださいね」


 日計文栞に声を掛けられ、望月明はゆっくりと両瞼りょうまぶたを閉じた。外の喧騒や、遠くで響きわたる足音が徐々に遠くなっていく。そうして、現実と隔絶し、夢の中に入りかけた時、頭上から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「望月さん、望月さん。時間ですよ、起きてください!」

「ああ、本当にすまない。それで今の時間は?」

「定例会議まであと7分です!急がないと、開始時刻に間に合いませんよ!」

「すぐに向かおう。場所はどこだ?」

「大会議室なので、教育部のある3階になります」


 市長室を出た直後に伝えられた場所に、望月明は、日計文栞の後ろから、階段をやや速めに下っていく。そして、5階の市長室から、3階の大会議室に移動して到着した望月明は、申し訳なく扉を開けた。


「時間に余裕をもって入室できず、本当にすみませんでした」

「遅刻ではないのでお気にせず。まずは、そちらにお座りになってください」


 財務部長の金森茂雄かなもりしげおに言われ、空いている指定席に静かに座る。定例庁議の出席メンバーは、全部で8名。夜泣市長の望月明の他、7名の部長が夜泣市役所の幹部として、それぞれの部署から1名ずつ出席している。


「14時45分になりましたので、これより定例庁議を始めます。今回は、望月市長にとっては初めての定例庁議ということもあり、私、財務部の金森が、代わりに司会を務めさせていただきます。本日はよろしくお願いします」


 定例庁議の開会宣言と同時に、夜泣市役所の幹部が一斉に資料を開く。


「本日の庁議テーマは、『夜泣市政に関わる重要施策決定』となります。始めに、夜泣市の市長に就任した望月市長から、ご自身が思う今の夜泣市政や、その課題について、簡単にお話ください」


 定例庁議が始まった直後、幹部たちの視線が望月明に集まる。しかし、望月明は驚きを顔に出すことなく、自らの考えを説明した。


「はい。私個人の意見にはなりますが、現在の夜泣市は、危機感が不足しているように思います。具体的な問題を挙げるなら主に3つでしょうか。それは、税金の流れ、犯罪対策、災害対策に分けられます。したがって、私といたしましては、税金の使用用途や金額を透明化し、犯罪や災害などの突発的な出来事にも、咄嗟に対応できるような組織体制を、1から構築していきたいと強く感じております」


 発した言葉が、幹部たちの心に響いている様子はない。誰もが顔色を変えることなく、望月明の顔を見たり、資料に目を落としたりしている。庁議への姿勢を見るに、市政を大きく変えようという気概は、皆、強くないのではないだろうか。


「ありがとうございます。次に、重要施策の決定を、望月市長の最終的な判断の下で行いますので、お手元の資料を見てください」


 望月明は、斜め後ろに日計文栞がいることを確認し、目の前にある資料に意識を集中させた。もちろん、事前に配布されている資料は1枚のみなので、ページ番号の部分は自然と省略されている。


「そこには夜泣市政の課題が一覧で書かれていると思いますが、それを見た上で補足しておきたい情報がありましたら、挙手をお願いします」


 望月明が周囲を見渡すと、4人の幹部が手を挙げた。司会役の金森茂雄が、そのうちの1人である教育部長の成田知史なりたともふみを指名し、他3人が手を降ろす。


「これはどちらかと言うと、防災対策推進部や、治安向上推進部、あるいは市民部の領域かもしれませんが、私たちも市民の目線に立った避難地図を作成するために、頻繁にとまでいきませんが、定期的な避難訓練を夜泣市役所の職員全体で実施するべきではないでしょうか?」

「成田さん、ご指摘ありがとうございます。この点に関して意見がある方は、この中にいますか?あれば、手を挙げて教えてください」


 望月明と同時に、他2人が挙手をする。防災対策推進部長の安野全司やすのぜんじと、暮らしの窓口応援部長の網代優子あみしろゆうこは、成田知史の意見に対して、どのような考えを抱いているのか。金森茂雄は一瞬迷った後に、網代優子を指して主張を促した。


「夜泣市の方でも避難訓練を実施するというのは賛成ですが、職員全体で実施するとなると、大暮さんが統轄する市民部や、私が担当する暮らしの窓口応援部などの市民向け行政業務の提供において、どうしても大きな支障が発生してしまうんです。そこで提案という形式にはなるのですが、全職員を幾つかの班に分けて、交代交代で避難訓練を行っていきませんか?」


 金森茂雄が先ほどと同様に感謝を述べて、大暮香苗おおぐれかなえを一瞥する。そうして、大暮香苗の表情から何かを読み取ったらしい金森茂雄は、視線を安野全司に向けようとした所で、大会議室に誰かが入ってきたことに気が付いた。


「突然のことで申し訳ありません。夜泣市長と、高見政治さんはいらっしゃいますでしょうか?」


 呼ばれた2人を含む大会議室内に緊張が走る。その組み合わせが意味するものは決まって1つしか思い当たらない。


「どこで大きな犯罪があったって言うの!?」

「雲涼地区ですよ。緩衝地帯以南の西側に位置する場所です」


 パニック状態の網代優子の質問に、定例庁議を中断させた人物が冷静に答える。


「また、平坂進さんのまちづくり部には、お世話になると思いますので」

「それなら今のうちに準備をしておくよ」

「とても助かります。ではすみませんが、夜泣市長の望月明さんと、高見政治さんだけ来てくださいませんか?」

「それなら、定例庁議は一旦、終わりにしてほしい」

「分かりました。本日の定例庁議はこれにて、終了といたします。望月市長と、高見さん以外の方々は、通常の業務にお戻りください。司会の私も整い次第、仕事場へと帰ります。本日はお集まり頂きありがとうございました」


 幹部たちが各々の部署に戻っていく中、望月明と、高見政治の2人は、定例庁議の途中に姿を現した男性に案内され、とある場所に行くことになった。


「自己紹介が遅れました。私、有馬宏ありまこうと言います。6階の議場に向かいますので、そこで、無差別テロ真相究明チームを設立してください。必要な人物がいれば、こちらから声を掛けていくので遠慮なくどうぞ」

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