第44.5話 舞台裏にて
早朝4時からピーンポーンとインターホンが鳴る。
目が覚めたセイは寝ぼけたまま何の警戒もせずにドアを開けた。
「セイ、急いで着替えて荷物をまとめて」
「……渡辺さん?」
セイがリーダーになってから連絡を取り合うようにはなったが、渡辺マネージャーが家に来たのは初めてだった。
「なんでですか。荷物まとめてどこ行くんですか」
「マスコミが集まる前に事務所で雲隠れしてもらう」
「マスコミ?」
「セイが太路くんに会いに行かないようスケジュールを組んでたのに、まさか太路くんの方から来てたとはね」
ニコニコと嘘くさいほどに笑顔を絶やさない渡辺マネージャーの苦々しい物言いに、まずいことが起きている、とセイは直感した。
事務所に着くと、入ったことのない重厚なドアの部屋に通され、見たことはあるが話したことはないたぶん偉いんであろう中年男性が仏頂面でセイを迎え入れた。
「セイは今日から活動休止だ。後日、報道が出たと同時に公表する。まったく、ヒマの件があってセイまで。管理能力がなさすぎるだろ」
「すみません……」
セイの隣で渡辺マネージャーが小さくなる。
セイは中年男性が机の上に広げた4枚の写真が目に入った。
「どういうことですか。私が活動休止なんてどうして」
「これ見て分からないってことはないだろう」
「分かりません」
写真には、並んで歩くセイと太路の後ろ姿、涙を流しているセイとセイの髪をなでる太路、笑い合うセイと太路、太路を抱きしめるセイの頭と背中に手をやる太路が写っていた。
「この短期間に続けて熱愛報道なんて、ほんとどんな指導してんの」
「すみません……」
熱愛報道?
セイは顔が急激に熱くなるのを感じた。
自分と太路が恋人同士だと思われている。
「ちっ……違います、太路ちゃんは兄同然です。熱愛なんかじゃ」
「ひとつ年上の幼なじみだろ。そんなことは分かってる。だが、世間に公表されるのは落ち込んだセイのために故郷から駆け付けるデビュー前まで同棲していた恋人、だ」
「同棲……同棲?! 違います! 私は太路ちゃんのお母さんに拾われて一緒に住まわせてもらってただけで」
「だから、それも分かってる。だが今は家にその子ひとりなんだろ?」
だって、おばさんは亡くなっちゃったから……。
「はあ……太路くんが女の子だったらなあ……。わざわざセイのために故郷から駆け付ける同性の幼なじみだったら美談なのに」
「どうして異性だったら活動休止で同性だったら美談なの?! 私と太路ちゃんは兄妹同然に同じ家で育ててもらったって事実は変わらないのに」
セイに詰め寄られた渡辺マネージャーが中年男性に助けを求める。
「セイ、当人の認識はどうあれ、客観的にどう見えるか考えろ。ヒマでした失敗を繰り返すわけにはいかない。今日から活動休止して事務室の仕事を手伝ってもらう」
客観的に……客観的に見たら、私はアイドルとしてしてはいけないことをしてたの?
太路ちゃんが来てくれて、すごく嬉しかったのに。
太路ちゃんが来てくれなかったら、私はきっと泣いてばかりで笑えなくなってた。
だだっ広い部屋に5~6個の机が固まって配置されている。
そんな机の塊が3つある。セイは事務室に入ったのは初めてだった。
10時になり、コーヒーを淹れるために事務室を見回すと、席を外している人が多く3人しかいない。
「コーヒーどうぞ」
「うー……あ、ありがとう。まあ、ほとぼりが冷めるまでの我慢だよ。にゃんにゃん写真が出るわけじゃないし」
「にゃん?」
30代くらいの男性スタッフが頭を抱えていたが、セイを見ると笑った。
何も重く考えることはなさそうな能天気な笑顔にちょっとだけセイの心が軽くなる。
「そうだ。セイちゃんから見て、この子どう思う?」
この人、ネクジェネ・サードエディションオーディションのスタッフさんなんだ。
指差したパソコンには参加者の配信が映っている。
顔出ししないで1次通過したんだ。すごい。
太路ちゃんの友達以外にもいたんだな。
ベージュの落ち着いた色味のワンピースで、顔が映らないように調整しているんだろうがほとんど足しか映っていない。
「どうもこうも……」
「この子、初めの頃一通りチェックしてたらあまりにも下手過ぎで気になってたんだけど、短期間ですげえ上達してんの。こりゃあ伸びしろあるなと思って注目してるんだ」
「伸びしろあるなら、拾い上げてもいいんじゃないですか」
「いやー、この子を上げると今仮で上げてる子から誰か落とさないといけなくてさあ」
「そっか、最大15人まででしたっけ」
これだけ見ても何とも言えないなあ。
でも、ステップはできてると思うし、重心の取り方も上手い。たしかに伸びしろありそう……あ。
「25番……」
この子が「ニコちゃん」……私と同い年なのに、太路ちゃんのクラスメイトで一緒にお弁当食べたり学校で「彼女」設定の子。
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