第7話 各市長の施設視察③

 緊急時避難民受け入れセンターの建物内に入った、広香市の市長と広香市の兼任運転手は、センター長の案内により、男女別々に分けられている更衣室付きのシャワー室を最初に見ることになった。


「我が国、陽民日国は災害やテロが起こった際の対応や支援について改善を行うよう、各自治体に求めてきました。仮設避難所を迅速に設置・開設することも、行政対応として必要な措置の1つだと思います」


 センター長の人与活家が言うことに、広香市長の薬師寺広則やくしじひろのりは静かに同意した。しかし、広香市では、過去に『広香市庁舎乱射事件』が起きているうえに、今は広香市の一部を薬凶やっきょう戦線が支配している。それゆえ、すぐにでも使えるような常設避難所の開設が急務であると薬師寺広則は認識していた。


「ですが、避難所における支援の中身は、広香市を含む多くの自治体で見直されてきませんでした。そこで当センターでは、避難民がストレスなく快適に過ごすための支援として3つの内容を充実させました。その1つがシャワー室の設置です」


 センター長の誘導により、1階の男性用更衣室ヘと進む。すると、鍵の刺さっているロッカーがズラリと並んでいるのが目に入った。手首にはめられる鍵バンドをロッカーキーとして採用しているのは、シャワー中に鍵を失くさないようにしてもらうための配慮なのだろう。


「当センターに避難された方々がシャワー室を使用する場合、鍵の空いているロッカーを見つけてもらうことになります。その後、貴重品や衣類を入れ、施錠をし終わりましたら、鍵を持ってシャワー室のあるお部屋へと移動です」


 人与活家センター長が、シャワー室が幾つもある大きな場所に続く、スライド式のドアを開ける。薬師寺広則は、ドアの隙間から中を覗き、完全に隔てられたシャワー室が向かい合う形で並んでいることを認めた。


「未使用のシャワー室を発見したら、中へ入ってシャワーを浴びてもらいます。それではシャワー室に関する説明を簡単にしますので、こちらに来てください」


 そう促された薬師寺広則は、遠慮気味にドアをスライドさせ、ゆっくりと人与活家のいる所まで歩いた。一方、広香市長の兼任運転手である滑石魅風なめいしみかぜは、何の遠慮もせず、堂々とした振る舞いで後ろからついてくる。薬師寺広香市長は、滑石魅風のそういった性格を羨ましく思った。


「このシャワー室は見て分かる通り、外から中に人がいるのかどうか確認できる作りになっています。これはシャワー中に避難民の方が倒れた時に、他の方々が即座に気づき、当センターの関係者に知らせることを可能にするためなのです」


 人与活家の説明によると、更衣室及びシャワー室を監視する防犯カメラは1つもついていないらしい。おそらく、緊急時避難民受け入れセンター関係者による盗撮の防止が主な理由であると薬師寺広則は推測した。


「また、当センターのシャワー室はどなたでも利用しやすいようにデザインされているので、小さなお子様がいるご家族の方々でも安心です」


 だとしたら、小さい息子さんを持つシングルマザーや、小さな娘さんを家族に持つシングルファーザーはどうなるのだろう。広香市の市長はそこが気になり、質問を投げかけた。


「そのようなひとり親家庭のご家族さんは、一般の方々と時間をずらして利用してもらう予定です。シングルファーザーの場合は男性用更衣室、シングルマザーの場合は女性用更衣室という形で」


 ひとり親家庭特有の悩みも、それなら解消しやすいかもしれない。薬師寺広則は先ほどから疑問に思っていたもう1つの疑問を口にした。


「避難民の方がシャワー室で倒れたら、他の避難民の方々はどうやってセンター関係者の皆さんに連絡すればいいのかという事を聞きたいのだが、宜しいかな?」


 センター長が一呼吸置き、答える。


「非常用連絡装置と呼ばれる赤いボタンを指で強く押すと、自動的にセンターの関係者に繋がる仕組みとなっています。シャワー室のある部屋に2カ所、更衣室に2カ所の計4カ所。女性用更衣室も計4カ所です」

 

 人与活家が1番近くにある赤いボタンを指さした。


「あれが非常用連絡装置です。それでですね、薬師寺広則市長か、滑石さんのどちらでも良いのですが……」


 人与活家センター長が間を作るように敢えて発言する。


「ん?なんでしょうか?」


 聞き返したのは、滑石魅風なめいしみかぜだった。


「非常用連絡装置が取り付けられている壁にもたれかかってみて下さい」

「それなら私が」


 そう言って薬師寺広則は、非常用連絡装置がある壁まで歩き、もたれかかった。背中でボタンを押している感触はあるが、特に変化はない。強い力をボタンに加えない限り、センターへの連絡は不可能。そのように結論付けた薬師寺広則は、直立の姿勢に戻った。


「薬師寺広則市長はもたれかかってお分かりになったと思いますが、壁に寄り掛かったくらいで繋がることは絶対にありません。もし仮にそうだとしたら、頻繁に連絡システムが作動する度に、当センターの関係者は、本来はする必要のない応答を行わなくてはならないようになってしまいます」


 人与活家センター長による更衣室付きのシャワー室の説明が終わり、3人は男性用更衣室に面する廊下に出た。


「続いて、当センターにおける2つ目の支援内容について簡単に説明しますので、私についてきて下さい」


 案内されたのは、大寝室と書かれた2階の部屋だった。


「こちらが避難民が寝る場所となっております。とても広いので、500人分くらいまでの簡易ベッドなら配置可能です」


 眼前には、数百とも言える数の簡易ベッド。それを500人分程度まで置けるというのだから、思わず感心せずにはいられない。これまでの劣悪な避難所環境を大いに改善させ得る緊急時避難民受け入れセンターのこの取り組みについて、薬師寺広則はもっと知りたいと思った。


「簡易ベッドはどこから出し入れするのか、是非とも教えていただきたい」

「それは大寝室の隣にある物置部屋にあるので、必要な時に必要な分だけそこから運んで、不要になった際にそこに収納する感じです」


 なるほど。だが、それほどの大人数を同じ場所で寝させるとなると、避けては通れない問題が必ず発生する。騒音だ。


「では、いびき声や子どもの泣き声が避難された方々の睡眠を邪魔する可能性がありますが、その点については何か対策が御有りなのかな?」


 センター長は想定外だったという顔を浮かべながら、


「小さなお子様がいるご家族さんに関しては、大寝室とは違う他の部屋でまとまって寝られるよう配慮させていただきます。しかし、いびき声の大きい方に対する具体的な対応については何も考えていませんでした。こればかりは状況を踏まえて適切に判断するとしか今は言いようがありません」


 薬師寺広則は、緊急時避難民受け入れセンターの掲げる2つ目の支援内容をおおむね評価した。いびき声の大きい避難民を大寝室で寝させたら他の避難民の方々とのトラブルが生まれかねないし、かといって別の場所に移すと自分も別の場所で寝たいと言い出す避難民が現れるかもしれない。センター長である人与活家が状況を踏まえて判断するしかないと言ったのも分からなくはなかった。


「他に想定しているケースは?」

「例えば感染症が流行している時期に避難民を受け入れた場合は、ベッド間に仕切りを設けるなどして避難民の飛沫拡散防止を徹底するつもりです」


 薬師寺広則の問いに人与活家は淡々と回答し、今度は簡易ベッドの折りたたみ方に話題が移った。


「これってどうすればコンパクトになるんですか?」

「滑石さん、このようにすればいいのです」


 人与活家が素早い動作で簡易ベッドを折りたたむ。一瞬の出来事だったためどのようにして小さくまとめたのか全く分からなかった滑石魅風は、今度はゆっくりと実演して欲しいと丁寧にお願いした。


「分かりました」


 人与活家は1つずつ手順を踏むことで、誰もが理解できるベッド折りたたみ術を薬師寺広則と、滑石魅風の2人に披露してみせた。

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