第49話 ライブジャック
お昼休みの中庭で、太路とニコちゃんはお弁当を食べ終えた。
「ネクジェネ初の野外ライブまであと1時間くらいか。静は現場にも行かせてもらえないらしい」
「初めてなのに、3人だけなんて……」
「見る?」
「見れません」
無料配信されるから、アプリさえ入れれば誰でも見られる。
5人グループの内2人も活動休止中の異例のライブとあって、興味本位で見る人も多いだろうとネット記事になっていた。
「早めに教室に戻ろうか。5時間目は体育だし」
「はい」
静が太路の家に来て、太路は兄だと公表すると言ってから早1週間。
特に静の動きはない。
僕と静は恋人ではない。熱愛報道は誤報である。
あの静が大人しく不当な活動休止を受け入れているのが太路には不気味だった。
体育を終え、男子ばかりがワイワイと騒がしい教室で太路だけはポツンとひとり着替えを済ませて席に座っていた。
「あの、ヒーロー」
「ごめん、トイレ」
徳永くんが話しかけると太路は立ち上がる。
「修栄、もう構うなよ。あんなんヒーローでもなんでもねえよ。ただの二股男じゃん」
静が公表すると言ったから、太路の口から事実を説明する気はなかった。
何を聞いても何も答えない太路に、みんな愛想を尽かしていた。
尿意はないが教室を出ようとした太路の耳に、クラスメイトの大声が届く。
「セイがライブジャックしてる!」
「マジか! 活動休止中なのに乱入してんじゃん!」
「この兄ちゃんめっちゃ強いな。ガードマンなぎ払ってる」
ジャック? 兄ちゃん?
「おい!」
抗議も無視して、太路はクラスメイトのスマホを奪って画面を見た。
ステージ上で私服の静がマイクを握り、止めに入る警備員の男性たちを健太が引きはがしている。
「皆さんに見てほしい写真があります! スクリーンにご注目ください!」
静が言うと、3つの大きなスクリーンに画像が映される。
泣いている静としゃがみ込んで静の頭をなでている太路、公園のベンチで太路にひざ枕される静、手を繋いで歩く太路と静などなどの画像が次々と。
火に油を注ぐようなマネを……静、何考えてるんだ。
健ちゃんも止めずに好きにさせちゃうんだから、静に甘すぎる!
画面の中からも大きなブーイングが起き、外からは冷たく痛い視線が太路に突き刺さる。
「みんな! カモン!」
静の呼びかけで近所の人たち、佐藤のおじさん、鈴木のばあちゃん、高橋のじいちゃん、田中のおっさん、伊藤仙人が興奮しきりにステージに出てくる。
耳が遠くて歓声とブーイングの違いが分かってないのかな。
じいさんばあさんを映すのにカメラワークが動き、早口で文句を言ってそうなエマが見えた。
初の野外ライブをぶち壊されたんじゃ、当然である。
「みんな、これらの写真を見た感想を教えて!」
静が佐藤のおじさんにマイクを渡す。
太路は佐藤のおじさんの地声が大きいことを思い出したが、スマホを持っているので耳をふさげなかった。
「本当に仲の良い兄妹だよなあ! 静ちゃんがデビューして寮に入っちまうまでは毎日のように見てた光景よ! 懐かしい!」
笑顔でそう言うと、佐藤のおじさんは隣の鈴木のばあちゃんにマイクを渡した。
「地元のスターをこんな大画面で見れて感無量ださあ。太路ちゃんもいい顔しとる、さすが静ちゃんのバッテリーだあ」
「なんで活動休止なんかしてんだ! 静ちゃんが何か悪いことしたってのか! 俺ぁ納得できねえ!」
「そうだよ! 静ちゃんと太路ちゃんが仲良いのは当たり前のことじゃねえか!」
「んだんだ。兄妹は仲良くあるべきさ。おらたつぁみぃんな、静ちゃんと太路ちゃんと健ちゃんの元気な姿を見守ってきたぁ」
最後に、健太がマイクを握る。
「健ちゃんて俺ね。これらの写真を撮ったのも俺。そもそも二人きりじゃねえ。俺もいた」
だいぶ離れているが、健太がマイクを投げ、静が慌ててつかむ。
「健ちゃん! マイクを乱暴に扱わないで!」
声は聞こえないが、健ちゃんわりーわりー言ってるんだろうな、と太路は思った。
「健ちゃん、太路ちゃんは私の兄です! 熱愛報道なんかじゃない、ただの兄妹の写真です! 私はめちゃくちゃ泣き虫でめっっちゃくちゃ甘えん坊なんです!!」
おおっ、と会場からも教室からも野太いどよめきが上がる。
静、何の宣言をしてるんだ……。
「私はファンの皆さんを一番大切に思っています。もしも彼氏ができたなら、隠さないでファンの皆さんに納得していただけるようにさらけ出すと約束します」
ファンにそんな約束するアイドル、見たことないよ、静……。
次には何を言うかと、太路はハラハラしてきた。こんな勝手なマネをして、余計にファンの反感を買うんじゃないだろうか。
「甘えん坊だとバレたからには、ファンの皆さんにも甘えていきますよ! みんな! 私に甘えられたいかー!」
「うおおおおおおお!」
スマホからも周りからも大きな歓声が上がって、太路はビクッとした。
「マジかよ! あの強気キャラで泣き虫って!」
「甘えられたい! ベッタベタに甘えられたい!」
音楽が流れだす。健太が背中を叩いてじいさんばあさんははけて行き、静がステージのセンターでマイクを下に向けてうつむいた。
ミオが静の左斜め後ろに走り、静と同じくうつむく。その更に斜め後ろにユイナが立った。
これは……ネクジェネのデビュー曲だ。
最後にエマが静の右斜め後ろにひとり分のスペースを空けてうつむいた。デビュー曲のスタンバイ完了である。
静だけが私服なのも気にならない、圧倒的なパフォーマンス。
食べるものもなかった3歳の頃から生きるために磨き上げてきた、静の12年のアイドル人生を煮詰めたような濃さ。
「……セイちゃんが戻ってきた……」
いつの間にか女子も教室に戻っていたらしい。
すぐ隣でニコちゃんが感動の面持ちで画面を見つめている。
「まったく、ライブをジャックして弁明なんてめちゃくちゃだよ。静らしい」
「強引に復帰しちゃいましたね。このパフォーマンスを見てしまったら、ファンは絶対に活動休止なんて認めません」
「事務所が味方にならないなら、ファンを味方につける、か」
「セイちゃんが今までファンに誠実だったからこそですよ」
「本当に、静はすごいな」
静には小さい頃から、初めて静を見た時から何度となく骨身に染みさせられる。
静は地元のスターであり、スーパーヒーローだ。
自分は真なるヘタレであると無抵抗に受け入れられた。
「すごい! こんな人が妹だなんて、ヒーローやっぱ半端ねえっす!」
「ヒーロー、最低なんて言ってごめん! セイ最高!」
「誤解してごめんね! ちゃんと言ってくれれば良かったのに」
徳永くんがキラキラ輝く目で太路を見る。
珠莉と結は両手を合わせて頭を下げた。
すごいすごい、とみんなが太路をはやし立てる。
太路は深いため息をついた。
「幼なじみが妹になってアイドルになっただけだ。僕は何もしていない。僕はただの真なるヘタレである」
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