第11話 脅威

 かつては、陽民日国にある数少ない植物園として、観光客や地元民で賑わっていた、植物の楽園。今やその場所で、色とりどりな姿を見せてくれた、綺麗な花や植物はもう存在しない。代わりに生えているのは、黄色味の混ざった緑色の葉っぱを、上から見下ろすようにして咲く、幾つもの赤黒い花。これらの花の栽培を手掛けている薬凶戦線のリーダー、植園樹うえぞのたつきは、電話相手のことを尋ねた。


「お前は誰だ?コードネームか、名前を言え」

「コードネーム、トキワシノブ。ちょうど今、薬師寺広則の乗る車を足止めしている。検問所に到着次第、連絡しろということで電話した」


 検問所で足止めしたのは他でもない、同乗者の裏の顔を調べるためだった。しかし、車を止める以上、それなりの理由が必要になる上、そのような目的で検査していると、相手に感づかれるわけにはいかない。


「分かった、トキワシノブに命令する。目的地と、そこに行く目的を聞いた後、所持品検査を実施して、特に危険物が見当たらなければ、検問所を通せ。そして、薬師寺が乗る公用車が見えなくなり次第、同乗者に関する情報をできるだけ収集して、その結果を俺に報告しろ。いいな?」

「了解した。他にやっておくべきことは?」

「ない。では、報告を待っている」


 そうして、植園樹はすぐに電話を切った。これで、最低限の情報は得られる。トキワシノブには、数㎜の隠しカメラを戦闘服に装着させているから、上手くいけば、それ以外の重要な手がかりも、検査をきっかけに見つかるだろう。だが、それはあくまでも、数ある不安要素のうちの1つに過ぎない。それよりも遥かに大きい脅威が、薬凶戦線の支配地域に近づきつつあることを、植園樹は把握していた。


 さて、どうするか。これほどの不安要素を放置しておくわけにはいかない。先手を打って排除したいところだが、相手のことが何も分かっていない中で、突っ込むのはあまりにも無謀だ。少しでも情報が欲しい。植園樹は、握りしめていた携帯電話から適任な相手を見つけ出し、携帯を鳴らした。


「もしもし、エデンだ。北の状況について聞きたい」

「先ほど、広香市と飛中市の境界線付近で、不審な動きが」

「何があった?説明しろ、ススキ」


 電話口の向こうから、くぐもったようなススキの声が聞こえてくる。周りを気にしているのか、なかなか答えてくれる気配にない。


「誰かに見られている気がするので、ちょっと場所を変えます」

「なら、通話を切ってかけ直せ」

「でしたら、後ほど」


 詳しいことを聞けずに、ススキの方から、一方的に通話を切られる。ススキが慎重な性格であることを考慮すれば、彼らしい判断だ。だが、彼の話が本当だとすれば、ススキ自身、誰かに尾行されている可能性が高いと言える。ならば、ススキには、尾行を撒く、あるいは、戦闘による強制排除に専念してもらった方が良い。


 しかし、期待とは逆に、ススキが尾行者などによって、殺されることもあり得る。そうなれば、北の最新状況を知るまでに、幾らかの時間的損失が発生するという事態に繋がってしまう。それだけは避けたい仮の未来の1つだ。


 そこで、植園樹は対策として、もう1つの携帯を取り出し、同時に「???」アプリと、「烏の箱」アプリを立ち上げた。「烏の箱」アプリは、「???」アプリ程ではないが、世界でもトップクラスの匿名性を備えていることで知られている。「???」アプリで複数人にメッセージを一斉送信しつつ、「烏の箱」アプリの機能で、メッセージの時間差送信を設定すれば、どんなことがあっても、必ずメッセージが送ったうちの誰かに届く。


 植園樹はそれを利用して、それぞれの携帯から合計3人の人物にメッセージを送った。内容は共通で、広香市と飛中市の境界線で何があったのか聞いたものだ。


 もちろん、全員の言う事実が一致していれば何も問題ない。しかし、その中の誰かが他の人とは相反する事実を主張したら、そいつは外部の敵対組織と内通しているスパイなため、容赦なく殺す必要がある。この方法が無意味になるリスクはあるが、ススキ及びメッセージ受取人の合わせて4人のうち、2人以上がメッセージを送れない状況にない限り、そうなることはない。だが、もしも無意味と化したら。薬凶戦線を取り巻く環境は厳しいものと捉えて、警戒強化の下、より良い行動を実行に移さなくてはならなくなるのは、明白な事実だと言えた。


 夜泣市は、緩衝地帯を挟んで北側と南側に分かれている。それは、北側に位置する犯罪特区の住人が、南側の一般市民が住む地域に侵入しないように防ぐためだ。しかし、緩衝地帯を設けるだけでは充分とは言えない。そう結論付けた、夜泣市の政治家たちは、ある防衛組織を設立させた。それが民の盾だ。


「今度の新しい夜泣市長、どう思うよ?」

「望月明だっけ?無所属での当選らしいけど、どうせいつもと同じよ。期待するだけ無駄無駄。市長なんて形だけで、頼りにならないんだから」


 金積託望かなづみたくみからの問いかけに、後制発緒こうせいはつおが疑わしそうに答える。彼らはともに、民の盾の普通科訓練生。だが、そんなことは気にもしていないとでも言うように、金積託望は薄ら笑いを浮かべた。


「ま、俺はなんでも良いけどな。金さえ貰えれば」

「あんたは、いつもそれね。民の盾の訓練生っていう自覚はあるわけ?」

「ハッ。自覚なんてあるわけないだろ。この世は金が全てなんだよ」


 嘲笑を含んだ顔を向けられ、カチンときた後制発緒は、金積託望に対して、文句の1つや2つくらい言ってやろうと思ったが、遠くから誰かが走ってくるのが見えたため、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「誰か、こっちに来てる。金積、あれが誰か分かる?」

「あれか?ありゃ、俺らのリーダー、鬼防忠義きぼうただよしのおっさんだな」


 そうして、後制発緒と、金積託望が2人で会話をしているところに、息を切らして走ってきた民の盾のリーダー、鬼防忠義が、簡潔に用件を伝える。


「金積。今から、俺と一緒に、急いで来てくれ」

「何があったの?」


 後制発緒の質問に、鬼防忠義は、夜泣市の南側、言い換えれば、一般市民たちが暮らす地域で今、起こっていることを、事細かく話し始めた。


「雲涼地区内の複数か所で、15分ほど前から、車による無差別テロが、次々に起こっている。このテロによる死亡者数は、現時点で少なくとも6名、負傷者数は20名だ。該当車両は黒色の車で、衝撃に強く、特殊な防弾ガラスまで備えている。難しい任務だが、この脅威をすぐに取り除けるのは、我々、民の盾しかいない」


 とは言ったものの、鬼防忠義に頼まれた側の、金積託望の心には、全く響かない。彼の行動理由の最上位は常に、使命ではなく金だからだ。


「それで、無差別テロの実行犯を片付けたら、俺は幾らの金を貰えんの?」

「そうだな。給与2か月分のボーナスでどうだ?」

「うーん、3か月分のボーナスで」

「分かった、そうするよ」

「よし!」


 交渉に成功し、金積託望が勢いよくガッツポーズをする。通常は、普通科訓練生はもちろん、それよりも優秀な特別科訓練生、さらにはその上の、防衛群小部隊の隊員でさえ、このような行為には応じてもらえない。では、なぜ、普通科訓練生に過ぎない金積託望に、そんなことが出来るのか。彼が普通科訓練生に留まっているのは、使命感が薄いというその1点のみの理由であり、総合的な能力は、民の盾という防衛組織全体でも、5本の指に入るからに他ならない。


「じゃ、早く現場に行かせてくれ。おっさん」

「案内するから、ちょっと待て」


 と言って靴紐を結ぶと、鬼防忠義は、ついて来いというような手振りを見せ、金積託望がそれに応じる形で、2人はそのまま走り去ってしまった。彼らに、何か言葉をかけようと頭の中で考えていた、後制発緒をその場に置いて。

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