第40話 無責任プロデューサー

 もう辺りはすっかり暗い。

 静が明日の朝の情報番組に生出演することはチェック済の太路は、静を寮まで送り届けるためだけに電車を乗り継いで来ていた。


「無理だよ。誰も私の言うことなんか聞かないもん」

「それはリーダーじゃない静の言うことでしょ? 渡辺さんが認めてて、なんたってヒマさん本人から指名なんだから、エマの態度も変わると思うよ」

「エマが一番だけど、エマだけじゃないよ。誰も私がリーダーなんて認めるわけない」


 やれやれ、追い詰められるとマイナス思考ネガティブ爆発。

 普段は強気なくせに、小さい時から変わってないなあ。


 歩きながら、太路は静の長い髪をなでた。


「静には認めさせる力があるからヒマさんは託したんだと思う。ネクジェネを守るために活動休止を決めたヒマさんが、ネクジェネを潰すような人をリーダーに選ぶはずがない」


 キッパリと言い切った太路の言葉に、静の涙が止まった。


「静が僕の事件で活動休止してた間、ヒマさんがセイのポジションを守ったって言ってくれたんだろう? 今度は、静の番じゃないのかな」

「私の番……」

「ヒマさんがいつか戻って来れるように、静がヒマさんのポジションを守るんだ。ヒマさんのポジションは?」

「……リーダー」

「やっぱり、リーダーと言えばヒマさんだよね」


 あはは、と太路が笑うと静は勝気に太路を見上げた。


「意外と私にもリーダーの素質があって、ヒマよりリーダーと言えばランキング上に行っちゃうかも!」

「そればっかりはやってみなくちゃ分かんないよ」

「やってみる! ヒマのポジションは私が守る!」

「静ならできるよ」


 かわいい妹のやる気に満ちた笑顔に太路もホッとする。

 無事に静を寮まで送り届けるミッションも達成した。


「じゃあ、僕帰るね」

「太路ちゃん、なんでこっちにいるの? 今日学校でしょ?」

「ヒマさんの活動休止のニュース見て、静が取り乱してるだろうと思って放課後すっ飛んで来た」

「放課後は毎日25番さんのレッスンにつきっきりなんじゃないの?」

「プロデューサーなのに放り出してしまって本当に申し訳ないと思ってる。けど、レッスンより静の方が大事だから」


 微笑んだ太路を静が力いっぱい抱きしめると、太路も静の後ろ頭をポンポンとリズミカルに叩く。


「無責任なプロデューサーだね。私だったらこんなプロデューサー絶対ヤダ」

「仕事をボイコットするのはこれが最初で最後だよ」

「まさか太路ちゃんが来てくれてるなんて思わなかった。ありがとう」

「珍しく素直な礼が聞けて、僕も来て良かった」


 太路の皮肉にプゥーとむくれる静を見て、太路が愉快に笑う。

 もう静は大丈夫だ。


「静、明日は朝何時起き?」

「2時!」

「それ深夜じゃないか。僕たぶんまだ起きてるよ」

「新曲進んでるの?」

「うん、今度こそガナッシュに送ってみようと思ってる」

「またできあがったら納得いかないとか言って送らないんでしょー」

「いや、今度こそ……今度こそ」


 名残惜しいが、いいかげんに静を解放しなくては。

 太路は手を上げた。


「おやすみなさい。健ちゃんが寂しがってるから地元にも帰って来てあげてね」

「うん。私もちょっとだけでも帰りたいんだけど、番組前アンケートとか前は移動中にやってた仕事も事務所でやれって方針が変わっちゃって時間が取れないの」

「へえ? なんでだろう?」

「公私の区別をつけるためだって。プライベートの時間に仕事しないようにって」


 意外とホワイトだな。

 オーディションで稼ごうとするアコギな事務所のくせに。


 事務所が寮として借り上げているマンションに静が入って行ったのを見届けて、太路も帰るか、と振り返った。


 目の前に赤いメガネが印象的なご婦人が立っていて、びっくりした。


「私、こういう者です」


 と名刺を差し出し、太路がとっさに受け取るとご婦人は足早に去って行く。


 週刊分秋?

 なぜ僕が雑誌の人から名刺を受け取らなければならないんだ。ただのゴミじゃないか。


 必要なもの以外持ちたくない太路だが、ポイ捨てはさすがにはばかられてズボンのポケットに名刺を入れた。

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