第34話 それは休日の正午に
学校の近くの公園で太路はニコちゃんと待ち合わせをした。
ニコちゃんの家には休日は親御さんがいるらしい。ニコちゃんは両親にも内緒でオーディションを受けている。
太路の家にニコちゃんを招いては、静の幼なじみだと即バレてしまう。
「大丈夫でしょうか。ものすごく差が開いている気しかしないんですが」
「いや、きっと大丈夫だと思う」
「どうしてそんなに自信があるんですか? 向こうは最後に顔出ししたんですよ。笑い声だけで対抗できるとはとても思えません」
理由を言うのははばかられるが、太路にはニコちゃんが合格している自信があった。
昨夜、55番ココが顔出しに踏み切ったと知ったニコちゃんから焦った声で電話があった。
「どうしましょう?! 私も顔出ししないとダメでしょうか」
「出せるの?」
「出せません!」
でしょうね。ならば、どうして聞いたんだ。
太路がしたアドバイスは、ひと言だった。
「笑って」
「笑う?」
「明日の朝の最後の配信、とにかく笑うんだ。笑えば勝てる」
正午、12時00分になった時点のファンの数による順位で1次オーディションの結果が決まる。
今頃、最後までねばって配信している者もいるだろうが、太路はあえて不自然に伸ばすことはせず、いつものように料理ができあがって味の感想を言ったら終えるように伝えていた。
その方が、今日まで続いていた配信を明日も見たい、とファンなら思うと踏んだのだ。
隠れファンを徹底的にあぶりだす!
並んでベンチに座った太路とニコちゃんはそれぞれアプリを立ち上げ、ネクストジェネレーション・サードエディションオーディションへとタップしていく。
11時59分になり、いよいよ順位を確認することにした。
上位から見て行く。
この辺りは完全に動きがないな、と太路は思った。上位はみんな顔出ししている。当然ながらかわいい子ばかりだ。
48位、49位まできて、25番はない。
やはり、ニコちゃんとココの一騎打ちか。
11:59が12:00に変わった。
太路は、えいっ、と思い切ってスクロールした。
50位に25番の文字を見た時、予想していたのに一瞬頭が真っ白になった。
「やった! ニコちゃん! 1次合格だよ!」
見ると、ニコちゃんは完全に固まってしまっている。勝てると思っていた太路ですらフリーズしたのだ。
負けを確信していたニコちゃんならば無理もない。
太路は51位を見てみた。おや、順位が変動している。55番ココではなく、184番イワシが上がって来ていた。
まさか、顔出ししてガクッと順位が下がるとは思ってもなかっただろうな、と84位に55番を見つけた太路は同情せずにはいられなかった。
やはり、アイドルにはある程度の顔面偏差値を期待してしまうものなのだ。
ハッと、ニコちゃんがスマホ画面から顔を上げた。
太路はおかえり、とスマホのサイドボタンを押した。
「おめでとう、ニコちゃん」
ニコちゃんが呆然と太路を見る。
「……すごい……すごいです。本当に、一ノ瀬くんの言う通りになりました」
ニコちゃんの目に涙が溜まって行くのを見て、太路は驚いた。
「どうして泣くの」
「……嬉しくて……」
静は合格したと知った時、飛び上がって喜んでいた。不合格なら悔しくて泣いただろうが、合格して泣くなんて静と共に育った太路には衝撃だった。
「一ノ瀬くんのおかげです。一ノ瀬くんが力を貸してくれたから、合格できました。ありがとうございます」
「ニコちゃんががんばったからだよ。毎日家でも学校でも何時間もピアノの練習して、小学校の時から家族のごはんを作ってたニコちゃんだから合格できたんだ」
そして何より、ニコちゃんが勇気を出してオーディションに参加したからだ。参加しなくては、絶対に合格できないんだから。
「ニコちゃん、この調子で2次オーディション合格を目指そう!」
「はい!」
スマホにお昼のニュースの通知が表示された。
熱愛発覚、という文字と共にネクジェネと見えた太路はとっさにタップした。
「え?!」
「どうしたんですか?」
「ヒマさんが、熱愛発覚だって。ほら」
「ヒマさんが?!」
太路とニコちゃんが共にニュース記事を読む。
彼氏との手つなぎおうちデート激撮! って、家の中をどうやって撮ったって言うんだ。さすがにルール違反じゃないのか。
静、何も言ってなかったのに……いや、最近は全然帰って来ていないんだ。忙しいのかな、とぼんやり思っていた。
「あ! 1次の合格者は2次の説明のために作られたルームに行かないといけないらしいです。来てくれてありがとうございました。家に帰ってルームに入ります」
「ニコちゃん、良かったら2次の結果発表も一緒に見よう」
「はい!」
ニコッと笑ったニコちゃんを見て、太路は、あ、今度は笑顔見れた、と思った。
思った通り、かわいい。
ニコちゃんが走って行くと、すぐに静から着信が来た。七瀬静、と表示されているのを見て、太路は危ないところだった、と冷や汗が流れた。
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