第49.5話 舞台裏にて
セイが楽屋で台本を確認していると、スマホが震えた。
見ると、太路からの着信である。
「オーディション合格おめでとう! 初演技で主演なんてやっぱり静はすごいよ!」
「ありがとう! すごい早いね。たった今情報解禁されたところなのに」
「静の情報を僕は見逃さないよ。解禁されるまで静は教えてくれないし」
「プロですから」
太路の笑い声が心地良い。
コンコン、とドアから音がする。
「ごめん、今楽屋なの。行かなきゃみたい。終わったら電話するね」
「うん。仕事がんばってね」
「ありがと。そうだ、ドラマの続報が出たら太路ちゃん、めちゃくちゃビックリすると思うよ」
「何?」
「言わなーい。また後でね」
電話を切って、はい、と声を掛けるとドアが開いた。
渡辺マネージャーが顔をのぞかせる。
「台本頭に入った?」
「入った!」
「セイ、それ違う番組の台本!」
「え、嘘」
「しっかりしてよ、リーダー」
「あと1週間だけじゃん」
「ヒマが復帰してもリーダーはセイのままなんだから、自覚持って」
誤報だったセイと違い、ヒマは元通りの復帰とはいかないらしい。
でも、リーダーはやっぱりヒマだ。ヒマがリーダーに戻るまで、セイはこのポジションを守ると決めている。
「渡辺さんが仕事入れすぎなんだよ。どれが何だか分かんない」
「無事に復帰したら文句言わずにどんな仕事でもする約束でしょ。僕があの一件でどれだけ大目玉喰らって減給までされたか」
「文句なんて言ってませーん。あ、こっちか」
渡辺マネージャーの訴えも右から左に、バッグから黄緑色の表紙の台本を取り出す。
その下の、初主演作のピンクの台本が視界に入って、思わずにやけてしまう。
「セイ、たまたま藤井くんも収録に来ててあいさつしたいってことなんだけど、入ってもらっていい?」
「藤井さんが? うん! ぜひぜひ!」
渡辺マネージャーが引っ込み、背の高い若い男性が失礼します、と入ってくる。
セイも立ち上がってお辞儀をすると、ローテーブルの向こうを手で示した。
「どうぞ、上がってください」
「失礼します」
穏やかに笑って靴を脱ぐ仕草を見ながら、意外と腰が低くて大人しそうな人だな、とセイは思った。
「初めまして、藤井拓己です」
「初めまして、七瀬静です」
互いにペコペコと頭を下げて、テーブルを挟んで座る。
「私、藤井さんってガナッシュのタークミストのイメージが強いんで、藤井拓己ですって言われると変な感じです」
自分も七瀬静ですって名乗ることに違和感がある。
セイが笑うと、タークミストは目を見開いた。
「もしかしてなんですけどセイちゃん、ガナッシュのイベント何度か来てくれてませんか?」
「え? 行ってます。うちの兄がガナッシュの大ファンで」
「やっぱり! 毎回最前列で全員のうちわ持ってものすごい大声で応援してくれる子ですよね!」
太路ちゃん、騒ぎすぎてガナッシュに覚えられてんじゃん……。
「全員のうちわは作ってるけど、太路ちゃんが一番好きなのはタークミストなんですよ」
「そうなんですか?! 俺らの中でも彼は特別です。俺らのファン1号だって、メンバー全員神と崇めてます」
「神?! とんでもない、ただのヘタレですよ」
「いやいや、彼はすごいです。どんな悪天候でも絶対に来てくれるし、いつも俺らが楽屋入りする時には観客席にいるし、下手したら俺らより熱量あるくらいだから彼の姿を見ると全員気合い入るんです」
誰より熱量あるのはすごく分かるなあ。
「それ、太路ちゃんに言ってもいいですか? 絶対喜ぶと思うので」
「ぜひ、次のイベントでは楽屋に来てもらいたいです。お話してみたいねってメンバーみんな言ってて」
「あはは! 太路ちゃん嬉しすぎて死ぬんじゃないかな。即死だ、きっと」
タークミストも破顔一笑してセイを見つめた。
「僕も嬉しいです。神の妹さんの相手役に選ばれるなんて、光栄です」
「主演なんて名ばかりで実は演技初めてなんです。ご指導お願いします」
「いやそんな、僕もまだまだ駆け出しなんで、一緒に切磋琢磨していきましょう」
「去年、新人賞獲った人が何言ってんですかー」
「いやー、あれはたまたま作品に恵まれたんであって」
へえ、すごく謙虚な人なんだ。
あの映画のタークミストの演技見て、私鳥肌立ったけど。
「今年は私が新人賞獲っちゃいますよ! タークミストも助演男優賞狙ってください!」
「ついて行きます! 座長!」
あはは! と笑い合って、セイは太路に言いたくて言いたくてしょうがないことを思い出した。
「まだ解禁情報じゃないけど、ドラマ主題歌でガナッシュがデビューするって太路ちゃんに言ってもいい? なぜデビューしない、って会うたびすごくうるさいの」
「それはダメ。解禁日まで待って。相手が神でも情報漏洩はしたくない」
「だよね。プロだもんね」
「うん。そこは譲れない。ごめんね」
タークミストが手を合わせるのを見て、セイは一緒に仕事をする日が待ち遠しい、と胸がワクワクするのを感じていた。
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