第48話 私のお兄ちゃん
静が一ノ瀬家に引き取られた夜、静はなかなか寝付けなかった。
いつもひとりで布団もなく、夏は暑い、冬は寒い中で寝ていた。
なのに、3つ並べられた布団の真ん中で、突然妹ができたのが嬉しくて、かわいくてしょうがない二人の兄が自分を抱きしめるようにして寝ている。
静がとっくに寝ているものと思っていた太路の母親は、帰ってきた父親に事の顛末を話した。
「でね、私の邪魔をしないように静かにしててほしくて静って名付けたのに全然静かじゃない。あんな子いらないって言うから、じゃあ私がもらうってもらって来た」
「もらって来たって……静の父親は? 訴えられたりしない? 誘拐だ! とか」
「妊娠したって言ったら向こうから逃げたらしいから、今さら騒がないでしょ。連絡も取れないらしいもん」
「不憫な……あんなにかわいい子そうそういないのになあ」
「かわいいから焦ってんのよ。静が成長したら彼氏を取られるって」
「成長したら日本一の美少女になるんじゃない?」
「私があの子を日本一うるさい美少女に育ててみせる。あんな女の思惑なんかぶち壊してやるわ!」
「ママが育てたら普通にうるさい子に育つだろうねえ」
おおらかで豪快でズボラな母親は、ふすまが細く開いていることに気付いていなかった。
起き上がった静は、母親がひざ枕しながら父親の髪を優しくなでている光景が目に焼き付いた。
太路が点数の悪いテストを隠していたのが母親に見つかった時のような顔をしている。
「太路ちゃん、この人は? どうして家にいるの?」
一ノ瀬家は、部屋に入れば静がこの家の子供であると即バレる仕様になっている。
太路は、静のデビューにあたり家族会議で
「友達なんかいらない。誰も家に呼ばないから、静が寮に入らないといけないなら静の写真をいっぱい飾りたい」
と発言し、自ら家を七瀬静博物館に仕上げた張本人である。
「静、約束破って本当にごめん。熱愛報道のせいで誤解が生まれちゃって、どうしても僕、ニコちゃんの誤解を解きたくて話しちゃったんだ」
この子……25番ニコちゃんの誤解を解きたくて、太路ちゃんは私との約束を破った。
「知っちゃったんなら、もう太路ちゃんには近付かないで。オーディションは終わったんだし、プロデューサーの仕事もおしまいでしょ」
キッと静がニコちゃんをにらみつけた。
ニコちゃんはさっきから震えが止まらない。
「セイちゃんだ……本物のセイちゃん……」
力が抜けて崩れ落ちそうになるニコちゃんを太路が慌てて支える。
「しっかりして、ニコちゃん。本物の静だけど、うちにいるのはアイドルのセイじゃない。僕の妹の静だよ」
「だけど……セイちゃん……」
「大丈夫だから落ち着いて。そうだよ、静だよ。僕の妹だ」
「い……妹……」
「そう、妹。ネクジェネのセイじゃなくて、ごく普通の15歳の僕の妹」
……妹……。
静は、太路から妹と言われるのが悲しいのは初めてだった。
「私は本当の妹じゃないでしょ。七瀬静だもん、一ノ瀬太路とは幼なじみなの」
静が太路の腕にしがみつく。
太路はニコちゃんを支えているから、静とニコちゃんの距離がグッと縮まった。
「かわいいっ……」
「ニコちゃん! しっかりして!」
半ば意識のないニコちゃんに太路が必死に呼びかける。
「ニコちゃん! 静も今言ったように、これはネクジェネのセイじゃなくて七瀬静だから落ち着いて! 帰って来て!」
「そういう意味じゃないもん!」
太路は汗をかきながらニコちゃんを励まし、落ち着かせようとニコちゃんに言葉を向けている。
「太路ちゃん!」
「ちょっと待って、静。ニコちゃんは静の大ファンなんだよ。だから、本物の静を見て錯乱しちゃってるんだ」
ファン……そうだった。
太路ちゃんが言ってた。この子は、私が大好きで私に憧れてオーディションを受けた私のファン。
「静はファンを何より一番大事にしてるでしょ。静も手伝って」
静はデビューしてからというもの、ずっと私ほどファンを大切に思っているアイドルはいない、ファンが一番大事、と太路に言い続けてきた。
嘘じゃない。
私は本当に、応援してくれるファンが一番、大切……。
静は靴を脱いで玄関に上がり込むと、正座した。
「その子、カモン!」
「カモン?」
「寝かせて」
静が自分の太ももをパンパンと叩く。
ああ、と理解した太路がニコちゃんを横たわらせ、静のひざ枕で寝かせる。
「セッ……セイちゃ……」
「こーんなに近付いたらもう怖いもんナシっしょ」
静がニコちゃんの頭をなでると、ニコちゃんはもう夢か現実かすら分からなくなる。
「静、荒療治が過ぎないか?」
「私を応援してくれてありがとう。ちょっと、今は活動休止してるけど、すぐに復活するから引き続き応援よろしくね」
静は太路を無視して、涙を流しながら震えるニコちゃんに微笑んだ。
「そっちの誤解も解けたの?」
「これから。太路ちゃんは私のお兄ちゃんだって公表する。もう平穏な学校生活なんか送れなくなるから覚悟しといてね」
「それなら気にする必要はない。とっくに平穏な学校生活なんて崩壊してるよ」
太路の笑顔を思い出しながら、静はひとりで駅へと向かっていた。
太路ちゃんのママとパパみたいな仲の良い夫婦に憧れてた。
……いつも、私がひざ枕してもらってたけど。
太路ちゃんはもう、私だけを励まして甘やかしてはくれない……。
すぐそばで車が急停車して一瞬ひかれるかと静は身構えた。
運転席のウインドウが下がる。
「セイ! 勝手に出歩かないで! 車に乗って!」
「渡辺さん。迎えに来てくれたの? ありがとー」
「行先も言わずに抜け出しといてその態度、すごいね」
マネージャー本人はてんで引き締まった顔をしていなくても、マネージャーの顔を見ると気持ちが引き締まる。
いつまでも活動休止なんて絶対に嫌。
私は応援してくれるファンのために、強引にでも復活してみせる。
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