第44話 陽キャたちとヒーロー

 太路の手元には成績表がある。

 期末テストの結果が出揃った。


「ヒーロー、意外と頭悪いんすね」

「徳永くんほどの成績の者からならそれくらいズバッと言われた方が気持ちがいいものだな」

「いやヒーロー、普通に失礼だろって怒っていいから」

「影山さんの方がヒーローより点数下じゃん。やっぱギャルはバカ」

「私より下の真面目ちゃんの前でバカ言うなよ。かわいそうだろ」


 太路、徳永くん、珠莉、結の視線がニコちゃんに注がれる。


「ま、まあ、仮想オーディションのために全然テスト勉強できていなかったからね」

「なんで仮想なのにわざわざテストと被る日程に設定したんだよ」


 珠莉はなかなか鋭いな。

 太路の頭では説得力のある理由付けが思いつかなかったので必殺聞こえないフリでしのぐことにした。

 ニコちゃんの成績表を手に取る。


「現文だけは平均以上取れてるんだね」

「なら大丈夫! 国語ができる人は地頭はいいんだよ。ちゃんと勉強したらすぐに取り戻せる!」

「はい! ありがとうございます!」


 徳永くん、僕の成績は現文が一番悪いんだが。

 ニコちゃんが元気を取り戻したので良しとしよう。


「終わったことをどうこう言ってもしょうがないっすよ! カラオケ行きましょ、カラオケ!」


 今日は4時間目で終わりである。太路が目撃しただけでも、徳永くんは3グループからの遊びの誘いを断っていた。

 初見の時、気になった太路は尋ねた。


「断ったりして気まずくならないの? 僕たちならまた日を改めてでも」


 というか、徳永くんが言い出しっぺなのだから、やっぱナシで、と決定権は徳永くんにあるのに、と太路には思えた。


「なんないっすよ。予定が被ることなんかしょっちゅうじゃないっすか」


 太路は、自分と徳永くんのこれまでの人生の違いをこれほど感じたひと言はなかった。


 カラオケでは、念のため検索したがやはりデビューもしてないガナッシュの曲があるはずもなく、僕はいい、と太路が言えば徳永くんは無理強いはせず、歌いたくてウズウズしてきた辺りで


「俺やっぱヒーローの歌聞きたいっす! お願い! ヒーロー!」


 とかわいく両手を合わせてきた。

 しょうがない、いいよ、ととても乗っかりやすかった。


 ドリンクバーで名もないジュースを作って飲んだり、珠莉や結が悪ノリしてタンバリンとマラカスで徳永くんの歌を妨害しようとしたり、珠莉に教えてもらったアプリで写真を撮ったらウサギに変身して爆笑されたりしているうちに、あっという間に時間が過ぎた。


「また来ようね! 徳永くん!」

「ぜひ!」

「修栄が歌上手いのは当然として、珠莉も上手いとは思わなかった~。この見た目でバラード超美声」

「結こそ、修栄のアドバイスでめっちゃ上達したじゃん。すげー隠れた才能ーって感じ」

「珠莉も結も元々の声質がいいんだよ」

「いろはだけは全然変わんなかったね。これが限界って感じ。ウケるー」

「やめろよ、結。気にすんな、いろは。私いろはの声好きだよ。蚊の羽音と同じで耳に残る」

「はい! ありがとうございます!」


 オーディションのために静のソロ曲、マーメイドメロンならだいぶ歌えるようになったニコちゃんだが、残念ながらなかった。


 そんなことよりも、太路はたった一度のカラオケですっかりマブダチな陽キャたちに驚いていた。


「じゃーねー! 私こっちだから」

「俺あっち。ヒーロー、みんな、また明日!」

「私そっち。バイバーイ!」


 遊び慣れている人たちは去り際まで鮮やかだ……太路は完全に取り残されていた。

 そして、ニコちゃんも。


「だいぶ女子二人に絡まれてたね。疲れたんじゃない?」

「とっても楽しかったです! 私今まで友達いなかったんで、友達と遊ぶのってこんな感じなんだって漫画の世界に入り込んだみたい!」

「奇遇だね。僕も同じ気持ちだよ」


 他人となんて関わりたくないとしか思わなかった。

 だけど、友達と他人はまるで違うんだと知った。

 静や健太、身内ともまた違う。これが友達。


 スマホを取り出し、配信アプリをチェックする。


「1日中配信してる人も多いね。最終日なのに遊んでて良かったの?」

「はい! ひとりで配信してるより、よっぽどいい結果になりそうです」

「顔出ししてたら絶対合格なのにな。その笑顔を見たら誰だって応援したいと思うよ」

「えっ……あ、ありがとうございます」

「急いで帰ろう。気持ちは声にも表れるから、このまま最後のアピールだ」

「はい!」


 いける!

 投げ銭は到底合格ラインに乗れないが、静が2次は事務所の拾い上げがあると言っていた。

 みんなに評価されなくとも、スタッフのひとりに刺さればいい。


 今のニコちゃんが心に刺さらない人なんていない。

 スタッフの目に留まりさえすれば合格できる!

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