第3話 絶対服従

 夜泣市が属する暗暮あんぐれ地方。その北側にある鈴歩すずほ地方では、かつて腰に鈴をつけて外を歩く習慣があった。詳しいことは知らないが、何かから身を守るためだったとか。これは、人によって言うことが違う。獣だと主張する人もいれば、悪霊だと信じて疑わない人もいる。しかし、現在考えるべきは、昔存在していたであろう得体の分からない何かではない。今、鈴歩地方にいる自爆テロ集団からどうすれば市民を守れるかという事だ。鈴歩地方の飛中とびなか市長、穴虫羽斗あなむしはねとは自爆テロに対する有効な解決法を思いつけずに、電気の消えた暗い寝室のベットの上で頭を抱えた。


 デッド・コマンドは、鈴歩地方を活動拠点とする犯罪組織だが、数日後に暗暮地方で自爆テロを起こす計画を立てていた。この組織の頂点に君臨するリカルドは、2つの自爆テロチームとその他数人のメンバーに向かって威圧的な態度を見せながら、こう言った。


「お前ら、いいか。俺たちの最終目標は暗暮地方の夜泣市っていうとこで金を儲けることだ。そのために、まず広香市と……、河並市だったか?その2か所で自爆テロを行ってもらう。自爆テロに参加する人数は2チーム合計で8人。そし」

「ちょっといいですか?」


 リカルドの説明を遮るように言葉を発したのは、デッド・コマンドの自爆テロチームBの要員であるウナイだった。


「自爆テロの成功率がほとんど100%といっても過言ではありません。なぜ、自爆テロを広香市と河並市でするのに8人もいるんです?」


 元々険しかったリカルドの目がさらに険しくなった。自ら決めた絶対的な命令から逃れようとしているのか。ならば、生かしておく必要はない。リカルドは、ホルスターから拳銃を取り出して、銃弾を2発、ウナイめがけて放った。パン、パンという乾いた音とともに発射された銃弾がウナイの右の脇腹と左の肩に当たる。ウナイは、ゆっくりと倒れた。


 リカルドは、撃たれた右の脇腹と左の肩を両手で押さえながら床に丸まっているウナイに近づき、銃弾を2発続けて頭部に撃った。頭から出血した赤い液体が地面を侵食するように少しずつ広がっていく。ウナイはもう動いていない。肉の塊と化したウナイにリカルドが唾を吐き出す。


「おい、お前だ!お前!さっさとこっちに来い」


 リカルドに手招きされたのは、デッド・コマンドに入って間もない新入りのアダムだった。


「お前、名前はなんだ?」

「僕はアダムです」

「よし、アダム。お前は自爆テロチームBの要員として参加しろ。死んだこいつの代わりだ。返事は?」

「イエス」


 アダムのように自爆テロをリカルドから命じられる人間は少なくない。だが、これは実質的に死の宣告だと考えていい。断ると、リカルドに射殺。受け入れると、自爆テロによる爆死。では、自爆テロ作戦を途中で放棄して逃げた場合はどうなるのか。その場合は、体内に入れられたプラスチック爆弾が遠隔操作により起爆するだけだ。だから、結果的にはリカルドの命令に従うのが1番良い。リカルドの護衛の1人、ホセはそう思っていた。


「そして、参加する自爆テロチームAの要員は、キケ、トーノ、ヘスス、エデリオ。Bの要員はカルメン、アベル、フェデリコ、アダム。Aのリーダーはエデリオ、Bのリーダーはアベルだ。Aチームは広香市、Bチームは河並市で実行してもらう。1人でも多くの人間を巻き込むことを決して忘れるな!エデリオ、返事は?」 

「承知致しました」


 落ち着いた声でエデリオが答えた。リカルドが、エデリオからアベルに視線を移動させる。


「アベル」

「もちろんです」


 アベルもエデリオと同様に返事をした。A、Bそれぞれの自爆テロチームのリーダーが命令を引き受けたことでリカルドの目から険しさが少し消える。その後、リカルドはさらに詳しい自爆テロ作戦の説明を始めた。


 空が明るくなりつつある。夜の時間が終わり朝になろうとしている証拠だ。あと数時間もすれば、街の至る所で悪魔たちがその姿を現す。私たち教団は、神を出迎える神聖領域を作る前に、夜泣市から悪魔たちを排除しなければならない。その為に教団の信者が武器を持つ事は絶対に正しいはず。それなのに、新しく教団に加入したばかりの沼田マコトは未だに自分用の武器を持つ事を拒んでいる。私の役目は教団に対する疑念を持たない敬虔けいけんな信者を育てること。教団が定めたルールに逆らったらどんな目に遭うのか、分かるまでしっかりと教える必要がありそうだ。


 神聖領域実現教団の教育係である聖則章ひじりのりあきは、他の教育係2人と一緒に、教団に入ったばかりの信者に対して教育を行っていた。とは言ってもその数は10人にも満たない。表向きの理由では、教育係1人当たりの負担を減らして効率的に指導することを挙げているが実際は違う。複数の教育係が新入り信者の担当になることで、徹底した価値観の刷り込みを図ることが真の目的なのだ。


「次、光導こうどうルール8、音読100回。はじめ!」

光導こうどうルールその1、光導神こうどうしんの存在を信じること。光導ルールその2、光導神こうどうしんの他に神はいないと信じること。光導ルールその3、毎日、最低1回は祈祷を行うこと。光導ルールその4、光導神に対して嘘をつかないこと。光導ルールその5、光導神を信じる者を殺さないこと。光導ルールその6、悪魔の誘いに乗らないこと。光導ルールその7、悪魔に対抗できる武器を持つこと。光導ルールその8、光導神を迎え入れる場所を作ること……」


 信者がそれぞれのペースで音読を開始した。彼ら(信者)は、全員の音読が終わるまで嫌でも他の人が発する言葉を聞き続ければならない。だから、一部の信者はわざとゆっくりと音読をしようとする。だが、それが叶う事はない。なぜなら、必ず、教育係から叱責を受ける羽目になるからだ。そうして、同じことを繰り返していると、行為そのものは段々と機械的になっていく。するとどんなことが起こるのか。


 答えは簡単。思考停止だ。これに陥ると、人は考えることを辞めて無気力になる。信者が無気力状態になったら、教団のメンバーとして守るべき基本的事項を頭に叩き込んでいく。悪魔からすれば、こういった事は洗脳でしかないという。俺(聖則章ひじりのりあき)は、そうは思わない。むしろ、間違った価値観を矯正させてもらえる貴重な機会だと信者たちには自覚してほしい。


 何分経ったのだろうか。多くの信者は既に光導ルール8の音読を100回分終えていた。未だに、教団から配布されたテキストを持って音読している信者もいるが、もうすぐ終わるだろう。全員の音読が終われば、新入り信者は朝食に有り付ける。たった1人を除いては。


「音読終了!各自、食堂に移動せよ!」


 教育係の改重同染かいえどうせんが新入り信者たちを食堂に連れていく。彼らと一緒に食堂に向かおうとしていた沼田マコトは、教育係の1人である教学サクヤに止められた。


「なんで、僕だけ食堂に行かせてくれないんですか?お腹が空いたら、食事をするのは当然でしょう!」


 沼田マコトは抗議し、教学サクヤの制止を振り切って先に進もうとした。その瞬間、強烈な平打ちが沼田マコトの左の頬に当たった。何が起きたのか状況をつかめないまま、沼田マコトはゆっくりと教学サクヤと視線を合わせた。


「沼田には特別指導を受けてもらう。分かった?」

「嫌です」


 沼田マコトは教学サクヤの2発目のビンタを右の頬に食らった。沼田マコトは教学サクヤのいる位置とは反対側に逃げ出そうとする。しかし、沼田マコトの足はすぐに止まった。沼田マコトの背後には、聖則章ひじりのりあきという名前の教育係が立っていたのだ。沼田マコトは、この場から逃げれないことを悟った。


「沼田は、朝食抜きで特別指導を受ける。いいね?」

「はい……」


 従わざるを得ない状況に置かれた沼田マコトは、教団のおかしなルールに対する抵抗心をほとんど失くしてしまっていた。

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