第32話 作戦変更
スマホの中でおいしそうなチキン南蛮とごはん、豚汁、輪切りのゆで卵が乗ったサラダが並べられる。
素晴らしい手際だ!
コメント欄も称賛の嵐。
「まさかスマホ落としてた子がこんな料理上手だとは思わなかった!」
と流れてきたのを見て、計算通り、と自宅でひとりぼっちの太路がシーンとした部屋でニヤリと笑う。
初配信から見ていた古参でなくとも、ニコちゃんがとんでもなく不器用なのはピアノの練習を見れば分かる。
毎日毎日何時間も練習し、それでいてたどたどしい手つきは変わらず上達は牛歩の歩みなのを見せ続けてきた。
ファンの増え方が頭打ちになり、がんばる姿はもう十分、と判断した太路は、ニコちゃんの得意なことを聞いた。
ギャップを狙う作戦。
太路は、ガナッシュのタークミストがハーフかと見紛う濃い顔立ちながら動画で利き茶企画にチャレンジし全問正解したのを見た時、タークミストの底の知れなさに鳥肌が立ったものだ。
だが、ニコちゃんは
「ありませんね」
と答えた。太路は、そんな気がしてた、と思った。
「あー! しまった! 超煮詰まってる!」
「影山さん、水を入れよう!」
「徳永! 水入れすぎじゃね?」
調理実習である。
メニューは親子丼とみそ汁。
鶏肉と玉ねぎがグツグツと煮えたぎっている鍋に大量の水が入れられた。
「徳永くん、めちゃくちゃ味が薄まってるんじゃないのか」
「あ! 水計量してないから何をどれくらい入れればいいのか分かんなくなった!」
「下手に足すよりこのままのが美味いんじゃね?」
珠莉が小皿に煮汁を入れ、すする。
「クソまっず」
「やっぱり薄いよね」
太路は一人暮らしであるが、自炊はしない。
健太が作っておいてくれたものを食べるか、健太が来れなければ買う。
珠莉は動画を見ながらクッキーなら何とか作れるレベル、徳永くんも不慣れ。となると……この班は4人。残るひとりに注目が集まる。
「あ、あの、やって良ければやります」
「ニコちゃん、料理できるの?」
「一応、少しは……小学生の頃から家のごはんを作っていたので」
そう言えば、親から不登校なら家のことをしろと条件を出されたんだったな。
ニコちゃんはテキパキと調味料を入れていき、小皿を差し出した。
「あの……どうでしょうか」
味見をした太路は驚いた。
「おいしい! こんなおいしい汁初めてすすった!」
「良かったです」
その時、太路はひらめいた。
これは使える! と。
そして、1次オーディションの終了まであと1週間、というタイミングでピアノからクッキング配信に切り替えた。
「ピアノの練習の成果は、オーディション結果が出た後の最後の配信で披露させていただきます」
と引っ張ることは忘れずに。
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