第33話 1次オーディション終了前夜
昼休み、中庭に出たニコちゃんが配信アプリを立ち上げた。
弁当のフタを開けた太路に目を真ん丸にしたニコちゃんがスマホを突き出す。
「一ノ瀬くん! 50位! 私今50位です!」
「え?!」
思わずニコちゃんのスマホを奪い取って画面を見ると、たしかに50位/25番(222ファン)と表示されている。
50位が1次オーディションの合格不合格を決めるボーダーラインである。
「やったあ! いける! 合格できるよ、ニコちゃん!」
だが、そう甘くはなかった。
太路からスマホを受け取ったニコちゃんの顔が暗く沈む。
「一瞬の天下でした……やっぱり、私が合格なんて無理なんです」
見ると、もう51位に落ちている。
これは……超接戦。
50位に返り咲いた55番ココが225人と一瞬でファンを3人も増やしていた。
恐らく、55番を推してはいたけどファンボタンを押してない層がいたんだ。
それが、ニコちゃんに抜かれ慌ててファンボタンを押した。
ニコちゃんにもそういう層はいるはずだ。
だって、毎配信ファンの数よりも何倍も視聴者数が伸びているのだから。その中には、隠れファンがいることだろう。
49位の217番ニイナのファンは365人、52位の184番イワシは156人。
ニコちゃんと55番ココのタイマンになりそうだ。
「55番ならココじゃなくゴゴじゃないか。何サラッとかわいらしい名前にしてるんだ」
「それを言われると私もニゴになっちゃいます」
ニゴ……太路はニコちゃんの顔を見て、地味で薄いが愛らしい童顔にニゴは似合わなすぎるな、と思わず笑った。
風呂上り、太路はスマホを手に取った。
すぐに、配信開始のお知らせが届く。
ニコちゃんの地味なベージュのワンピースの胸から下だけが映っている。
「今日まで私の配信を見てくださって、本当にありがとうございます」
コメント欄がメッセージであふれ、どんどんと流れて行く。
さすがは1次オーディション終了前夜。ファンの熱量が違う。
「私は今、合格できるかどうかのボーダーラインです。だけど、諦めません。きっと合格して、明日、合格しましたって、2次オーディションもがんばりますって、言いたいと思います」
ますますニコちゃんが早口で、何を言っているのか聞き取りづらい。
太路ですら、なんでこんな配信わざわざ見てるんだろうと思ってしまいそうになる。
はじめは絶対に無理だと思った、オーディション合格。
そのボーダーラインに乗っていることすら、奇跡みたいだ。
オドオドとせわしなくニコちゃんの小さい手が動く。
本当はニコちゃんは自信なんてまるでない。太路は自信を失った静にいつも言うように、ニコちゃんならできるよ、と繰り返した。
折れちゃいけない。一心に夢を追うからこそ、ファンはエールを送りたいんだ。諦めている人間を応援したい人はいない。
「肉じゃがですか。だいぶ時間かかりますけど……あはは! ありがとうございます」
ニコちゃんの笑い声に太路も驚いた。
めちゃくちゃ、かわいい……。
きっと、笑顔もかわいかったんだろう。見たかったな。今、目の前にニコちゃんがいれば良かった。
画面を見つめていると、ファンが一気に20人近く増えて更に驚いた。
普段のニコちゃんも陽気に笑うような子ではないから太路は気付かなかった。
アイドルオーディションにしてはニコちゃんは笑顔=笑い声が少なすぎたんだ!
ニコちゃんの配信が終わり、ライバルの55番をチェックする。
やはり、終了前夜だけあってライバルも配信している。
あ! いらんことを言うな!
ココの配信のコメント欄に
「ヤバい! ココちゃん51位に落ちた!」
と速報が流れる。
ニコちゃんと同じく顔出しせず胸から下だけが映っていた画面に手が伸びる。
「……みなさん、私の顔、見たいですか?」
見たい、見たいとコメントが沸く。視聴中の数字がみるみる増えて行く。
え、まさか……と太路に緊張が走る。
そんな奥の手を出されては困る。こちらはすでに手を尽くしている。
太路が見つめるスマホ画面に、笑顔の女の子が映った。
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