第6話 各市長の施設視察②
廊下に鳴り響く複数の足音。監房の中から注がれる邪悪な視線。全光市長の
「先日、
前方を向いて立ち止まったまま、
「ええ、その通りです」
陽向光が頷き返す。番代人規は、首から上を
「
「後ほどにしましょう。その方が我々も時間を有効に使えますからね」
「それでしたら先に、未成年非行防止プログラムについて
言い終わるや否や
「さあ、どうぞ中へ」
「皆さんお座りになられたので、資料をお配りした後に、私から未成年非行防止プログラムの詳細な中身を説明させていただきます」
そう言うと、ホチキス止めされた紙の資料を、番代人規は陽向光に配った。全く同じ資料が全光市職員2人にも手渡される。陽向光は、受け取った書類の厚さを左手の親指と人差し指をこすり合わせて把握すると、
「まず、表紙と目次をめくって3ページ目をご覧ください」
陽向光は、2枚の紙に折り目をつけた後、3ページ目に書かれている内容の文章を斜め読みした。要点として、未成年非行防止プログラムを全面的に改定した背景の他に、改定後の未成年非行防止プログラムの概要部分が記載されている。
「開きましたね。では、従来の未成年非行防止プログラムを終わらせることにした理由について軽く触れさせていただきます。まず、1点目。犯罪を犯した少年少女を自主的に参加させる更生教育にどうしても限界があったこと。次に、2点目。非行防止という観点に必要な、ある重要な視点が欠けていたこと。これら2つの問題が挙げられます」
番代人規の説明が、問題の背景から、新しく実施される未成年非行防止プログラムの特徴に移る。
「そこで、改定後の未成年非行防止プログラムでは、罪滅刑務所に収容されている囚人たちを活用したスケアード・ストレートと呼ばれる更生教育を行います」
陽向光の頭の中に、クエスチョンマークが幾つも浮かぶ。スケアード・ストレートってなんだ?陽向光の代わりに、この疑問を口にしたのが全光市職員の犯罪撲滅課所属の
「スケアード・ストレートとは、いわゆるどのような教育方法なんです?」
「これは、犯罪を犯した未成年を刑務所に連行し、囚人たちの普段の生活を晒すことで、刑務所に収監されたらどうなるのか徹底的に教えて、正しき道を歩むよう指導する教育手法ですね。現在は、
ワレラテン諸国連合か。10個の小さな国々が手を取り合って出来た多民族・多宗教国家で、今は全ての国が自治権を持ちながら、国政に関与している。最近、力を伸ばしつつあるノソス絶対神国や、人間との戦争を起こそうとしていると噂される幻の国、戦機専国の脅威に対抗するために樹立された国だと習ったが、それ以上の情報を陽向光は知らなかった。
「試してみる価値はありそうだ」
これまでとは全く違うやり方の更生教育に思わず感心をしながら、陽向光はページをめくった。4ページ目、5ページ目、6ページ目……。最後までページをめくり、全ての文章に目を通す。おかしい。そんなはずがない。どこかで見落としただけと思い、最初から確認をしたが、やはり載っていない。スケアード・ストレートにより、どの程度の未成年が非行を止めることに成功したのか、肝心の表やグラフが1つも見当たらないのだ。
「ワレラテン諸国連合における刑務所内でのスケアード・ストレートの検証結果が、どこにも掲載されていないのはどういう訳なんです?」
陽向光は、強い口調で番代人規に問いただした。
「調べても全く出てこないからですね。それに加えて、刑務所内の地図や囚人の名前などの情報を公表している国はほとんどありません。例外は、リルリア大陸のホイト王国と、ポルゴード大陸の哲人共和国。この2か国だけでしょう。しかしながら、どちらの国でもスケアード・ストレートという更生教育は行われていないのです」
囚人からの威圧的な物言いに慣れているのか、副所長の番代人規は顔色1つ変えずに淡々と答えた。
「それなら、ホイト王国と哲人共和国はどんな更生教育を?いや……、それは時間のある時にこちらの方で調査します」
更に聞きたい事は山々あったが、施設視察に無関係な質問で無駄な時間を費やすわけにはいかない。全光市長の陽向光は、今聞いておく必要のない質問は極力、控えようと心に決めた。
「分かりました。お次に未成年非行防止プログラムにおいて想定される、トラブルを個別に見ていこうと思います。5ページをお開きください」
手元の資料に視線を戻した陽向光が、5ページを開いた。1~2秒ほど後に、左隣の行正直使も同じ5ページを開く。
「1つ目のケースは、囚人の脱走ですね。刑務所に未成年を入れる際は、一斉に門を開放しないことに留意しつつ、捕らえ隊による巡回警備の実施も行います。捕らえ隊に持たせる武器を、麻酔銃とスタンガンに限定するのか、それとも、実弾を込めた銃を装備させるのか。その部分の判断は、陽向光様に一任します」
捕らえ隊の基本方針は、対象の無力化と拘束を最優先としている。だが、罪滅刑務所にいる囚人は、どいつもこいつも極悪人ばかりだ。そのため、本物の銃を外部から何丁か購入するのも良いかもしれない。だとしたら、最も取引のしやすい相手は誰か?犯罪組織は、もちろん論外に決まっている。すぐに脳裏に浮かんだのは、
「それはありがたい。全光市役所に戻ってから、よく検討してみますよ」
「どういたしまして。さて、2つ目のケースは、囚人に対する未成年の挑発です。この問題の場合、我々が関与することはないでしょう。罪滅刑務所にいる大半の囚人は、本物の恐怖というものをよく熟知していますからね」
つまり、
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