第39.5話 舞台裏にて

 セイは寝坊したせいでいつも30分前には事務所に着くようにしているのに遅れてしまい、小走りで入り口に向かっていた。


「セイ」


 ヒマワリの声がした気がして、辺りをキョロキョロと見回すと、やっぱりヒマワリが電柱の陰から手招きしている。


「何隠れてんの、ヒマ」


 笑いながら駆け寄ると、ヒマワリは寂しそうに笑った。


「セイも隠れてくれる?」


 ヒマワリが角を曲がるから、セイもついて行った。


「セイ、ごめんね」

「……どうしたの? どうして謝るの?」

「野外ライブ、全員でがんばろうねって、セイ何回も言ってたから」

「全員でがんばろうよ。ヒマだってがんばるでしょ」


 嫌な予感がして、セイの顔がゆがむ。


「今日から私、活動休止することになった」

「……なんで……」

「熱愛報道からずっと、鎮火するどころか加熱する一方で……このままじゃあ、まともな活動ができなくなる。何をやっても、その前に熱愛報道についてちゃんと説明しろって言われるでしょ」

「ちゃんと説明する場を設けてもらおうよ! 私が直談判する!」


 持前の反射神経でパッと背を向け駆け出そうとするセイの腕をなんとかヒマが引っ張った。


「私自身、何も言わずに治まれば一番いいと思ってたの。甘かったんだよ。リーダー失格」

「ヒマは失格なんかじゃない!」


 ヒマは悪くない。

 ヒマはちゃんと説明しようとしてた。なのに、武道館ライブが水面下で決まったからってノーコメントで通せって命令されて……。


 ヒマの制止を振り切って事務所に駆け込んだセイは、稽古場にいたマネージャーにつかみかかる勢いで詰め寄った。


「ヒマの活動休止をやめさせて! ヒマは悪くない! ちゃんと説明させなかったのはそっちでしょ!」


 35歳とは思えない仏のように穏やかな渡辺わたなべマネージャーが微笑んだ。


「そっちもこっちもないよ、セイ。僕たちはみんな、このハニータウンという事務所で共に切磋琢磨する仲間なんだよ」

「話をそらそうったってだまされないよ! 私はヒマの話をしてるの!」

「決めたのはヒマだよ。いくら掛け合っても説明の場を設けてもらえない、このままじゃ武道館の成功は見込めない、みんながんばってるのに私のせいでネクジェネが潰されるって」


 ヒマでダメなら、最年少の自分の言うことなんて絶対に通らない。

 セイは自分の力のなさに呆然とした。


「ヒマが君たちのためにした決断を、セイは尊重できないの?」


 尊重……。


 セイはそれからは逆らうことなく、淡々とレッスンをこなした。

 ヒマについては、稽古始めに簡単に活動休止する、野外ライブは4人で行う、と告げられただけでヒマは姿を現さなかった。


 休憩になるとメンバーが4人しかいない稽古場を見回して泣きそうになりながら、レッスン中は集中できることにセイは少しホッとした。


「お疲れ様でした」


 廊下に出て、スマホを見るとヒマからメッセージが来ていた。


「私の決断を尊重してくれてありがとう。セイにリーダーを託します。渡辺さんからはOKもらった。ネクジェネをどうかよろしくお願いします。」


 渡辺さんが?! なんで?


 託しますって……託されたって、私にはどうにもできない。

 エマなんか絶対私の言うこと聞かないし、ミオだってユイナだってこんな年下がリーダーなんて納得するはずがない。


 それこそネクジェネを私が潰しちゃう。


 嫌だ、私にはアイドルしかないのに。他に今の私にできることなんかない。


 心細くて不安で怖くてボロボロ涙が出てしまいながら、事務所の自動ドアを越え路上に出た。


「静」


 優しい声に振り返ると、驚いた様子の太路がいた。


「泣いてるの?」

「太路ちゃん!」


 小さい頃から何度となく自分を励まし続けてくれた太路にセイは全力で抱きついた。

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