第43話 うまい嘘
ニコちゃんがちゃんとリズムに乗って、多少のぎこちなさはあれども振付を間違えることもなく、踊り終えた。
「おおー! すごい! 仕上がってるね!」
「いっつも足ぐねるとこもちゃんとできてた!」
「やるじゃん、見和!」
ダンスの結、歌の徳永くん、ピアノの珠莉が拍手を送る。
ありがとうございます、ありがとうございます、とニコちゃんがペコペコ頭を下げる。
まるで人形みたいだなあ、と太路は腹話術師の相棒である人形を思い出した。
続いてはピアノだ。
これはオーディション結果に直接の関係はないが、ファンへの感謝を伝えるために失敗できない、とむしろニコちゃんは一番気合いが入っている。
「いいよ、見和! 綺麗な音出てるよ!」
「いっつも指つるとこもちゃんとできてた!」
「見和さん、すごーい!」
珠莉、徳永くん、結がまた大きな拍手をくれる。また頭をペコペコしてるニコちゃんを見て、太路はロックバンドのファンが見せる激しいヘッドバンキングを思い出した。
最後は最大の問題、歌である。
見違えるように声は出るようになったけれど、太路が聞いても音程が不安定でお世辞にも上手いとは言えない。
「上手いよ、見和! 七つの子が歌えるオウムのピーちゃんより上手い!」
「いっつも声裏返るとこはちゃんと裏返ってたね」
「あはは! 見和、おもしれえー!」
お世辞を絞り出した徳永くんに、太路はやはり君こそ誰にでもふわふわ言葉を見つけられるヒーローだ、と感心した。
結と珠莉は容赦なく爆笑である。
「練習時間がなさすぎたか……明日が最終日だというのに」
太路は悔しくてたまらず、床に顔が付きそうなほどに腰が折れる。
「てかさ、何のためにピアノやダンスや歌の練習してんの? 毎日毎日さあ」
「そう言えば聞いてなかったね。明日、何の最終日なの?」
「ピアノ、ダンス、歌。オーディションか何かっすか」
ついにその疑問を持たれてしまったか。いや、よく今まで何の疑問もなく講師をしてくれていたものだ。
ニコちゃんを見ると、真っ赤な顔をしてうつむいている。
やはり、アイドルのオーディションを受けていることは知られたくないらしい。すでに徳永くんが正解にたどり着いているけれども。
「僕は将来、プロデューサーになりたいと思っている。だから、僕が彼女をプロデュースする、という設定の仮想オーディションをしているんだ」
太路はとっさに嘘をついた。
これでも、真実と嘘を織り交ぜた、これまでの人生で一番うまい嘘だった。
「仮想オーディション?」
「そう。僕は大好きな男性アイドルのプロデュースに関わりたい。彼女は女性だけど、そこはまあ、協力してくれるなら性別はどっちでもいいかと思って」
「いや、アイドルって性別めっちゃ大事くね?」
「ああ! ガナッシュっすね!」
「そう!」
鋭い珠莉の指摘を覆いかぶせるボイストレーナーの息子の声。
「ええー、ヒーロー、男子なのに男性アイドルが好きなの?」
クスクスと結が笑う。
うっ……。
こうなることは容易に想像できたからこそ、太路はこれまで徳永くんにしかガナッシュのファンだと打ち明けたことはなかった。
「男子が男性アイドルのファンで何が悪いんだよ。ガナッシュはすげえんだよ。あの大西琉がベース弾いてんだぜ。超かっけえ」
「へー。知らない人だけど、修栄がそこまで言うんならカッコいいんだろうね。笑ったりしてごめんね、ヒーロー」
「私もかわいいアイドル見ると憧れたりするもんなあ」
「影山が?! 意外!」
キャーキャーと3人が盛り上がっている。
何か分からないが、うまく窮地を脱することに成功したようだ。
明日、ネクジェネ・サードエディションオーディションが終了する。結果が出るのは18日。
この5人で練習するのは今日で最後だ。
急に、太路は寂しさを感じた。
いや、何が寂しいって言うんだ。
僕は元々、ひとりで高校生活を送るつもりだったじゃないか。
「みんな、今日まで練習に付き合ってくれて本当にありがとう。では、さようなら」
太路はさっさと頭を下げ、カバンを肩にかけてクルリと出口の方を向いた。
「もう練習ないんすか? じゃあ、今度はカラオケでも行きましょうよ!」
太路が目を見開いて振り返ると、徳永くんが笑顔で手を上げていた。
「自分が得意なやつじゃん! 私ボーリングがいい!」
「私ビリヤード! カラオケ、ボーリングの次はビリヤードね!」
「結ビリヤード得意なんだ? 知らんかったー」
ちょんちょん、とニコちゃんが太路の腕をつついた。
「私も、オーディションが終わっても、一ノ瀬くんやみんなとたくさん遊びたいです。せっかく友達になれたから」
ニッコリ笑ったニコちゃんを見た太路は、もう腹話術人形やヘッドバンキングなどは思い出さなかった。
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