第47話 一ノ瀬家
ニコちゃんの誤解を解きたい。静は僕の恋人などではない。妹だ。
強い意志を持って突っ立っていると、ニコちゃんが自宅マンションに帰ってきた。
先回りしてロビーの奥で待ち伏せていた太路に気付いたニコちゃんはクルリと背を向ける。
「待って! ニコちゃん、僕の家に来てほしい」
「家? ……いいんですか?」
太路はこれまで、ニコちゃんに対しても徳永くんたち友達に対しても、家に行きたいと言われても絶対に拒絶していた。
太路の家は昭和を感じさせる小ぶりな一軒家である。
その中は、まるで七瀬静博物館。
静の小学校入学式の写真やら、運動会、発表会、二分の一成人式、日常のスナップ写真などなど、静の成長が見渡せる。
そして、ネクジェネのグッズも多数ある。
セイのメンカラ、グリーンのグッズでないものはない。
非売品含め、すべて揃っている。本人に持って帰ってきてと頼んであるから。
「これは……」
セイのファンであるニコちゃんが言葉を失うのも当然である。
「静は僕の妹なんだ」
「妹?」
「そう。血のつながりがないだけの妹」
「血のつながりがない……妹?」
「そう。血のつながりがないだけの妹」
何度か同じやり取りをしてもニコちゃんの顔は疑問符だらけである。
太路にしても、自分たち、健太、太路、静が兄妹として暮らしていたのが普通だとは思っていない。
「元々は近所に住む幼なじみだった。だけど、僕の母親が静をうちの家族として引き取ったんだ。それから今までの10年、僕と静は兄妹として生きてきた」
ニコちゃんは、一際小さな静を真ん中に守るように笑顔で見つめる太路と健太も写る写真をじっと見ていた。
「すごく……仲が良さそうで、羨ましいです」
「ニコちゃんはひとりっ子だものね」
「はい」
「その写真はね、まだ静が小学校1年生の頃だね。今も小さいけど、すごく小さいでしょ。静は食べたことのないものが多くて、慣れないものは食べたがらなかったんだ。母さんが静も食べられるようにいろいろ工夫してた。で、一番苦手だったピーマンを食べられた時の記念写真」
「記念写真」
フフッとニコちゃんが笑う。
「こっちは静が初めて学校で25メートル泳げた時の記念写真かな。すごいんだよ、1メートルも泳げなかったのにひと夏で25メートルいけたの」
「すごいですね。私いまだに泳げません」
「コツをつかんだらいくらでも泳げるようになったって言ってたよ。僕もまだコツつかんでないんだけど」
「これは何ですか?」
「これはうちに来て初めてのクリスマスだね。静、サンタクロースを知らなくて、朝起きてプレゼントが置かれてるの見て泥棒が入ったって大騒ぎして」
「私、去年までいい子じゃなかったんだなあ」
と静がつぶやいたのを聞いた太路の父親が、笑って静の頭に手を乗せた。
「前の家には煙突がなかっただろう? この家には使ってないけど煙突があるからね」
「サンタさんだけじゃなくって泥棒も入れちゃう!」
「俺が返り討ちにしてやるよ。安心しろ、静」
「健ちゃんのいる家にはわざわざ泥棒も来ないかあ」
「どういう意味だ」
「だって、健ちゃん近付いちゃダメな人なんでしょー。先生が言ってたよ。髪の毛が変な色の人には近付いちゃダメって」
静の言葉が余程こたえたのか、なかなか気合いの入ったヤンキーだった健ちゃんが髪を黒くして、悪い仲間ともだんだん遊ばなくなった。懐かしい。昔の健ちゃんはたしかに近付いちゃダメな人だった。
一通り七瀬静博物館を堪能したニコちゃんが頭を下げた。
「ごめんなさい。一ノ瀬くんとセイちゃんが恋人なんだと思ったら、なんだか一ノ瀬くんの顔を見るのが辛くなってしまって……逃げたりして、ごめんなさい」
「分かってもらえたらそれでいい。僕も、待ち伏せなんてストーカーじみたことをして悪かった。ニコちゃんに避けられるのが耐えられなくて、どうしても誤解を解きたかったんだ」
「よく分かりました。一ノ瀬くんにとって、セイちゃんは大切な家族なんですね」
ニコちゃんがニッコリ微笑む。
太路もホッとして、笑みがこぼれた。
「それじゃあ、また明日。あ、また写真見せてもらいに来てもいいですか?」
「いいけど、絶対に誰にも言わないでね。静から絶対に言うなって強く言われてるから」
「え? いいんですか? 私に言っちゃって」
良くはない。
だが、言ってしまったことを黙っておくこともできない。静、怒るかなあ……。
ニコちゃんを見送りに来た玄関のドアがバシッと勢い良く開く。
昭和の引き戸が大きな音を立て、ドアのすぐ前に立っていたニコちゃんが驚いてビクッと体を震わせた。
「え……セイちゃん?!」
地元の駅に着くといつも、静はメガネやマスクや帽子などの変装を解く。
実家に帰ったら知らない女の子がいて、静は声もなく驚いた。
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