第46話 流出

 ニコちゃんと共に教室に戻った瞬間、太路はクラスメイトたちからの異様な視線を感じた。


 4月にこの1年1組の一員になって、ずっと羨望の眼差しを受け続けていたが、明らかに軽蔑の眼差しだ。


「ヒーロー、これはどういうことですか」


 徳永くんがスマホ画面を突きつける。

 ネットニュースの記事だ。


「え! 静が?!」


 ネクジェネのリーダー、セイが熱愛報道を受けすでに活動休止、という大見出しに太路は大いに驚いた。


「白々しい。これ、相手の男うちの制服ですよね」


 顔にはモザイクがかかっているが、静の隣に写る男は今太路が着ている制服と全く同じ服装である。


「いろはって彼女がいながら浮気してたのかよ! 最低」

「ヒロインとアイドルと二股なんて信じらんない」


 珠莉と結が冷たい目を向ける。


「僕だと決めつけるのはおかしいじゃないか。この学校の生徒ではあるんだろうけれども」


 言いながら、事実太路なのだから後々自分の首を絞める気はしていた。

 だが、そもそもニコちゃんは彼女ではないのに嘘をついていたし、静が幼なじみであることは隠し通さないといけないし、太路にはどうすればこの誤解が丸く収まるのかまるで見当がつかなかった。


「モザイク処理前の画像が流出してるんですよ。これでも自分じゃないって言うんですか」


 次に突き付けられた画面には、静と笑い合う太路の顔がハッキリと写っていた。


「なんでこんな画像が……」

「立て続けの熱愛発覚に嫌気が差した事務所関係者が流出させたと言われています」

「熱愛?」


 改めて記事を読むと、前リーダーヒマワリの活動休止にショックを受けたセイのために故郷から恋人が慰めに来た、と書かれている。


「まだ中学生のセイと同棲までしてたなんて。この日、ハッキリ覚えてる。いろはのレッスンほったらかして帰ったよね」

「ヒーローがそんな人だとは思わなかった。いろはの気持ちも考えなよ。いろはがどれだけ傷つくか」


 あ! ニコちゃん!


 クラスメイトに取り囲まれている中からニコちゃんへと振り返る。

 同時にニコちゃんがクルリと背を向けて教室を出て行ってしまった。


「ニコちゃん! 誤解だ!」

「何が誤解だってのよ!」

「静は恋人なんかじゃない! ニコちゃん! 静は僕の妹なんだ!」

「ええっ?!」

「妹?!」


 人垣を必死にかき分け、ニコちゃんを追う。

 廊下に出ると、すでにニコちゃんの姿は見えない。


 ニコちゃん……中庭だろうか。

 僕たちは毎日、中庭で弁当を食べている。


 いない……音楽室だろうか。

 僕たちは毎日、音楽室でレッスンを続けてきた。


 音楽室にもニコちゃんはいない。

 どこに行ってしまったんだ……。


 予鈴が鳴り、仕方なく教室に戻る。

 太路の隣の席に小さな背中を丸めたニコちゃんがいた。


「ニコちゃ――」

「ヒーロー! 妹ってどういうことですか?!」

「セイって、一ノ瀬セイじゃないよね」

「ナナセセイかなんか言いにくい名前だったと思うの」


 また取り囲まれて質問攻めである。

 太路は何も答える気になれず、深いため息をついた。


 教室はダメだ。

 全然ニコちゃんと話ができない。


 チャイムが鳴り教師が入ってくると、みんな渋々太路から離れる。


 やっと解放された太路も席に着いた。


 はあ……なんでこんなことに……。


 活動休止だなんて、静は大丈夫なんだろうか。

 ヒマさんも静もいないネクジェネで活動は続けられるのかな。


 3歳の頃からアイドルのマネをし、生きるために食べ物を得るべく歌い踊っていた静。

 アイドルは静のすべてと言っても過言じゃない。


 母さんがオーディションを見つけて、静が挑戦して合格を勝ち獲り、今のネクストジェネレーションのセイがいる。


 僕のせいで、静のアイドルとしての居場所が奪われてしまった……。


 隣の女子生徒を見ると、無表情で教科書に目を落としている。


 僕がちゃんと静の話をしていれば、こんな誤解は生まれなかったのに。

 ニコちゃんに話しておくべきだった。静は血がつながらないだけの僕の妹だって。



 静の面倒をまるで見なかった静の母親。

 小学校入学準備の時期に、いつものようにボロボロの服を着た静が一ノ瀬家を訪ねた。


 太路の母親と太路が出ると、


「余ってるランドセルない?」


 と静が笑った。


「太路が去年小学生になったところだから、余ってるのはないわね」

「だよね。誰かランドセル余ってたらもらえないか聞いてほしい」


 静のお母さんは静のランドセルを買わないんだ、と太路にも分かった。


 タタッと駆けだした静を太路の母親は呼び留めた。

 静にうちにいるように言うとどこかへ出かけて行き、戻ってきたら太路と静に言った。


「今日から静はうちの子だよ。太路はお兄ちゃん、静は妹。仲良くするんだよ」

「ただいまー。おー、静、いらっしゃい」

「おかえり。健太、いらっしゃいじゃないの。静もうちの子だから」

「は?」


 世話焼きでおおらかで豪快な太路の母親の独断で、静は一ノ瀬家の末っ子になった。

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