第31話 サッカーとアイドル

 太路は珍しくスポーツに興じていた。

 球技大会という、人生でただの一度も楽しみを覚えたことなどないイベント中である。


「ヒーロー、こっちパス!」

「はい!」

「行け! 徳永!」

「入ったー!」


 わああーとクラスメイトが盛り上がる。


「ナイスシュート! 徳永!」

「ヒーロー、ナイスパス!」

「さすがヒーロー!」

「すげーな、やっぱヒーローだ!」


 太路は徳永くんの指示通りに動いているだけなのだが、名司令塔徳永くんのおかげで体育3しか取ったことがないにも関わらず太路自身もできる子な気分になっていた。


「サッカー楽しい!」

「でしょ! 嬉しいな、俺の大好きなサッカーをヒーローが気に入ってくれるなんて」


 徳永くんが整った顔をくしゃくしゃにして笑う。


 僕も、僕の大好きなものを徳永くんに好きになってもらいたい。


 太路の心に初めて押し付けでなく、純粋な気持ちが湧いていた。


「あの、男のくせに男のアイドルなんて引かれるかもしれないけど、僕も大好きなアイドルがいるんだ」


 教室からグラウンドに運んだ椅子に座って、徳永くんが水筒のお茶を飲んでいる。

 太路は徳永くんへとスマホを向けた。


「お! 全員かっけーっすね。ん?」


 ちょっといいすか、と徳永くんが太路のスマホを手にして、ジーッと見る。


 興味を持ってもらえたことが嬉しくて、太路はワクワクしながら徳永くんを見つめた。


「俺、この人知ってる気がする。何て名前なんすか」

「彼はベースの大西おおにしりゅうだね」

「大西琉! 思い出した!」


 うおおおおお! と徳永くんがけたたましい声を上げた。予想外のリアクションに太路は喜ぶよりも耳をふさぐ。


「めっちゃ嬉しい! なんでやめちゃったんだと思ったら、アイドルになってたんだ!」


 スクショした画像を太路はガナッシュのフォルダとは別に個人別にもフォルダを作ってまとめている。

 琉のフォルダの画像を見ながら、やっぱりそうだ、絶対あの大西琉だ、と徳永くんのテンションが更に上がって行く。


「徳永くん、琉を知ってるの?」

「ちびっ子リーグ時代、俺キーパーで大西琉にシュート決められて負けたんです。すげえ上手くって俺全然反応できなくって、絶対いつか勝ってやるって俺の目標だったんす。けど、6年前くらいかな、全然姿を見なくなって、サッカーやめちゃったんだってすげーショックで」


 なるほど、武道館を目指すにあたり長年続けていたサッカーをやめたと琉自身が言ってたな。

 太路はタークミストが一番好きなので、琉の情報まではすんなり出てこなかった。


「嬉しいー。サッカーはやめても、ちゃんとがんばってたんだ。あんな才能ありながらやめるなんて俺ちょっと腹立ってたんだけど、やりたいことがあったんだ。俺、このグループ推します!」


 やった!

 新たなガナッシュのファンを獲得した!


 琉がサッカーをやっていたおかげだ。

 何がファン獲得につながるか分からないものだ。


 太路は改めてアイドルの奥深さを感じていた。


 男子と入れ替わりに始まっている女子の試合に目をやる。

 まるでボールに追いつけずにひとりでオロオロしているニコちゃんがいる。


 このていたらくっぷりも、もしかしたらオーディション合格につながるのかもしれない。

 珍しく運動して酸素の行き届いていない太路の頭では、本気でそう思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る