70

70


 稽古をつけてくれているのはありがたいけど、やっぱり納得がいかない。だってあの時の言葉と矛盾しているから。


「でもさ、ミューリエは『死ぬ気でかかってきて、少しでも吸収しろ』って言ってたような……。だから僕は剣術を教えてくれるのかなぁって思ってたのに……」


 僕はポツリと愚痴をこぼした。それは独り言のつもりだったんだけど、どうやらミューリエにそれが聞こえていたらしい。


 直後、彼女は小さく息を呑むと、途端にばつが悪そうな顔をする。


「そ、それは別れるのを前提としていた時の話だ……。今とは状況が違う……」


「ふーん……」


「な、なんだその白い眼はッ!? そ、そんな眼で見ても、ダ、ダメだからなっ! アレスが剣を握るのは早すぎる!」


 激しく動揺して狼狽えているミューリエ。ついには頬を赤く染めながら『んんんんーッ!』と唸ってそっぽを向いてしまった。


 ミューリエがこんなに慌てふためく姿を見せるなんて珍しい。いつもはクールで落ち着いていて達観している感じなのに。でも今はちょっぴり可愛らしく見える。


 だから思わずクスッと僕の表情が緩む。


「それって少しは僕に期待してくれてるってことなのかな?」


「ま、まぁ、そうだな……。そうでなければ、とっくにパーティを解消しているところだ」


 こんな僕にミューリエは期待してくれている。それが分かっただけで嬉しい。


 だとしたら、がんばっていればいつかはきっと剣術を教えてくれるはず。その日が来るまで、今はひたすら基礎的な体力を付けるだけだ。


 僕は瞳に希望の光を輝かせ、ミューリエを見つめる。


「僕、がんばるね! 倒れるまで! この程度で負けたくないし!」


「……そうか。でも無理はしすぎるなよ? それと今回は特別に体力回復薬をアレスにやる。怪我をしたり体力が著しく低下したりした時に使うといい」


「ありがとっ!」


 僕はミューリエから体力回復薬の入った小瓶を受け取った。また、この時の彼女はいつになく嬉しそうだったような気がした。



 →14へ

https://kakuyomu.jp/works/16816927862192814506/episodes/16816927862193897100

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る