第35話 そもそも論

 健太がコーラを飲み干し、資源ゴミ用の袋にペットボトルを入れて振り向いた。


「それで、報道が出るまで静はこっちに帰らせてもらえなかったってのかよ。ヒマちゃんのスクープは静には関係ねえじゃん」

「僕もなんでって思ったよ。やたら仕事入れられてしばらく帰れそうにないって」


 ヒマワリの熱愛報道が出た日、静は一瞬だけ家に帰って来たけれど健太は店にひとりだったため静に会えなかった。

 静不足の鬱憤が溜まっている。


「静、へこんでたんじゃね? あの静がヒマちゃんにはめちゃなついてるじゃん」

「ひとまずヒマさんが処分されないことは喜んでたけど、不安そうではあったね」

「ネクジェネ初のスキャンダルだもんな」

「僕、無言を貫くのは悪手だと思うんだけど。ネクジェネのメンバーが認めるくらいなんだから、ちゃんと説明すれば世間にも受け入れられるんじゃないかなあ」

「それな」


 実際、日に日にヒマワリや事務所への風当たりが強くなっていると太路は感じる。説明責任、という言葉がネットやSNSでしょっちゅう見受けられた。


「そういや、サードエディションオーディションの1次結果って出たんだろ? 太路の友達どうだったの?」

「合格した! やはり僕はプロデューサーに向いてると思うんだ。ニコちゃんも僕のおかげだって言ってたし」

「太路はほんと単純だな。じゃあ、作った曲アップしてSNSで宣伝始めるんだ?」

「いや、それはまだ時期尚早だ」


 まったく、と健太がため息をついた。


「静の時は1次だけがネットオーディションで2次はテレビだったんだよな。太路が保護者としてついてって」

「場違い感がすごかったよ。当然他の保護者は大人だからね」


 付き添いは1人のみだと知った静が絶対に太路ちゃんがいい、と主張し太路が保護者として同行することになった。

 スタッフさんの驚いた顔を太路は今もありありと思い出せる。


「静が新人女優オーディションの話してたでしょ。本決まりだって」

「静、受けるの?」

「うん。で、今事務所が大変で付き添いがいないらしくて、また僕が行くことになったよ」

「そりゃ大変だろうなあ。太路がいれば静は合格するよ。なんたって太路は静のバッテリーだから」

「だといいね」


 静を応援したい気持ちに嘘はないのだが、正直、オーディションの空気は苦手だ。

 ニコちゃんはネットオーディションだから現場に行かなくて済むので気が楽だが、会場のオーディションは保護者が待機するだけの部屋ですらピーンと空気が張りつめている。

 太路には耐えきれず、大声を出したくなってしまうのだ。


「女優かー。なんか、静が遠くに行っちゃう感じする」

「静だから遠くになんてならないと思う。アイドルだってたぶん静じゃなきゃ遠いんだよ。学校で静が幼なじみだって言ったらどうなるか」

「ヒーローがアイドルと一緒に暮らしてたなんてそれこそスキャンダルじゃん」

「アイドルになる前の話だよ。デビューと同時に事務所の寮に入ったから」

「まあ、静と太路じゃスキャンダルにはなんねーか」

「そもそも論だね」


 そもそも、僕と静は血のつながりこそないだけの兄妹だ。


 妹も心配だが、それより心配なのが……。


「2次オーディションは歌とダンスが課題なんだよ」

「太路、その唐突に自分の頭の中の話をしだす癖はいいかげん直せ。いきなり何言ってんだコイツって思われるぞ」

「思ってるんだ」

「俺はとっくに慣れちゃってるよ」


 これまでも何回も健太から注意されていた太路だが、慣れてしまっている健太と静としかしゃべらないから問題ない、と思っていた。


「ねえ、健ちゃん。どうしたら直るの?」

「また唐突な。何が?」

「健ちゃんが今言ったでしょ。唐突に話しだす癖を直せって」

「え。直す気になったの?」


 健太が笑顔で太路の頭をウリウリとなでた。


「友達ができたら変わるもんだな」

「僕は自分が引き受けた任務を果たしたいだけだよ」


 ニコちゃんに変なヤツだと思われて信用を失っては2次オーディションに響く可能性がある。プロデューサーとの信頼関係は大事だと、誰かが言っていた。


 さて、歌は誰でも歌えるとして、あのニコちゃんにダンスができるんだろうか。

 明日、学校に行ったら課題について聞かなきゃ。


 いそいそと明日の準備を始めた太路を見ながら、まじ変わるもんだな、と健太は微笑んでいた。

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